大学或問 / 『大学或問』得度の法と寺社の修理
(問)佛寺はいかゞ、 (答)是は急には成べからず、急にせば坊主の難義なるべし、昔の得度の法を再興して猥に我と出家する事を禁じ給はん、何の國何の郡何の村何がしといふもの出家を願ふ時、其村中外村の親類までも寄合、戒定惠の三學をかねて、出家をとぐべきものなれば、其郡の奉行に達し、奉行吟味して國君に申す、國守より公儀の奉行所に達し御朱印給はりてはじめて出家す、若し其僧不律の事あれば僧正是を糺明して公儀へ申す、公儀より國守にかへし給ひて不吟味の過怠あり、國君又其郡奉行所の庄屋一類に過怠あり、其在所幷に親類として還俗せしめて一生養ふなり、かくのごとくなれば出家する者稀なり、出家するものは戒律正し、寺は里を去事十五町なり、町はいふに及ばず、少の在家までも十五町を隔る法なり、町家在家と軒をならべたる堂寺は佛の法にあらざれば、あき次第にたゝみ置て山寺の堂寺を修理せんに餘りあるべし、觀音も清水長谷の靈地ばかり殘りて他は勢ひ次第たゝまるべし、藥師も因幡藥師など名あるばかり山寺のあき地に引るべし、其餘はおして知るべし、わざとさへ在所を隔る山寺に寺內などゝて上田畠を公儀へ申て取、在家を引寄置事は甚だ法にもれたる事なれども、習ひにてかくなりたれば仁政は急にせず、自然に昔にかへすべし、律義を守る僧と相談したまはゞよかるべし、くはしき事は畧す、 (問)武士屋敷修理作事はいかゞ、 (答)大道行はれば程なく農兵の昔にかへるべし、其時は城も今の樣にはあるまじ、士屋敷今の十分一も入らず、是亦餘る屋をよくたゝみ置て修理せんに事欠べからず、近年公儀作事の神社佛閣を見聞に、修理してよきをうちくづしあたらしく立直せり、其あたらしきは木の性あしく、工匠の請取にて切くはせ、麁相なれば程なく破損せり、此故に公儀御建立の間もなく、いよ〱山澤もあれ川も淺くなれり、本のまゝにて修理せば新らしくしたるよりは三五倍も久しくかゝらんと思ふ所多し、公儀の財用も入らぬ事に多く費、山川もあれまさるのみなり、達磨も無功德といへり、凡僧凡俗却て功德とす、故に神社佛閣ともに大かた修理にて取つゞくる事なり、後世は火事しげし、仁政にて此火靜まれば、是亦大なる山の爲諸人の爲によき事なり、
新字:(問)仏寺はいかゞ、 (答)是は急には成べからず、急にせば坊主の難義なるべし、昔の得度の法を再興して猥に我と出家する事を禁じ給はん、何の国何の郡何の村何がしといふもの出家を願ふ時、其村中外村の親類までも寄合、戒定恵の三学をかねて、出家をとぐべきものなれば、其郡の奉行に達し、奉行吟味して国君に申す、国守より公儀の奉行所に達し御朱印給はりてはじめて出家す、若し其僧不律の事あれば僧正是を糺明して公儀へ申す、公儀より国守にかへし給ひて不吟味の過怠あり、国君又其郡奉行所の庄屋一類に過怠あり、其在所幷に親類として還俗せしめて一生養ふなり、かくのごとくなれば出家する者稀なり、出家するものは戒律正し、寺は里を去事十五町なり、町はいふに及ばず、少の在家までも十五町を隔る法なり、町家在家と軒をならべたる堂寺は仏の法にあらざれば、あき次第にたゝみ置て山寺の堂寺を修理せんに余りあるべし、観音も清水長谷の霊地ばかり残りて他は勢ひ次第たゝまるべし、薬師も因幡薬師など名あるばかり山寺のあき地に引るべし、其余はおして知るべし、わざとさへ在所を隔る山寺に寺内などゝて上田畠を公儀へ申て取、在家を引寄置事は甚だ法にもれたる事なれども、習ひにてかくなりたれば仁政は急にせず、自然に昔にかへすべし、律義を守る僧と相談したまはゞよかるべし、くはしき事は略す、 (問)武士屋敷修理作事はいかゞ、 (答)大道行はれば程なく農兵の昔にかへるべし、其時は城も今の様にはあるまじ、士屋敷今の十分一も入らず、是亦余る屋をよくたゝみ置て修理せんに事欠べからず、近年公儀作事の神社仏閣を見聞に、修理してよきをうちくづしあたらしく立直せり、其あたらしきは木の性あしく、工匠の請取にて切くはせ、麁相なれば程なく破損せり、此故に公儀御建立の間もなく、いよ〱山沢もあれ川も浅くなれり、本のまゝにて修理せば新らしくしたるよりは三五倍も久しくかゝらんと思ふ所多し、公儀の財用も入らぬ事に多く費、山川もあれまさるのみなり、達磨も無功徳といへり、凡僧凡俗却て功徳とす、故に神社仏閣ともに大かた修理にて取つゞくる事なり、後世は火事しげし、仁政にて此火静まれば、是亦大なる山の為諸人の為によき事なり、
書き下し
