大学或問 / 『大学或問』材木の公用と神社の再建
(問)木曾熊野土佐などの材木は其國守田畠の物成に並びたる公用なり、やめがたからんか、 (答)大道行はるゝ時は今の公用私用の諸遣ひは十が九やむべし、富有大業の代には今おもふさしつかへはなきなり、又山のうき物成は他のうき物成とかへる事もあるべし、今は山のうき物成皆出しても借金の利にも足らず、借金をすまし給ひて今の諸入用止まばうき物成なくとも事足ぬべし、 (問)諸國にも山川の法度は備れども、山はます〱あれ川はいよ〱淺くなるは何ぞや、 (答)山あらす事法度とあれども、三日の食物さへ貯なきもの多ければ、薪を買て燒べきやうなければ、たとへ明日首をきらるゝまでも今日はぬすみて山をからではならず、庄屋年寄もそれを知れば見のがしにせんより外の事なし、 (問)山々の杣をやめて材木を出さずば、神社佛寺の建立、國々の城、士屋敷、江戶の諸屋敷、諸國の在鄕町等の作事はいかゞせん、 (答)大道行はるゝ時は山の木を伐らでも材木事欠ざる積りあり、何事も前に分別ありていへり、去ながら事長ければ其所にては略せり、先原廟を作るとて同じ神を方々に社を建る事は非禮なればいにしへはせざる事なり、神の威もこれによつて輕くなれり、天照皇は伊勢の山田ばかり、八幡宮は宇佐ばかり、春日は奈良ばかり、盞鳥は雲州ばかり、大己貴は三輪ばかり、其外皆かくのごとくして、山の昔にかへらん間は諸神社あらたに作り直す事をやめて、其末社のたゝみたる木を以て修理のみせば材木擧て用ふべからず、 (問)我邦は神國なり、土民の產宮はいかゞせん、 (答)大和國ならば則春日三輪龍田生駒などを產宮とせん、原廟のみにて本社の神なき所には、一國の社稷の神をたてゝ、たゝみたる原廟の神をうつしよせ社のごとくするもあるべし、くはしき事は其時の勢によるべし、邪神亡て正神の威增るべし、 (問)男山はいかゞ、 (答)是はかりは唯一に改りて殘る事もあるべし、
新字:(問)木曽熊野土佐などの材木は其国守田畠の物成に並びたる公用なり、やめがたからんか、 (答)大道行はるゝ時は今の公用私用の諸遣ひは十が九やむべし、富有大業の代には今おもふさしつかへはなきなり、又山のうき物成は他のうき物成とかへる事もあるべし、今は山のうき物成皆出しても借金の利にも足らず、借金をすまし給ひて今の諸入用止まばうき物成なくとも事足ぬべし、 (問)諸国にも山川の法度は備れども、山はます〱あれ川はいよ〱浅くなるは何ぞや、 (答)山あらす事法度とあれども、三日の食物さへ貯なきもの多ければ、薪を買て焼べきやうなければ、たとへ明日首をきらるゝまでも今日はぬすみて山をからではならず、庄屋年寄もそれを知れば見のがしにせんより外の事なし、 (問)山々の杣をやめて材木を出さずば、神社仏寺の建立、国々の城、士屋敷、江戸の諸屋敷、諸国の在郷町等の作事はいかゞせん、 (答)大道行はるゝ時は山の木を伐らでも材木事欠ざる積りあり、何事も前に分別ありていへり、去ながら事長ければ其所にては略せり、先原廟を作るとて同じ神を方々に社を建る事は非礼なればいにしへはせざる事なり、神の威もこれによつて軽くなれり、天照皇は伊勢の山田ばかり、八幡宮は宇佐ばかり、春日は奈良ばかり、盞鳥は雲州ばかり、大己貴は三輪ばかり、其外皆かくのごとくして、山の昔にかへらん間は諸神社あらたに作り直す事をやめて、其末社のたゝみたる木を以て修理のみせば材木挙て用ふべからず、 (問)我邦は神国なり、土民の産宮はいかゞせん、 (答)大和国ならば則春日三輪竜田生駒などを産宮とせん、原廟のみにて本社の神なき所には、一国の社稷の神をたてゝ、たゝみたる原廟の神をうつしよせ社のごとくするもあるべし、くはしき事は其時の勢によるべし、邪神亡て正神の威增るべし、 (問)男山はいかゞ、 (答)是はかりは唯一に改りて残る事もあるべし、
書き下し
