中朝事実 / 附錄・化生説と泰伯説への答え
或疑。天地開闢之始。萬物化生。太甚有可怪疑。 愚謂。萬物之始。未嘗不化生也。陽昇而爲天。陰降而爲地。天地既化生乎。夫天地之間。往來屈伸無息。其交蒸處。萬物自生。一生之後。種類連綿。以充塞於天下。人唯見連續底。以爲無氣化。凭其近而忘其遠也。土壤之蒸。必生菌栭。水草之腐。必有化蟲。何又蒸腐而已乎。物各化其蠢。構精細蘊。以生此人。亦非氣化哉。萬物雖襲種聯來。無不因氣以化。氣化之說。更無可疑焉也。大凡開草之運。萬物之資始。少造端於玆。以今挹古。猶桃李之春言一陽之微。勿怪焉。俗學必因私臆。知所不知。故異端蜂起。微言漸隱。竟以上古之事。爲空渺之言。寓己眼之所見。附舊染之所泥。豈是造化之不測乎。 或疑。中華者。吳泰伯之苗裔。故神廟揭三讓以爲額。嘗東山僧圓月。〔字中嚴。號中正子。創建妙喜庵。〕修日本紀。以爲泰伯之後。朝儀不協。而遂火其書。大概中華之朝儀。多襲外國之制例。否。 愚謂。中華之始。舊紀所著無可疑。而以吳泰伯爲祖者。因吳越可一葦。吠俗書之虛聲。文字之禪。章句之儒。好奇彫空之所致也。夫中華精秀于萬邦乎。悉出神聖之知德。故國稱神國。祚稱神位。器稱神器。其敎曰神勅。其兵曰神兵。是神體物不遺也。後世仍傳其虛。爲無稽之言。皆記誦之信耳。而忘其所本也。竊按。人之壽夭。必繫世之渾漓。上古之人多壽。人之度量。必襲地之水土。中華之人多靈武。凡自人皇逮崇神帝。□世年歷七百年。聖主壽算。各向百歲。外朝之王者。此間三十有餘世。若泰伯之苗末。何異外朝之壽。況帝之聖武雄才。果拱手長視之屬乎。蓋居我土而忘我土。食其國而忘其邦。生其天下而忘其天下者。猶生乎父母而忘父母。豈是人之道乎。唯非未知之而已。附會牽合。以我國爲他國者。亂臣也。賊子也。朝儀多襲外朝之制。亦必非效此。自然之勢也。且外國通好之後。多有留學生。以精外國之事儀。故摘其美。茄其嘉。是君子之知也。況彼此同氣之相通乎。如三讓之榜。皆附益之弊。而非因證之也。 或疑。綏靖帝。以其姨五十鈴依姬。爲元妃。〔母之姉妹曰姨〕於禮最可畏乎。 愚謂。禮者。本天地之道。從人物之情。監數世之勢。以節其制。故草昧之始。禮之全備。不可求之。外朝伏羲女媧。兄妹以爲夫婦。堯舜同姓。以爲婚姻。可並按也。且禮。必有一代之制。有水土之差。故禮者。以其至誠品節之。以外朝之例不可準焉。
新字:或疑。天地開闢之始。万物化生。太甚有可怪疑。 愚謂。万物之始。未嘗不化生也。陽昇而為天。陰降而為地。天地既化生乎。夫天地之間。往来屈伸無息。其交蒸処。万物自生。一生之後。種類連綿。以充塞於天下。人唯見連続底。以為無気化。凭其近而忘其遠也。土壤之蒸。必生菌栭。水草之腐。必有化虫。何又蒸腐而已乎。物各化其蠢。構精細蘊。以生此人。亦非気化哉。万物雖襲種聯来。無不因気以化。気化之説。更無可疑焉也。大凡開草之運。万物之資始。少造端於玆。以今挹古。猶桃李之春言一陽之微。勿怪焉。俗学必因私臆。知所不知。故異端蜂起。微言漸隠。竟以上古之事。為空渺之言。寓己眼之所見。附旧染之所泥。豈是造化之不測乎。 或疑。中華者。呉泰伯之苗裔。故神廟掲三譲以為額。嘗東山僧円月。〔字中厳。号中正子。創建妙喜庵。〕修日本紀。以為泰伯之後。朝儀不協。而遂火其書。大概中華之朝儀。多襲外国之制例。否。 愚謂。中華之始。旧紀所著無可疑。而以呉泰伯為祖者。因呉越可一葦。吠俗書之虚声。文字之禅。章句之儒。好奇彫空之所致也。夫中華精秀于万邦乎。悉出神聖之知徳。故国称神国。祚称神位。器称神器。其教曰神勅。其兵曰神兵。是神体物不遺也。後世仍伝其虚。為無稽之言。皆記誦之信耳。而忘其所本也。窃按。人之寿夭。必繋世之渾漓。上古之人多寿。人之度量。必襲地之水土。中華之人多霊武。凡自人皇逮崇神帝。□世年歴七百年。聖主寿算。各向百歳。外朝之王者。此間三十有余世。若泰伯之苗末。何異外朝之寿。況帝之聖武雄才。果拱手長視之属乎。蓋居我土而忘我土。食其国而忘其邦。生其天下而忘其天下者。猶生乎父母而忘父母。豈是人之道乎。唯非未知之而已。附会牽合。以我国為他国者。乱臣也。賊子也。朝儀多襲外朝之制。亦必非効此。自然之勢也。且外国通好之後。多有留学生。以精外国之事儀。故摘其美。茄其嘉。是君子之知也。況彼此同気之相通乎。如三譲之榜。皆附益之弊。而非因証之也。 或疑。綏靖帝。以其姨五十鈴依姫。為元妃。〔母之姉妹曰姨〕於礼最可畏乎。 愚謂。礼者。本天地之道。従人物之情。監数世之勢。以節其制。故草昧之始。礼之全備。不可求之。外朝伏羲女媧。兄妹以為夫婦。堯舜同姓。以為婚姻。可並按也。且礼。必有一代之制。有水土之差。故礼者。以其至誠品節之。以外朝之例不可準焉。
