大学或問 / 『大学或問』手間を惜しまぬ普請の損益
(問)よき事はよけれども役人殊の外多く入れば今の人情に合ざる事か、 (答)其已前予が拾萬入れたるほどの普請をば三萬にて輕く仕廻たれども、十年の間には四五度ほどづゝ破損して國中の役人大形破損にかゝれり、其上に池下の田地損じたるも有、予が役人多く入たる池は三十年餘になれども、一つも破損したるなし、是にて損益格別なる事を考らるべし、予が普請せしめたる數々の大池とも、昔より諸奉行目論たる事なれども、山谷長くて大雨の時水の勢强ければ、切たるときは其下の田地三千石五千石永荒になる事を恐れてせず、切れざるやうにする事は吾子の云ごとく人情のゆるさぬ事なる故得せず、數十年日損にあひて士民共に困窮せり、予は諸奉行の望む所をゆるしてなさしむ、それより三十年餘に至れども今まで日損のうれへなし、功は諸奉行に譲りたり、今大和國の日損水損をやむるには河內國の古地の廢たりを起すべき事あり、其事ばかりいれて仁政行はざる時は、予も亦民の罪人となるべければ人にかたらず、仁政を以て滯なく行はれば水損日損なからん事は富有の一事なり、しかれども今の勢の上にて之をなさば愈〳〵士民の困窮となるべし、たとへば水に入て衣服を失たるものには小袖をあたへんに、川より取あげ浴衣にて身をふき其後にあたふべき事なるに、川中にて小袖を着せばいよ〳〵重みとなりて沈むべし、先士民共に米をうらでも借金の返辨諸遣ひとも事の欠ざる樣にして後の事なり、 (問)世間米遣ひとならばつかへる事あるべきか、 (答)かやうの事はつかへあるものなり、しかれども其事に當りてつかへを解ん事は易かるべし、
新字:(問)よき事はよけれども役人殊の外多く入れば今の人情に合ざる事か、 (答)其已前予が拾万入れたるほどの普請をば三万にて軽く仕廻たれども、十年の間には四五度ほどづゝ破損して国中の役人大形破損にかゝれり、其上に池下の田地損じたるも有、予が役人多く入たる池は三十年余になれども、一つも破損したるなし、是にて損益格別なる事を考らるべし、予が普請せしめたる数々の大池とも、昔より諸奉行目論たる事なれども、山谷長くて大雨の時水の勢強ければ、切たるときは其下の田地三千石五千石永荒になる事を恐れてせず、切れざるやうにする事は吾子の云ごとく人情のゆるさぬ事なる故得せず、数十年日損にあひて士民共に困窮せり、予は諸奉行の望む所をゆるしてなさしむ、それより三十年余に至れども今まで日損のうれへなし、功は諸奉行に譲りたり、今大和国の日損水損をやむるには河内国の古地の廃たりを起すべき事あり、其事ばかりいれて仁政行はざる時は、予も亦民の罪人となるべければ人にかたらず、仁政を以て滞なく行はれば水損日損なからん事は富有の一事なり、しかれども今の勢の上にて之をなさば愈〳〵士民の困窮となるべし、たとへば水に入て衣服を失たるものには小袖をあたへんに、川より取あげ浴衣にて身をふき其後にあたふべき事なるに、川中にて小袖を着せばいよ〳〵重みとなりて沈むべし、先士民共に米をうらでも借金の返弁諸遣ひとも事の欠ざる様にして後の事なり、 (問)世間米遣ひとならばつかへる事あるべきか、 (答)かやうの事はつかへあるものなり、しかれども其事に当りてつかへを解ん事は易かるべし、
書き下し
(問)よき事はよけれども役人殊の外多く入れば今の人情に合ざる事か、 (答)其已前予が拾萬入れたるほどの普請をば三萬にて輕く仕廻たれども、十年の間には四五度ほどづゝ破損して國中の役人大形破損にかゝれり、其上に池下の田地損じたるも有、予が役人多く入たる池は三十年餘になれども、一つも破損したるなし、是にて損益格別なる事を考らるべし、予が普請せしめたる數々の大池とも、昔より諸奉行目論たる事なれども、山谷長くて大雨の時水の勢强ければ、切たるときは其下の田地三千石五千石永荒になる事を恐れてせず、切れざるやうにする事は吾子の云ごとく人情のゆるさぬ事なる故得せず、數十年日損にあひて士民共に困窮せり、予は諸奉行の望む所をゆるしてなさしむ、それより三十年餘に至れども今まで日損のうれへなし、功は諸奉行に譲りたり、今大和國の日損水損をやむるには河內國の古地の廢たりを起すべき事あり、其事ばかりいれて仁政行はざる時は、予も亦民の罪人となるべければ人にかたらず、仁政を以て滯なく行はれば水損日損なからん事は富有の一事なり、しかれども今の勢の上にて之をなさば愈〳〵士民の困窮となるべし、たとへば水に入て衣服を失たるものには小袖をあたへんに、川より取あげ浴衣にて身をふき其後にあたふべき事なるに、川中にて小袖を着せばいよ〳〵重みとなりて沈むべし、先士民共に米をうらでも借金の返辨諸遣ひとも事の欠ざる樣にして後の事なり、 (問)世間米遣ひとならばつかへる事あるべきか、 (答)かやうの事はつかへあるものなり、しかれども其事に當りてつかへを解ん事は易かるべし、
現代語訳
問う。よいことではあるが、人足が特別に多く要れば、今の人情に合わないのではないか。 答える。それ以前に私が十万人足を入れたほどの普請を、三万で軽く済ませたが、十年の間に四、五度ずつ破損して、国中の人足がほぼ破損の修復にかかりきりになった。そのうえ、池の下の田地が損じたものもあった。私が人足を多く入れた池は、三十年余りになるが、一つも破損したものがない。これで損得が格別であることを考えてほしい。私が普請させた数々の大池は、昔から諸奉行が計画していたことだが、山や谷が長くて大雨のとき水の勢いが強く、切れたときにはその下の田地三千石、五千石が永荒れになることを恐れてしなかった。切れないようにすることは、あなたの言うように人情が許さないことなので、できなかった。数十年日損にあって、士も民も困窮した。私は、諸奉行の望むところを許してさせた。それから三十年余りに至るが、今まで日損の憂いはない。功績は諸奉行に譲った。今、大和国の日損・水損をやめるには、河内国の古地の無駄を起こすべきことがある。その事ばかり入れて仁政を行わないなら、私もまた民の罪人となるだろうから、人には語らない。仁政をもって滞りなく行われれば、水損・日損がなくなることは、富有の一事である。しかし、今の勢いの上でこれをなせば、いよいよ士民の困窮となるだろう。たとえば、水に入って衣服を失った者には小袖を与えるが、川から引き上げ、浴衣で身を拭き、その後に与えるべきなのに、川の中で小袖を着せれば、いよいよ重みとなって沈むだろう。まず士民ともに、米を売らなくても、借金の返済や諸々の支払いに事欠かないようにして、その後のことである。 問う。世間が米遣いになれば、差し支えることがあるのではないか。 答える。このようなことは差し支えがあるものである。しかし、その事に当たってから差し支えを解くことは易しいだろう。
解説

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