(問)木曾熊野土佐などの材木は其國守田畠の物成に並びたる公用なり、やめがたからんか、 (答)大道行はるゝ時は今の公用私用の諸遣ひは十が九やむべし、富有大業の代には今おもふさしつかへはなきなり、又山のうき物成は他のうき物成とかへる事もあるべし、今は山のうき物成皆出しても借金の利にも足らず、借金をすまし給ひて今の諸入用止まばうき物成なくとも事足ぬべし、 (問)諸國にも山川の法度は備れども、山はます〱あれ川はいよ〱淺くなるは何ぞや、 (答)山あらす事法度とあれども、三日の食物さへ貯なきもの多ければ、薪を買て燒べきやうなければ、たとへ明日首をきらるゝまでも今日はぬすみて山をからではならず、庄屋年寄もそれを知れば見のがしにせんより外の事なし、 (問)山々の杣をやめて材木を出さずば、神社佛寺の建立、國々の城、士屋敷、江戶の諸屋敷、諸國の在鄕町等の作事はいかゞせん、 (答)大道行はるゝ時は山の木を伐らでも材木事欠ざる積りあり、何事も前に分別ありていへり、去ながら事長ければ其所にては略せり、先原廟を作るとて同じ神を方々に社を建る事は非禮なればいにしへはせざる事なり、神の威もこれによつて輕くなれり、天照皇は伊勢の山田ばかり、八幡宮は宇佐ばかり、春日は奈良ばかり、盞鳥は雲州ばかり、大己貴は三輪ばかり、其外皆かくのごとくして、山の昔にかへらん間は諸神社あらたに作り直す事をやめて、其末社のたゝみたる木を以て修理のみせば材木擧て用ふべからず、 (問)我邦は神國なり、土民の產宮はいかゞせん、 (答)大和國ならば則春日三輪龍田生駒などを產宮とせん、原廟のみにて本社の神なき所には、一國の社稷の神をたてゝ、たゝみたる原廟の神をうつしよせ社のごとくするもあるべし、くはしき事は其時の勢によるべし、邪神亡て正神の威增るべし、 (問)男山はいかゞ、 (答)是はかりは唯一に改りて殘る事もあるべし、
現代語訳
問う。木曽・熊野・土佐などの材木は、その国守の田畑の収穫に並ぶ公用の収入である。やめがたいのではないか。 答える。大道が行われる時は、今の公用私用のもろもろの出費は十のうち九がやむだろう。国を富ます大業の代には、今思うような差し支えはない。また、山の浮き物成(雑収入)は、他の浮き物成と換えることもあろう。今は山の浮き物成をすべて出しても借金の利息にも足りない。借金をお済ませになって今の諸入用がやめば、浮き物成がなくても事足りるだろう。 問う。諸国にも山川の法度は備わっているが、山はますます荒れ、川はいよいよ浅くなるのはなぜか。 答える。山を荒らすことは法度で禁じられているが、三日の食物さえ蓄えのない者が多いので、薪を買って焚けるはずもなく、たとえ明日首を切られるとしても、今日は盗んで山を刈らなければならない。庄屋・年寄もそれを知れば、見逃すよりほかはない。 問う。山々の杣をやめて材木を出さなければ、神社仏寺の建立、国々の城、武士の屋敷、江戸の諸屋敷、諸国の在郷・町などの普請はどうするのか。 答える。大道が行われる時は、山の木を伐らなくても、材木に事欠かない見積もりがある。何事も前に分別があって述べたのである。しかし話が長くなるので、そこでは省略した。まず、原廟(分社)を作って、同じ神を方々に社として建てることは非礼なので、昔はしなかったことである。神の威もこれによって軽くなった。天照皇大神は伊勢の山田だけ、八幡宮は宇佐だけ、春日は奈良だけ、素盞嗚は出雲だけ、大己貴は三輪だけ、そのほかもみなこのようにして、山が昔に帰るまでの間は、諸神社を新たに作り直すことをやめて、その末社の畳んだ木材で修理だけをすれば、材木をすべて用いることはないだろう。 問う。我が国は神国である。土民の産土宮はどうするのか。 答える。大和国なら、春日・三輪・龍田・生駒などを産土宮とする。原廟だけで本社の神のない所には、一国の社稷の神を立てて、畳んだ原廟の神を移し寄せて社のようにすることもあろう。詳しいことは、その時の情勢による。邪神が亡んで正神の威が増すだろう。 問う。男山はどうするか。 答える。これだけは、ただ一つ(本社)に改まって残ることもあろう。
解説

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