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大学或問 / 『大学或問』上田を損なわない水抜き普請

六萬石壹萬石の利をのけて見れば仁者のせざることなり、それよりも大によき事あり、長雨大水の年ごとに毎年十五萬石餘水損の國あり、外に五萬石許沼と成たる古地あり、此沼の水をぬき流し、拾五萬石の水損もなき普請の仕樣ありといへども、是にも壹貳萬石上田つぶるれば又一二千人の人柱有んことを恐れて人にかたらず、もし仁政を以て此普請をし給はゞ語るべし、上田の水底にある五萬石を再興せば今の間少なくとも五つ物成はあるべし、水ぬきにつぶれたる田地壹萬石の五つ物成を給はり、再興の地にて替地を遣はし、屋敷を取り家を作り、田畑に立毛付までは右の物成賜らば、古地をとられて却て悅ぶべし、利を以て云ても上の得分四つ物成五萬石あり、其の上拾四五萬石の水損やむ時は上下の得米あげて數へがたし、世の習となりて此の如きの仁政はすべき事ともしらず、語りても奉行人同心せず、其の道理上に達せず、水所の水をぬきて洪水の水よけするばかりには、よくしたらば壹萬石の古地は損すまじ、下に新田を發し水をかけんとする故に多くの古地を損ずるなり、新田の多きは國の爲よろしからず、おこさゞるにはしかじ、諸國の川々仁政を本として普請せば田地の水損なく、民屋の憂なかるべし、西國にて大川の下に城あり、士屋敷町家城下にあり、度々の水破にあへり川どこいよ〳〵高く成たれば、重ねての洪水には人も死すべし、家中町とも流ん事を憂ふ、これによつて予川よけの道をしふ、予がいひたるやうに全くはなけれども大形にはしたりし故、其後數度の大雨にて水出たれども城下恙なし、此跡を見ば其道に器用なる人は心付事も有べきか、世間の水ふせぎの普請は目の付所違たり、たま〳〵暗にあたりたるも仁政に基かざれば成就せざるなり、

新字:六万石壱万石の利をのけて見れば仁者のせざることなり、それよりも大によき事あり、長雨大水の年ごとに毎年十五万石余水損の国あり、外に五万石許沼と成たる古地あり、此沼の水をぬき流し、拾五万石の水損もなき普請の仕様ありといへども、是にも壱貳万石上田つぶるれば又一二千人の人柱有んことを恐れて人にかたらず、もし仁政を以て此普請をし給はゞ語るべし、上田の水底にある五万石を再興せば今の間少なくとも五つ物成はあるべし、水ぬきにつぶれたる田地壱万石の五つ物成を給はり、再興の地にて替地を遣はし、屋敷を取り家を作り、田畑に立毛付までは右の物成賜らば、古地をとられて却て悦ぶべし、利を以て云ても上の得分四つ物成五万石あり、其の上拾四五万石の水損やむ時は上下の得米あげて数へがたし、世の習となりて此の如きの仁政はすべき事ともしらず、語りても奉行人同心せず、其の道理上に達せず、水所の水をぬきて洪水の水よけするばかりには、よくしたらば壱万石の古地は損すまじ、下に新田を発し水をかけんとする故に多くの古地を損ずるなり、新田の多きは国の為よろしからず、おこさゞるにはしかじ、諸国の川々仁政を本として普請せば田地の水損なく、民屋の憂なかるべし、西国にて大川の下に城あり、士屋敷町家城下にあり、度々の水破にあへり川どこいよ〳〵高く成たれば、重ねての洪水には人も死すべし、家中町とも流ん事を憂ふ、これによつて予川よけの道をしふ、予がいひたるやうに全くはなけれども大形にはしたりし故、其後数度の大雨にて水出たれども城下恙なし、此跡を見ば其道に器用なる人は心付事も有べきか、世間の水ふせぎの普請は目の付所違たり、たま〳〵暗にあたりたるも仁政に基かざれば成就せざるなり、