書き下し
或ひと疑ふ、天地開闢の始め、万物化生すること、太だ怪しみ疑ふべき有りと。 愚謂へらく、万物の始め、未だ嘗て化生せずんばあらず。陽昇りて天と為り、陰降りて地と為る。天地既に化生すれば、夫れ天地の間、往来屈伸して息むこと無し。其の交蒸する処に、万物自ら生ず。一たび生じて後、種類連綿として、以て天下に充塞す。人唯だ連続する底を見て、以て気化無しと為す。其の近きに凭りて其の遠きを忘るるなり。土壌の蒸すれば、必ず菌栭を生じ、水草の腐れば、必ず化虫有り。何ぞ又蒸腐のみならむや。物各々其の蠢きを化し、精を構へ細を蘊みて、以て此の人を生ず。亦気化に非ずや。万物は種を襲ひ連なり来ると雖も、気に因りて以て化せざる無し。気化の説は、更に疑ふべき無し。大凡そ草を開くの運、万物の資りて始まる、少し端を玆に造る。今を以て古を挹むは、猶ほ桃李の春の如く、一陽の微を言ふがごとし。怪しむこと勿かれ。俗学は必ず私臆に因り、知らざる所を知る。故に異端蜂起し、微言漸く隠れ、竟に上古の事を以て空渺の言と為し、己が眼の見る所に寓し、旧染の泥む所に附く。豈に是れ造化の測られざるならむや。 或ひと疑ふ、中華は呉の泰伯の苗裔なり。故に神廟に三譲を掲げて以て額と為す。嘗て東山の僧円月〔字は中巌。号は中正子。妙喜庵を創建す。〕日本紀を修め、以て泰伯の後と為す。朝儀協はずして、遂に其の書を火く。大概、中華の朝儀は、多く外国の制例を襲ふ。否かと。 愚謂へらく、中華の始め、旧紀に著す所、疑ふべき無し。而して呉の泰伯を以て祖と為すは、呉越の一葦に航すべきに因り、俗書の虚声に吠ゆ。文字の禅、章句の儒、奇を好み空を彫る所の致すなり。夫れ中華の万邦に精秀なるは、悉く神聖の知徳に出づ。故に国を称して神国と曰ひ、祚を称して神位と曰ひ、器を称して神器と曰ひ、其の教を神勅と曰ひ、其の兵を神兵と曰ふ。是れ神物に体して遺さざるなり。後世、仍りて其の虚を伝へ、無稽の言を為す。皆記誦の信耳にして、其の本とする所を忘るるなり。竊かに按ずるに、人の寿夭は、必ず世の渾漓に繋がる。上古の人は寿多し。人の度量は、必ず地の水土を襲ふ。中華の人は霊武多し。凡そ人皇より崇神帝に逮ぶまで、□世の年歴七百年、聖主の寿算は、各々百歳に向かふ。外朝の王者は、此の間に三十有余世。若し泰伯の苗末ならば、何ぞ外朝の寿に異ならむ。況んや帝の聖武雄才、果たして拱手して長く視るの属ならむや。蓋し我が土に居りて我が土を忘れ、其の国を食みて其の邦を忘れ、其の天下に生まれて其の天下を忘るる者は、猶ほ父母に生まれて父母を忘るるがごとし。豈に是れ人の道ならむや。唯だ未だ之を知らざるのみに非ず。附会牽合して、我が国を以て他国と為す者は、乱臣なり、賊子なり。朝儀の多く外朝の制を襲ふも、亦必ず此に効ふに非ず。自然の勢なり。且つ外国通好の後、多く留学生有り、以て外国の事儀を精しくす。故に其の美を摘み、其の嘉を茄ふは、是れ君子の知なり。況んや彼此同気の相通ずるをや。三譲の榜の如きは、皆附益の弊にして、因証に非ざるなり。 或ひと疑ふ、綏靖帝、其の姨五十鈴依姫を以て元妃と為す。〔母の姉妹を姨と曰ふ〕礼に於いて最も畏るべきかと。 愚謂へらく、礼とは、天地の道に本づき、人物の情に従ひ、数世の勢を監て、以て其の制を節す。故に草昧の始めは、礼の全備を之に求むべからず。外朝の伏羲・女媧は、兄妹にして以て夫婦と為り、堯・舜は同姓にして以て婚姻を為す。並び按ずべし。且つ礼には必ず一代の制有り、水土の差有り。故に礼とは、其の至誠を以て品節するなり。外朝の例を以て準ずべからず。
現代語訳