(問)佛寺はいかゞ、 (答)是は急には成べからず、急にせば坊主の難義なるべし、昔の得度の法を再興して猥に我と出家する事を禁じ給はん、何の國何の郡何の村何がしといふもの出家を願ふ時、其村中外村の親類までも寄合、戒定惠の三學をかねて、出家をとぐべきものなれば、其郡の奉行に達し、奉行吟味して國君に申す、國守より公儀の奉行所に達し御朱印給はりてはじめて出家す、若し其僧不律の事あれば僧正是を糺明して公儀へ申す、公儀より國守にかへし給ひて不吟味の過怠あり、國君又其郡奉行所の庄屋一類に過怠あり、其在所幷に親類として還俗せしめて一生養ふなり、かくのごとくなれば出家する者稀なり、出家するものは戒律正し、寺は里を去事十五町なり、町はいふに及ばず、少の在家までも十五町を隔る法なり、町家在家と軒をならべたる堂寺は佛の法にあらざれば、あき次第にたゝみ置て山寺の堂寺を修理せんに餘りあるべし、觀音も清水長谷の靈地ばかり殘りて他は勢ひ次第たゝまるべし、藥師も因幡藥師など名あるばかり山寺のあき地に引るべし、其餘はおして知るべし、わざとさへ在所を隔る山寺に寺內などゝて上田畠を公儀へ申て取、在家を引寄置事は甚だ法にもれたる事なれども、習ひにてかくなりたれば仁政は急にせず、自然に昔にかへすべし、律義を守る僧と相談したまはゞよかるべし、くはしき事は畧す、 (問)武士屋敷修理作事はいかゞ、 (答)大道行はれば程なく農兵の昔にかへるべし、其時は城も今の樣にはあるまじ、士屋敷今の十分一も入らず、是亦餘る屋をよくたゝみ置て修理せんに事欠べからず、近年公儀作事の神社佛閣を見聞に、修理してよきをうちくづしあたらしく立直せり、其あたらしきは木の性あしく、工匠の請取にて切くはせ、麁相なれば程なく破損せり、此故に公儀御建立の間もなく、いよ〱山澤もあれ川も淺くなれり、本のまゝにて修理せば新らしくしたるよりは三五倍も久しくかゝらんと思ふ所多し、公儀の財用も入らぬ事に多く費、山川もあれまさるのみなり、達磨も無功德といへり、凡僧凡俗却て功德とす、故に神社佛閣ともに大かた修理にて取つゞくる事なり、後世は火事しげし、仁政にて此火靜まれば、是亦大なる山の爲諸人の爲によき事なり、
現代語訳
問う。仏寺についてはどうか。 答える。これは急にはできない。急にやれば僧が難儀するだろう。昔の得度の法を再興して、みだりに自分から出家することを禁じなさるのがよい。どこの国のどこの郡のどこの村の何某という者が出家を願うときは、その村の中や隣村の親類までも寄り合い、戒・定・慧の三学を兼ねて出家を遂げるべき者かを確かめ、その郡の奉行に届け、奉行が吟味して国主に申し上げ、国主から幕府の奉行所に届けて御朱印を賜って、初めて出家する。もしその僧に不行跡があれば、僧正がこれを糾明して幕府に申し出、幕府から国主に差し戻されて、吟味不十分の過ちを問われる。国主もまたその郡の奉行所や庄屋の一族に処罰がある。その在所と親類は、その僧を還俗させ、一生養うのである。このようにすれば出家する者は稀になる。出家する者は戒律が正しい。寺は里から十五町離れる。町はいうまでもなく、わずかな民家までも十五町隔てる決まりである。町家や民家と軒を並べた堂や寺は仏の法にかなわないので、空き次第に畳んでおけば、山寺の堂寺を修理するのに余りがあるだろう。観音も清水・長谷の霊地だけが残って他は成り行きで畳まれ、薬師も因幡薬師など名のあるものだけが山寺の空き地に移されるだろう。その他は推して知るべきである。わざわざ在所から隔たった山寺にさえ、寺内と称して上等の田畑を幕府に申し出て取り、民家を引き寄せている事は、はなはだ法に外れたことであるが、慣わしでこうなったのだから、仁政は急がず、自然に昔に返すのがよい。律義を守る僧と相談なさるのがよいだろう。詳しいことは略す。 問う。武士の屋敷の修理や普請はどうか。 答える。大道が行われれば、ほどなく農兵の昔に返るだろう。そのときは城も今のようではあるまい。武士の屋敷も今の十分の一も要らない。これも余った家をよく畳んでおいて修理に当てれば事欠かない。近年、幕府が普請した神社仏閣を見聞きすると、修理すればよいものを打ち壊して新しく建て直している。その新しい建物は木の質が悪く、職人の請負で伐り急ぎ、粗雑なので間もなく破損する。このため幕府の建立のたびに、ますます山や沢は荒れ、川も浅くなった。元のまま修理すれば、新しくするより三倍も五倍も長くもつと思われる所が多い。幕府の財政に要らない出費を多くかけ、山川はますます荒れるばかりである。達磨も無功徳といった。凡僧や凡俗こそ、かえって功徳とする。だから神社仏閣ともに、おおかた修理で持ち続けるべきである。後世は火事が多い。仁政でこの火事が静まれば、これもまた山のため、人々のために大いによいことである。
解説

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