大学或問 / 『大学或問』人君の天職と仁政を行う人
和漢に通ずべからず、古今に亘るべからず、故に秘して傳へず、今を濟ふ活法なり、其人を待て行はるべし、 一人君天職の事、 (問)人君の天職は何そや、 (答)人民の父母たる仁心ありて、仁政を行ふを天職とす、一國の君には一國の父母たる天命あり、天下の君には天下の父母たる天命あり、今人君の諸役を命じ給ふ如し、故に天命常なし、衆の心を得るときは國を得、衆の心を失ふときは國を失ふ、といへり、衆の心は仁により、不仁にはなる、是天職を修るときは天命を得、天職を廢するときは天命を失ふ所なり、天命は常に仁善に與す、是常なくして常ある所也、人君仁心ありといへども、仁政を行はされば徒善なり、仁政を行ふ事は其人を得るにあり、賢者を位に置、本才ある人に國政を執らしめ、能者を諸役に命ずる時は、君の仁心廣くなりて、仁政行はる、 (問)賢者を位に置とは何ぞや、 (答)君は天下の剛なり、剛にして剛に居るときは過たり、亢龍の悔ありて凶なり、故に柔を以て剛を濟ふ、師保の職を置、諫議の官を立、德を好み、文武の藝をすゝめ、風清き人を卿大夫として士の上に置、是賢者を位に置なり、 (問)本才とは何ぞや、 (答)才智品々ありといへども、必ず天下の政に達する才を本才といへり、孔子の才難しとのたまひし人なり、有がたき人なる故に古より有道の君は陪臣民間匹夫を嫌はず擧げ用ひ給へり、伊尹は有莘の野より擧られ、傅說は版築の中より擧られたり、中古より宰相の職を立て、貴賤を嫌はず才次第に擧用ひられたり、祿を世々にせず、一代切に用ひられたり、一度宰相の祿を置て、十世百世の外までも天下の賢才を遏さゞる法なれば後世の時勢にあたれり、
新字:和漢に通ずべからず、古今に亘るべからず、故に秘して伝へず、今を済ふ活法なり、其人を待て行はるべし、 一人君天職の事、 (問)人君の天職は何そや、 (答)人民の父母たる仁心ありて、仁政を行ふを天職とす、一国の君には一国の父母たる天命あり、天下の君には天下の父母たる天命あり、今人君の諸役を命じ給ふ如し、故に天命常なし、衆の心を得るときは国を得、衆の心を失ふときは国を失ふ、といへり、衆の心は仁により、不仁にはなる、是天職を修るときは天命を得、天職を廃するときは天命を失ふ所なり、天命は常に仁善に与す、是常なくして常ある所也、人君仁心ありといへども、仁政を行はされば徒善なり、仁政を行ふ事は其人を得るにあり、賢者を位に置、本才ある人に国政を執らしめ、能者を諸役に命ずる時は、君の仁心広くなりて、仁政行はる、 (問)賢者を位に置とは何ぞや、 (答)君は天下の剛なり、剛にして剛に居るときは過たり、亢竜の悔ありて凶なり、故に柔を以て剛を済ふ、師保の職を置、諫議の官を立、徳を好み、文武の芸をすゝめ、風清き人を卿大夫として士の上に置、是賢者を位に置なり、 (問)本才とは何ぞや、 (答)才智品々ありといへども、必ず天下の政に達する才を本才といへり、孔子の才難しとのたまひし人なり、有がたき人なる故に古より有道の君は陪臣民間匹夫を嫌はず挙げ用ひ給へり、伊尹は有莘の野より挙られ、傅説は版築の中より挙られたり、中古より宰相の職を立て、貴賤を嫌はず才次第に挙用ひられたり、禄を世々にせず、一代切に用ひられたり、一度宰相の禄を置て、十世百世の外までも天下の賢才を遏さゞる法なれば後世の時勢にあたれり、
書き下し
