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大学或問 / 『大学或問』木綿田と酒屋の整理

(問)世間に人多く成たる故に田にも木綿を作るなるべし、米を作るよりは木綿にては百姓の勝手もよし、木綿をやめ米を作りては愈〳〵年貢不足せん、 (答)近年は儉約の法きびしく士己上歷々迄も木綿を着す、農工商の富有人も木綿を着する故に木わたを多く作るなり、木わたを作りて年貢出しよくばいよ〳〵高免になりて畢竟民のためにもならず、給人も免は少し高く取れど米下直なれば、昔の少し下免なりし時よりも勝手あしく、田木綿やめて免少し下るとも仁政にて武士の勝手よき事多ければつかへにはならず、十年の間には諸侯幷に家中ともに借金皆なく成べし、其上士己上の木綿着物は費なり、木綿は糊こはくつけ表は色紙あてゝむしろの上にて着するものゝ爲にはよし、五十年己前までは士己上の者は綸子縮緬紗綾羽二重を着したり、歩若黨も絹紬を着たり、人に依ては卷物も着たり、中小姓己上も人により絹紬を着たり、其時は今の樣にすり切て借金多きものはなかりき、政道にとりて昔のごとく成べければ田に木わた作らずとも木綿澤山にて下々事欠とあるべからず、其上庶人の富人も昔のごとく卷物を着すべし、家屋も富る百姓町人は小身の武士より格別うるはしく、小袖も同前の物なり、貴賤は色を以て分ち高直下直の物にてはわかたざるものなり、先急用の大事多ければ唐物幷に我邦の物の事は末に論すべし、 (問)酒屋をやめん事世間の事欠なり、其上多くの酒屋產業を失ふべければ如何、 (答)世間にも事かゝず酒屋も迷惑せざるやうあり、米遣ひになれば米にて賣り、其利米を以て一家の用をなし、あまる米にて酒を作るなり、船にて方々する事をせざれは海に入て廢たる費なく、海陸にて盜取廢たりなし、他所の酒を通ぜず處々にて作る時は多く作らず、其廢たりなければやめずしてくるしからじ、但北狄の備か大飢饉にて急に米をたくはへ給ふ事あらば一二年はやめらるゝ事もあるべし、

新字:(問)世間に人多く成たる故に田にも木綿を作るなるべし、米を作るよりは木綿にては百姓の勝手もよし、木綿をやめ米を作りては愈〳〵年貢不足せん、 (答)近年は倹約の法きびしく士己上歴々迄も木綿を着す、農工商の富有人も木綿を着する故に木わたを多く作るなり、木わたを作りて年貢出しよくばいよ〳〵高免になりて畢竟民のためにもならず、給人も免は少し高く取れど米下直なれば、昔の少し下免なりし時よりも勝手あしく、田木綿やめて免少し下るとも仁政にて武士の勝手よき事多ければつかへにはならず、十年の間には諸侯幷に家中ともに借金皆なく成べし、其上士己上の木綿着物は費なり、木綿は糊こはくつけ表は色紙あてゝむしろの上にて着するものゝ為にはよし、五十年己前までは士己上の者は綸子縮緬紗綾羽二重を着したり、歩若党も絹紬を着たり、人に依ては巻物も着たり、中小姓己上も人により絹紬を着たり、其時は今の様にすり切て借金多きものはなかりき、政道にとりて昔のごとく成べければ田に木わた作らずとも木綿沢山にて下々事欠とあるべからず、其上庶人の富人も昔のごとく巻物を着すべし、家屋も富る百姓町人は小身の武士より格別うるはしく、小袖も同前の物なり、貴賤は色を以て分ち高直下直の物にてはわかたざるものなり、先急用の大事多ければ唐物幷に我邦の物の事は末に論すべし、 (問)酒屋をやめん事世間の事欠なり、其上多くの酒屋産業を失ふべければ如何、 (答)世間にも事かゝず酒屋も迷惑せざるやうあり、米遣ひになれば米にて売り、其利米を以て一家の用をなし、あまる米にて酒を作るなり、船にて方々する事をせざれは海に入て廃たる費なく、海陸にて盗取廃たりなし、他所の酒を通ぜず処々にて作る時は多く作らず、其廃たりなければやめずしてくるしからじ、但北狄の備か大飢饉にて急に米をたくはへ給ふ事あらば一二年はやめらるゝ事もあるべし、

