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中朝事実 / 禮儀章・朝賀の儀と誓約・盟神探湯の礼

神武帝辛酉年春正月庚辰朔。天皇卽帝位於橿原宮。是歲爲天皇元年。故古語稱之曰。於畝傍之橿原也。太立宮柱於底磐之根。峻峙搏風於高天之原。而始馭天下之天皇。號曰神日本磐余彥火火出見天皇焉。初天皇草創天基之日也。大伴氏之遠祖道臣命。帥大來目部。奉承密策。能以諷歌倒語。掃蕩妖氣。倒語之用始起乎玆。 謹按。是朝儀賀正旦之始也。是歲卽位之元年。故有正月之賀。而雖不同後世歲首行朝賀禮。賀正旦始于此。是乃朝儀之禮也。凡朝儀者朝廷之禮儀也。朝廷以天地立其基。天下以朝廷爲標準。朝廷之威儀在以嚴正也。凡王朝禮有年中行事。有恒例。有臨時。有每月禮。有公侯朝聘禮。有饗燕禮。有巡守田獵大射禮。有神社祭禮。而以歲首慶賀禮爲大儀。正月者一年之始。歲序更端。萬物惟新之節。臣子畢朝會拜賀。奉其慶。信義之當然也。蓋朝儀不一。代代聖主或追其例慕其風。或新立其儀。斟酌其制。而後悉備。其間多有習俗之儀。以因循來。又足存禮之大意也。竊惟。朝賀者臣子拜慶宸儀之禮。否乃臣子之情不可安。故一月有朔・望・晦之禮。其間又有大朝賀之節。群臣悉致敬於君上以奉祝頌。是臣子之分定也。宴會者君上賜宴於群臣也。有饗焉。有食焉。有燕焉。此所以上下交君臣和德業成相親愛也。故以朝賀嚴尊卑之禮。以燕會和上下之情。故由朝賀正其威儀。因燕會作其風雅。外則以觀禮容。內則以廣恩惠。然乃非徒威之儀之。非徒飮之食之。皆所以訓恭儉示惠慈也。夫王朝之儀載粲然于舊紀。然能致其事物以正其儀。乃其禮大成。可啓朝儀之實。後世必外朝之例以附會。中國之禮。尤不正之至也。〔以上謂王朝之禮。〕 素戔鳴尊昇天之時。溟渤以之鼓盪。山岳爲之鳴呴。此則神性雄健使之然也。天照太神素知其神暴惡。徑詰問焉。素戔鳴尊對曰。吾元無黑心。于時天照太神復問曰。若然者。將何以明爾之赤心也。對曰。請與姉共誓。夫誓約之中〔誓約之中。此云字氣譬能美難箇。〕必當生子。如吾所生是女者。則可以爲有濁心。若是男者。則可以爲有清心。 謹按。是神代之誓約。乃後世誓盟之禮也。凡誓者所以明己之信。解人之疑也。事物之間。或未嘗無其疑。解疑之道。在誓約。祈鬼神。期信於幽冥。故天神許誓以明其淸濁之心也。後世因之。終有誓盟之禮。蓋誓者唯以言辭請神祇而約其信也。盟者以物證其事。直決其信僞。遠請神明。瀝血載書之。其禮嚴於誓也。猶埿納釜煮沸。攘手探湯埿。燒斧火色。置于掌。是曰盟神探湯。〔盟神探湯。此云區訶陀智。〕及後世。有作載書瀝血告神祇之禮也。〔孝德帝卽位。召集群臣。盟告天神地祇曰。天覆地載。帝道唯一。而末代澆薄。君臣失序。皇天假手於我。誅珍暴逆。今共瀝心血。而自今以後。君無二政。臣無貳朝。若貳此盟。天災地妖。鬼誅人伐。皎如日月也。〕人皆非聖賢。有信有僞。有直有曲。有正不可疑。有奸不可無疑。是天下之通情也。神聖之敎。通人情事變。詳致其道。故起端於此。垂戒於後。言以結之。明神以要之。天下之疑惑忽解。而事物之大義可決行之。否乃人人可存疑。戶戶可各辨。今襲誓盟之禮。信僞曲直。一擧而歸于道。其爲禮大哉。或疑。君子屢盟。亂是以長。作誓而民始畔。作會而民始疑。愚謂。聖人之道能從天下之人情。故無偏無倚。徒杠與梁成。而後民不病涉水。盟誓以約。而後民可免其疑。每人而試之。亦不足矣。然盟誓必有禮。用之不以禮。民畔而不恥。何必誓盟乎。凡知也仁也不致其道。猶不如荑稗。專要神屢盟。是用之不以禮也。如周豐言。過而無徵。何足取之乎。〔以上論誓盟之禮。〕