書き下し

六萬石壹萬石の利をのけて見れば仁者のせざることなり、それよりも大によき事あり、長雨大水の年ごとに毎年十五萬石餘水損の國あり、外に五萬石許沼と成たる古地あり、此沼の水をぬき流し、拾五萬石の水損もなき普請の仕樣ありといへども、是にも壹貳萬石上田つぶるれば又一二千人の人柱有んことを恐れて人にかたらず、もし仁政を以て此普請をし給はゞ語るべし、上田の水底にある五萬石を再興せば今の間少なくとも五つ物成はあるべし、水ぬきにつぶれたる田地壹萬石の五つ物成を給はり、再興の地にて替地を遣はし、屋敷を取り家を作り、田畑に立毛付までは右の物成賜らば、古地をとられて却て悅ぶべし、利を以て云ても上の得分四つ物成五萬石あり、其の上拾四五萬石の水損やむ時は上下の得米あげて數へがたし、世の習となりて此の如きの仁政はすべき事ともしらず、語りても奉行人同心せず、其の道理上に達せず、水所の水をぬきて洪水の水よけするばかりには、よくしたらば壹萬石の古地は損すまじ、下に新田を發し水をかけんとする故に多くの古地を損ずるなり、新田の多きは國の爲よろしからず、おこさゞるにはしかじ、諸國の川々仁政を本として普請せば田地の水損なく、民屋の憂なかるべし、西國にて大川の下に城あり、士屋敷町家城下にあり、度々の水破にあへり川どこいよ〳〵高く成たれば、重ねての洪水には人も死すべし、家中町とも流ん事を憂ふ、これによつて予川よけの道をしふ、予がいひたるやうに全くはなけれども大形にはしたりし故、其後數度の大雨にて水出たれども城下恙なし、此跡を見ば其道に器用なる人は心付事も有べきか、世間の水ふせぎの普請は目の付所違たり、たま〳〵暗にあたりたるも仁政に基かざれば成就せざるなり、

現代語訳

六万石の利益から一万石の損失の利を取り除いて見れば、仁者のしないことである。それよりも、大いによい事がある。長雨や大水の年ごとに、毎年十五万石余りが水害にあう国がある。ほかに五万石ほどが沼となった古い土地がある。この沼の水を抜き流して、十五万石の水害もなくなる普請の仕方はあるが、これにも一、二万石の上田がつぶれれば、また一、二千人の人柱が出ることを恐れて、人に語らない。もし仁政でこの普請をされるなら語るだろう。上田の水底にある五万石を再興すれば、今のところ少なくとも五つ(五割)の収穫はあるだろう。水抜きでつぶれた田地一万石の五つの収穫を与え、再興した地で替え地を与え、屋敷を取り、家を作り、田畑に作物を植えつけるまでは、右の収穫を与えるなら、古い土地を取られてかえって喜ぶだろう。利をもって言っても、上の得分は四つの収穫で五万石ある。そのうえ、十四、五万石の水害が止むときは、上下の得る米は数えきれない。世の習いとなって、このような仁政はするべきことだとも知られず、語っても奉行人は同意せず、その道理が上に達しない。水所の水を抜いて、洪水の水除けをするだけなら、よくすれば一万石の古地は損しないだろう。下に新田を開発して水をかけようとするから、多くの古地を損なうのである。新田が多いのは国のためによくない。起こさないのに越したことはない。諸国の川々を仁政を本として普請すれば、田地の水害はなく、民家の憂いもなくなるだろう。西国で大川の下に城がある。武士の屋敷や町家が城下にあり、たびたび水害にあった。川床がいよいよ高くなったので、重ねての洪水には人も死ぬだろう。家中も町も流されることを憂えた。これによって、私は川除けの道を教えた。私の言ったとおりには全くならなかったが、大筋では行ったので、その後数度の大雨で水が出たけれども、城下は無事だった。この跡を見れば、その道に器用な人は気づくこともあるだろうか。世間の水防ぎの普請は、目の付け所が違っている。たまたま当たっても、仁政に基づかなければ成就しないのである。

解説

前条の続きで、蕃山は犠牲を出さない水抜きの具体案を示します。つぶれる田には相応の収穫を保証し、替え地と家屋敷を与え、作付けまで面倒を見る。そうすれば古い土地を取られても喜ぶほどだと言い、補償と利益を両立させる設計です。また、水害を止めるだけなら足り、新田を増やそうとするから古地を損なう、と欲を抑える視点も示します。後半の、城下を守った実例は蕃山自身の経験として語られます。現代の大型プロジェクトでも、影響を受ける人への補償や移行の設計が整っていなければ、計画は進みません。目的を絞り、欲張らないことが成功を支えます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

水抜き補償替え地新田仁政川除け

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