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大学或問 / 『大学或問』富有大業と無告の者

四富有大業の事、 (問)富有大業をなすべき事如何、 (答)仁政を天下に行はん事は富有ならざれは叶はず、近世無告の者多し、無告とは誰をたのみ、何方へよらむ便なく、何をして父母妻子ともに一生をおくるべきやうなきもの也、仁君の政には先此無告の者をすくひ給へり、今の無告の至極は浪人なり、度々の飢饉に餓死せるもの數をしらず、豐年にして米下直にても勝手盡果ぬれば益なし、毎年人しらず餓死するもの多し、此本は國主郡主不勝手にて家中を扶持はなし、其上に家中の物成少くなれば、又家中の家來をも扶持はなす故也、其外眼前多く出來る諸浪人は人の知る所なり、諸大名諸家中身上不相應の借金にてすべきやうなければ、つよきと思ひながらも民に取事年々に多し、此故に民間の借物分に過て多し、すべて今の世の中は貴賤共に借金のおひ倒れといふもの也、武士百姓つまりたれば工商も困窮す、是天下の困窮也、公儀の御藏の金銀米穀殘らず出してすくひ給ふとも百分が一にも及べからず、如何となれば今ま借銀高は天下の有銀の百倍にも過べし、然かれども政を以てすくひ給はゞ亦易かるべし、古にもきかず後世にも有べからず今にあたりて甚だやすき大道あり、 (問)政とは何ぞや、 (答)富有也、世間の富有は己を利すれば人を損じ、己よろこべは人うらむ、國君富有なれば國中うらみ、大君富有なれば天下恨む、小富有なればなり、大道の富有は國君富有なれば一國悅び、大君富有なれば天下悅ぶ、大富有なれば也、天長地久にして子孫福祿を受、令名後世に傳へて身安く心樂みあり、武家の代となりて五百餘歲このかた、其器にあたり給へる大樹出給へども其言を聞給はざりし事を惜む也、大匠ありて目力つよく、工上手なれども規矩を得ざれば家屋を作る事あたはず、名君出給ふといへども、先王の法を得ざれば天下を平治して永久ならしむる事あたはず、 (問)先王の法は經傳にあり、其器にあたれば君何ぞこれを用ひ給はざるや、 (答)先王の法中に時所位の至善あり、筆紙にあらはしがたし、生れながら國君大君に備り給へば、生知の聖は知らず、此至善を獨り得る事難し、下に生れて事變人情に通じ、學力あり眞忠ありて才本あるものこれを知るべし、是を知るものは王者の師たるべし、

新字:四富有大業の事、 (問)富有大業をなすべき事如何、 (答)仁政を天下に行はん事は富有ならざれは叶はず、近世無告の者多し、無告とは誰をたのみ、何方へよらむ便なく、何をして父母妻子ともに一生をおくるべきやうなきもの也、仁君の政には先此無告の者をすくひ給へり、今の無告の至極は浪人なり、度々の飢饉に餓死せるもの数をしらず、豊年にして米下直にても勝手尽果ぬれば益なし、毎年人しらず餓死するもの多し、此本は国主郡主不勝手にて家中を扶持はなし、其上に家中の物成少くなれば、又家中の家来をも扶持はなす故也、其外眼前多く出来る諸浪人は人の知る所なり、諸大名諸家中身上不相応の借金にてすべきやうなければ、つよきと思ひながらも民に取事年々に多し、此故に民間の借物分に過て多し、すべて今の世の中は貴賤共に借金のおひ倒れといふもの也、武士百姓つまりたれば工商も困窮す、是天下の困窮也、公儀の御蔵の金銀米穀残らず出してすくひ給ふとも百分が一にも及べからず、如何となれば今ま借銀高は天下の有銀の百倍にも過べし、然かれども政を以てすくひ給はゞ亦易かるべし、古にもきかず後世にも有べからず今にあたりて甚だやすき大道あり、 (問)政とは何ぞや、 (答)富有也、世間の富有は己を利すれば人を損じ、己よろこべは人うらむ、国君富有なれば国中うらみ、大君富有なれば天下恨む、小富有なればなり、大道の富有は国君富有なれば一国悦び、大君富有なれば天下悦ぶ、大富有なれば也、天長地久にして子孫福禄を受、令名後世に伝へて身安く心楽みあり、武家の代となりて五百余歳このかた、其器にあたり給へる大樹出給へども其言を聞給はざりし事を惜む也、大匠ありて目力つよく、工上手なれども規矩を得ざれば家屋を作る事あたはず、名君出給ふといへども、先王の法を得ざれば天下を平治して永久ならしむる事あたはず、 (問)先王の法は経伝にあり、其器にあたれば君何ぞこれを用ひ給はざるや、 (答)先王の法中に時所位の至善あり、筆紙にあらはしがたし、生れながら国君大君に備り給へば、生知の聖は知らず、此至善を独り得る事難し、下に生れて事変人情に通じ、学力あり真忠ありて才本あるものこれを知るべし、是を知るものは王者の師たるべし、