和漢に通ずべからず、古今に亘るべからず、故に秘して傳へず、今を濟ふ活法なり、其人を待て行はるべし、 一人君天職の事、 (問)人君の天職は何そや、 (答)人民の父母たる仁心ありて、仁政を行ふを天職とす、一國の君には一國の父母たる天命あり、天下の君には天下の父母たる天命あり、今人君の諸役を命じ給ふ如し、故に天命常なし、衆の心を得るときは國を得、衆の心を失ふときは國を失ふ、といへり、衆の心は仁により、不仁にはなる、是天職を修るときは天命を得、天職を廢するときは天命を失ふ所なり、天命は常に仁善に與す、是常なくして常ある所也、人君仁心ありといへども、仁政を行はされば徒善なり、仁政を行ふ事は其人を得るにあり、賢者を位に置、本才ある人に國政を執らしめ、能者を諸役に命ずる時は、君の仁心廣くなりて、仁政行はる、 (問)賢者を位に置とは何ぞや、 (答)君は天下の剛なり、剛にして剛に居るときは過たり、亢龍の悔ありて凶なり、故に柔を以て剛を濟ふ、師保の職を置、諫議の官を立、德を好み、文武の藝をすゝめ、風清き人を卿大夫として士の上に置、是賢者を位に置なり、 (問)本才とは何ぞや、 (答)才智品々ありといへども、必ず天下の政に達する才を本才といへり、孔子の才難しとのたまひし人なり、有がたき人なる故に古より有道の君は陪臣民間匹夫を嫌はず擧げ用ひ給へり、伊尹は有莘の野より擧られ、傅說は版築の中より擧られたり、中古より宰相の職を立て、貴賤を嫌はず才次第に擧用ひられたり、祿を世々にせず、一代切に用ひられたり、一度宰相の祿を置て、十世百世の外までも天下の賢才を遏さゞる法なれば後世の時勢にあたれり、
現代語訳
この書は、日本にも中国にも一律には通用せず、昔にも今にもわたって使えるものではない。だから秘して世に伝えない。今の世を救う生きた方法であり、それにふさわしい人を待って行われるべきものである。 一 人君の天職のこと。 問う。人君の天職とは何か。 答える。民の父母となる仁の心を持ち、仁政を行うことを天職とする。一国の君には一国の父母となる天命があり、天下の君には天下の父母となる天命がある。今、人君が諸役を家臣に命じるようなものだ。だから天命は決まった形を持たない。民の心を得れば国を得、民の心を失えば国を失う、と言われる。民の心は仁によって寄り、不仁によって離れる。つまり天職を修めれば天命を得、天職を捨てれば天命を失うのである。天命は常に仁と善に味方する。これが、常がなくて常があるということだ。人君に仁の心があっても、仁政を行わなければ、ただの善にとどまる。仁政を行うには、その人材を得ることにかかっている。賢者を位に置き、根本の才のある人に国政を執らせ、有能な者に諸役を命じるとき、君の仁心は広く及び、仁政が行われる。 問う。賢者を位に置くとはどういうことか。 答える。君は天下で最も剛(強い)の位にある。剛でありながら剛の位に居れば過ぎてしまい、昇りつめた龍の悔いがあって凶である。だから柔によって剛を補う。師や保の役を置き、諫める官を立て、徳を好み、文武の芸を勧め、風格の清らかな人を卿・大夫として士の上に置く。これが賢者を位に置くということだ。 問う。本才とは何か。 答える。才知にはさまざまあるが、必ず天下の政に通じる才を本才という。孔子が、才は得がたいと言われたその人である。得がたい人なので、昔から道のある君は、家臣の家来や民間の一介の男であることを嫌わず、引き上げて用いられた。伊尹は有莘の野から、傅説は土を突き固める工事の中から登用された。中古からは宰相の職を立て、身分の貴賤を問わず才に応じて登用された。禄を代々には与えず、一代かぎりで用いられた。一度宰相の禄を置けば、十代百代のはるか先まで天下の賢才を埋もれさせない仕組みであり、後世の時勢にもかなっている。
解説

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