書き下し

(問)世間に人多く成たる故に田にも木綿を作るなるべし、米を作るよりは木綿にては百姓の勝手もよし、木綿をやめ米を作りては愈〳〵年貢不足せん、 (答)近年は儉約の法きびしく士己上歷々迄も木綿を着す、農工商の富有人も木綿を着する故に木わたを多く作るなり、木わたを作りて年貢出しよくばいよ〳〵高免になりて畢竟民のためにもならず、給人も免は少し高く取れど米下直なれば、昔の少し下免なりし時よりも勝手あしく、田木綿やめて免少し下るとも仁政にて武士の勝手よき事多ければつかへにはならず、十年の間には諸侯幷に家中ともに借金皆なく成べし、其上士己上の木綿着物は費なり、木綿は糊こはくつけ表は色紙あてゝむしろの上にて着するものゝ爲にはよし、五十年己前までは士己上の者は綸子縮緬紗綾羽二重を着したり、歩若黨も絹紬を着たり、人に依ては卷物も着たり、中小姓己上も人により絹紬を着たり、其時は今の樣にすり切て借金多きものはなかりき、政道にとりて昔のごとく成べければ田に木わた作らずとも木綿澤山にて下々事欠とあるべからず、其上庶人の富人も昔のごとく卷物を着すべし、家屋も富る百姓町人は小身の武士より格別うるはしく、小袖も同前の物なり、貴賤は色を以て分ち高直下直の物にてはわかたざるものなり、先急用の大事多ければ唐物幷に我邦の物の事は末に論すべし、 (問)酒屋をやめん事世間の事欠なり、其上多くの酒屋產業を失ふべければ如何、 (答)世間にも事かゝず酒屋も迷惑せざるやうあり、米遣ひになれば米にて賣り、其利米を以て一家の用をなし、あまる米にて酒を作るなり、船にて方々する事をせざれは海に入て廢たる費なく、海陸にて盜取廢たりなし、他所の酒を通ぜず處々にて作る時は多く作らず、其廢たりなければやめずしてくるしからじ、但北狄の備か大飢饉にて急に米をたくはへ給ふ事あらば一二年はやめらるゝ事もあるべし、

現代語訳

問う。世間に人が多くなったので、田にも木綿を作るのだろう。米を作るより木綿のほうが百姓にとっても都合がよい。木綿をやめて米を作れば、ますます年貢が足りなくなるだろう。 答える。近年は倹約の法が厳しく、武士以上の者まで木綿を着、農工商の富裕な者も木綿を着るので、綿を多く作るのである。綿を作って年貢が出しやすければ、ますます税率が高くなって、結局は民のためにもならない。給人(知行を受ける武士)も、税率は少し高く取れても米の値が安いので、昔の少し税率が低かった時よりも暮らし向きが悪くなる。田の木綿をやめて税率が少し下がっても、仁政によって武士の暮らし向きがよくなることが多いので差し支えはなく、十年のうちには大名も家中もみな借金がなくなるだろう。そのうえ、武士以上の木綿の着物は無駄遣いである。木綿は糊を固くつけ、表に色紙を当てて、むしろの上で着る者のためにはよい。五十年前までは、武士以上の者は綸子・縮緬・紗綾・羽二重を着た。歩行や若党も絹紬を着た。人によっては巻物も着た。中小姓以上も、人により絹紬を着た。その頃は今のように擦り切れて借金の多い者はいなかった。政道が昔のようになれば、田に綿を作らなくても木綿は豊富で、下々が不自由することはないはずである。そのうえ庶民の富者も昔のように巻物を着るのがよい。家屋も、富んだ百姓・町人は小身の武士より格別に立派で、小袖も同様の物である。身分の貴賤は色で分けるもので、値段の高い安いで分けるものではない。まず急ぎの大事が多いので、唐物と我が国の物産のことは後で論じる。 問う。酒屋をやめることは世間が物に事欠くことであり、そのうえ多くの酒屋が生業を失うが、どうか。 答える。世間も困らず酒屋も迷惑しない方法がある。米で物をやりとりする世になれば米で売り、その利益の米で一家の用をまかない、余った米で酒を作るのである。船で方々へ運ぶことをしなければ、海に沈んで無駄になる費えもなく、海でも陸でも盗まれ失われることもない。他所の酒を流通させず、各地で作るなら多くは作らず、その無駄がないのでやめなくても差し支えない。ただし北方の異民族(北狄)への備えや大飢饉で、急に米を蓄えなさる場合には、一二年は酒造をやめさせることもあろう。

解説

蕃山は、田で綿を作らせて年貢を取りやすくする仕組みが、結局は税率の上昇を招いて民のためにならないと見ています。また、衣服の貴賤は色で分けるべきで、値段で分けるものではないとも述べます。酒屋の整理も、米を貯える目的に絞った一時的な策として語られます。背景には、貨幣経済が広がり、武士も農民も借金を重ねる江戸前期の状況があります。現代でも、一つの収益源に頼って短期の数字を追うと、全体の体力を損なうことがあります。足元の収支と長期の蓄えのどちらを優先するか、制度の目的から見直す視点を示す箇所です。
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この章句が説くこと

木綿年貢倹約酒屋米遣い仁政

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