ある人は疑う。天地開闢のはじめに万物が化生した(生まれ出た)というのは、あまりに怪しく疑わしいと。 私が思うに、万物の始めは、いつでも化生しなかったことはない。陽が昇って天となり、陰が降って地となる。天地がすでに化生すれば、天地の間では往来と屈伸が休みなく続く。それらが交わり蒸す所で、万物はおのずから生じる。ひとたび生じた後は、種類が連なって天下に満ちる。人はただ連続しているところだけを見て、気の化はないと思う。近いところにとらわれて遠い始めを忘れているのである。土が蒸せば必ずきのこが生え、水草が腐れば必ず化生する虫がいる。どうしてそれだけであろうか。物はそれぞれ蠢く力を化し、精を構え細を含んで、この人を生んだ。これもまた気の化ではないか。万物は種を受け継いで連なり来たとはいえ、気によって化さないものはない。気化の説はまったく疑う余地がない。そもそも草を開く運、万物が頼って始まる時には、少しその端がここに開かれる。今から古を汲むのは、桃や李の春のようなもので、一陽の微かな働きをいうようなものだ。怪しんではならない。俗学は必ず私の臆測によって、知らないことを知ったことにする。だから異端が蜂起し、微妙な言葉はしだいに隠れ、ついに上古のことを空虚で漠然とした言葉とし、自分の目で見えるものに当てはめ、古い染みにとらわれる。これがどうして造化の測り知れないところなどであろうか。 ある人は疑う。中華(日本)は呉の泰伯の子孫だという。そのため神廟に三譲を掲げて額としている。かつて東山の僧の円月(字は中巌、号は中正子、妙喜庵を創建した)が日本紀を修めて、泰伯の後裔とした。朝廷の儀式と合わなかったので、ついにその書を焼いた。おおよそ中華の朝廷の儀式は、多く外国の制度を踏襲したのではないかと。 私が思うに、中華の始めは、旧記に記された所に疑う余地はない。呉の泰伯を祖とするのは、呉越が葦一束の舟でも渡れる近さであるために、俗書の虚しい声に吠えたものである。文字の禅、章句の儒、奇を好み空虚を彫るものがもたらしたことだ。中華が万国の中で精妙で秀でているのは、すべて神聖の知と徳から出ている。だから国を神国といい、位を神位といい、器を神器といい、その教えを神勅といい、その兵を神兵という。これは神が万物に宿って漏らさないことである。後の世は、その虚を伝えて根拠のない言葉をなす。みな記憶と暗誦を信じるのみで、その本とするところを忘れている。ひそかに考えるに、人の寿命の長短は、必ずその世の純朴さと浮薄さに繋がる。上古の人は長寿であった。人の度量は、必ずその地の風土を受け継ぐ。中華の人は霊妙で武勇が多い。人皇(神武帝)から崇神帝まで、□世(欠字)、年数七百年、聖主の寿命はそれぞれ百歳に近い。外朝の王者はこの間に三十余世である。もし泰伯の末裔であれば、どうして外朝の寿命と違おうか。まして帝の聖なる武と雄才が、手をこまねいて長く眺める類であろうか。思うに、我が土に居て我が土を忘れ、その国の食を食べてその国を忘れ、その天下に生まれてその天下を忘れる者は、父母に生まれて父母を忘れるようなものだ。どうして人の道であろうか。ただ知らないだけではない。こじつけて我が国を他国とする者は、乱臣であり賊子である。朝廷の儀式に外朝の制を多く受けたのも、これに倣ったのではなく、自然の勢いである。また外国と通好した後は、多くの留学生がいて、外国の事柄や儀礼を詳しく知った。だからその美を摘み、その善を取り入れたのは、君子の知である。まして彼と此とが同気で相通じることはなおさらである。三譲の額のようなものは、後から付け足された弊害であり、証拠によるものではない。 ある人は疑う。綏靖帝は叔母の五十鈴依姫を元妃とした(母の姉妹を姨という)。礼において最も畏れるべきではないかと。 私が思うに、礼とは天地の道に基づき、人や物の情に従い、数世の勢いをよく観て、その制を節するものである。だから世の草創の始めに、礼の完全な備えを求めてはならない。外朝の伏羲と女媧は兄妹で夫婦となり、堯と舜は同姓で婚姻を結んだ。並べて考えるべきである。また礼には必ず一代の制があり、風土の違いがある。だから礼とは、その至誠によって品を分け節をつけるものである。外朝の例を基準にしてはならない。
解説

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