書き下し

四富有大業の事、 (問)富有大業をなすべき事如何、 (答)仁政を天下に行はん事は富有ならざれは叶はず、近世無告の者多し、無告とは誰をたのみ、何方へよらむ便なく、何をして父母妻子ともに一生をおくるべきやうなきもの也、仁君の政には先此無告の者をすくひ給へり、今の無告の至極は浪人なり、度々の飢饉に餓死せるもの數をしらず、豐年にして米下直にても勝手盡果ぬれば益なし、毎年人しらず餓死するもの多し、此本は國主郡主不勝手にて家中を扶持はなし、其上に家中の物成少くなれば、又家中の家來をも扶持はなす故也、其外眼前多く出來る諸浪人は人の知る所なり、諸大名諸家中身上不相應の借金にてすべきやうなければ、つよきと思ひながらも民に取事年々に多し、此故に民間の借物分に過て多し、すべて今の世の中は貴賤共に借金のおひ倒れといふもの也、武士百姓つまりたれば工商も困窮す、是天下の困窮也、公儀の御藏の金銀米穀殘らず出してすくひ給ふとも百分が一にも及べからず、如何となれば今ま借銀高は天下の有銀の百倍にも過べし、然かれども政を以てすくひ給はゞ亦易かるべし、古にもきかず後世にも有べからず今にあたりて甚だやすき大道あり、 (問)政とは何ぞや、 (答)富有也、世間の富有は己を利すれば人を損じ、己よろこべは人うらむ、國君富有なれば國中うらみ、大君富有なれば天下恨む、小富有なればなり、大道の富有は國君富有なれば一國悅び、大君富有なれば天下悅ぶ、大富有なれば也、天長地久にして子孫福祿を受、令名後世に傳へて身安く心樂みあり、武家の代となりて五百餘歲このかた、其器にあたり給へる大樹出給へども其言を聞給はざりし事を惜む也、大匠ありて目力つよく、工上手なれども規矩を得ざれば家屋を作る事あたはず、名君出給ふといへども、先王の法を得ざれば天下を平治して永久ならしむる事あたはず、 (問)先王の法は經傳にあり、其器にあたれば君何ぞこれを用ひ給はざるや、 (答)先王の法中に時所位の至善あり、筆紙にあらはしがたし、生れながら國君大君に備り給へば、生知の聖は知らず、此至善を獨り得る事難し、下に生れて事變人情に通じ、學力あり眞忠ありて才本あるものこれを知るべし、是を知るものは王者の師たるべし、

現代語訳

四 富有大業のこと。 問う。富有の大業をなすには、どうすればよいか。 答える。仁政を天下に行うことは、富有でなければかなわない。近ごろは、訴える先のない者が多い。無告とは、誰を頼り、どこへ寄ればよいかという手立てがなく、何をして父母・妻子とともに一生を送ればよいか分からない者のことである。仁君の政治は、まずこの無告の者を救われた。今の無告の最たるものは浪人である。度重なる飢饉で、餓死した者は数知れない。豊年で米が安くても、暮らし向きが尽き果てていれば何の益もない。毎年、人知れず餓死する者が多い。その根本は、国主や郡主の暮らし向きが苦しくて家中の者を扶持できず、そのうえ家中の収入が減るので、さらにその家来を扶持できなくなることにある。そのほか、目の前に多く出てくる浪人たちは、人の知るところである。諸大名や諸家中は、身分不相応の借金で、どうしようもないので、重いと思いながらも民から取り立てるのが年々多くなる。そのため、民間の借金は身の程を超えて多い。総じて今の世の中は、身分の上下を問わず、借金で行き詰まっている。武士と百姓が行き詰まれば、職人と商人も困窮する。これが天下の困窮である。公儀の御蔵の金銀米穀を残らず出して救われたとしても、百分の一にも及ばないだろう。なぜなら、今の借銀の高は天下にある銀の百倍にも過ぎるだろうからである。しかし、政治によって救われるなら、また易しいだろう。昔にも聞かず後世にもあるはずがないほど、今にあたって非常に易しい大道がある。 問う。政治とは何か。 答える。富有である。世間の富有は、自分を利すれば人を損ない、自分が喜べば人が恨む。国君が富有なら国中が恨み、大君(将軍)が富有なら天下が恨む。小さな富有だからである。大道の富有は、国君が富有なら一国が喜び、大君が富有なら天下が喜ぶ。大きな富有だからである。天は長く地は久しく、子孫は福禄を受け、よい名を後世に伝え、身は安く心に楽しみがある。武家の世になって五百年余り、その器にあたる大樹(将軍)が出られたけれども、その言葉を聞いていただけなかったことを惜しむ。大工がいて目の力が強く、腕がよくても、コンパスと定規を得なければ家を作ることはできない。名君が出られても、先王の法を得なければ、天下を平らかに治めて永久にすることはできない。 問う。先王の法は経書や注釈にある。その器にあたる君が、なぜこれを用いられないのか。 答える。先王の法の中には、時・所・位の至善がある。筆や紙には表しにくい。生まれながらに国君・大君に備わられるなら、生まれつき知る聖人は知らず、この至善を独りで得ることは難しい。下に生まれて事の変化と人情に通じ、学問の力があり、真の忠があって才の根本のある者が、これを知るだろう。これを知る者は、王者の師となるべきである。

解説

蕃山は、仁政の土台を富有に置き、その対象を無告の者、つまり頼る先のない人々に据えます。浪人の餓死、大名・家中・民と連なる借金、武士から職人・商人に及ぶ困窮という連鎖が描かれ、豊年でも安くなりすぎた米が暮らしを圧迫する、という当時の矛盾も背景にあります。ここでの富有は、自分だけが得をする小さな富有ではなく、一国・天下が共に喜ぶ大きな富有です。現代の経営でも、自社だけが利益を取る形は長続きせず、取引先や社員も潤う形が持続するという話に通じます。時・所・位に応じた至善は文書に書き尽くせず、現場に通じた人が知ると述べます。
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人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

富有無告の者浪人借金大道先王の法

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