新字:神武帝辛酉年春正月庚辰朔。天皇即帝位於橿原宮。是歳為天皇元年。故古語称之曰。於畝傍之橿原也。太立宮柱於底磐之根。峻峙搏風於高天之原。而始馭天下之天皇。号曰神日本磐余彦火火出見天皇焉。初天皇草創天基之日也。大伴氏之遠祖道臣命。帥大来目部。奉承密策。能以諷歌倒語。掃蕩妖気。倒語之用始起乎玆。 謹按。是朝儀賀正旦之始也。是歳即位之元年。故有正月之賀。而雖不同後世歳首行朝賀礼。賀正旦始于此。是乃朝儀之礼也。凡朝儀者朝廷之礼儀也。朝廷以天地立其基。天下以朝廷為標準。朝廷之威儀在以厳正也。凡王朝礼有年中行事。有恒例。有臨時。有毎月礼。有公侯朝聘礼。有饗燕礼。有巡守田猟大射礼。有神社祭礼。而以歳首慶賀礼為大儀。正月者一年之始。歳序更端。万物惟新之節。臣子畢朝会拝賀。奉其慶。信義之当然也。蓋朝儀不一。代代聖主或追其例慕其風。或新立其儀。斟酌其制。而後悉備。其間多有習俗之儀。以因循来。又足存礼之大意也。窃惟。朝賀者臣子拝慶宸儀之礼。否乃臣子之情不可安。故一月有朔・望・晦之礼。其間又有大朝賀之節。群臣悉致敬於君上以奉祝頌。是臣子之分定也。宴会者君上賜宴於群臣也。有饗焉。有食焉。有燕焉。此所以上下交君臣和徳業成相親愛也。故以朝賀厳尊卑之礼。以燕会和上下之情。故由朝賀正其威儀。因燕会作其風雅。外則以観礼容。内則以広恩恵。然乃非徒威之儀之。非徒飲之食之。皆所以訓恭倹示恵慈也。夫王朝之儀載粲然于旧紀。然能致其事物以正其儀。乃其礼大成。可啓朝儀之実。後世必外朝之例以附会。中国之礼。尤不正之至也。〔以上謂王朝之礼。〕 素戔鳴尊昇天之時。溟渤以之鼓盪。山岳為之鳴呴。此則神性雄健使之然也。天照太神素知其神暴悪。径詰問焉。素戔鳴尊対曰。吾元無黒心。于時天照太神復問曰。若然者。将何以明爾之赤心也。対曰。請与姉共誓。夫誓約之中〔誓約之中。此云字気譬能美難箇。〕必当生子。如吾所生是女者。則可以為有濁心。若是男者。則可以為有清心。 謹按。是神代之誓約。乃後世誓盟之礼也。凡誓者所以明己之信。解人之疑也。事物之間。或未嘗無其疑。解疑之道。在誓約。祈鬼神。期信於幽冥。故天神許誓以明其清濁之心也。後世因之。終有誓盟之礼。蓋誓者唯以言辞請神祇而約其信也。盟者以物証其事。直決其信偽。遠請神明。瀝血載書之。其礼厳於誓也。猶埿納釜煮沸。攘手探湯埿。焼斧火色。置于掌。是曰盟神探湯。〔盟神探湯。此云区訶陀智。〕及後世。有作載書瀝血告神祇之礼也。〔孝徳帝即位。召集群臣。盟告天神地祇曰。天覆地載。帝道唯一。而末代澆薄。君臣失序。皇天仮手於我。誅珍暴逆。今共瀝心血。而自今以後。君無二政。臣無貳朝。若貳此盟。天災地妖。鬼誅人伐。皎如日月也。〕人皆非聖賢。有信有偽。有直有曲。有正不可疑。有奸不可無疑。是天下之通情也。神聖之教。通人情事変。詳致其道。故起端於此。垂戒於後。言以結之。明神以要之。天下之疑惑忽解。而事物之大義可決行之。否乃人人可存疑。戸戸可各弁。今襲誓盟之礼。信偽曲直。一挙而帰于道。其為礼大哉。或疑。君子屡盟。乱是以長。作誓而民始畔。作会而民始疑。愚謂。聖人之道能従天下之人情。故無偏無倚。徒杠与梁成。而後民不病渉水。盟誓以約。而後民可免其疑。毎人而試之。亦不足矣。然盟誓必有礼。用之不以礼。民畔而不恥。何必誓盟乎。凡知也仁也不致其道。猶不如荑稗。専要神屡盟。是用之不以礼也。如周豊言。過而無徴。何足取之乎。〔以上論誓盟之礼。〕

書き下し

神武帝辛酉の年春正月庚辰朔、天皇帝位に橿原宮に卽く。是の歲を天皇の元年と爲す。故に古語に之を稱して曰く、「畝傍の橿原に、太く宮柱を底磐の根に立て、峻く搏風を高天の原に峙てて、始めて天下を馭す天皇」と。號して神日本磐余彥火火出見天皇と曰ふ。初め天皇天基を草創するの日なり。大伴氏の遠祖道臣命、大來目部を帥ゐ、密策を奉承し、能く諷歌・倒語を以て、妖氣を掃蕩す。倒語の用、玆に始起す。 謹んで按ずるに、是れ朝儀賀正旦の始めなり。是の歲は卽位の元年、故に正月の賀有り。後世の歲首に朝賀の禮を行ふに同じからずと雖も、賀正旦、此に始まる。是れ乃ち朝儀の禮なり。凡そ朝儀は朝廷の禮儀なり。朝廷は天地を以て其の基を立て、天下は朝廷を以て標準と爲す。朝廷の威儀は以て嚴正なるに在り。凡そ王朝の禮に、年中行事有り、恒例有り、臨時有り、每月の禮有り、公侯朝聘の禮有り、饗燕の禮有り、巡守・田獵・大射の禮有り、神社祭禮有り。而して歲首慶賀の禮を以て大儀と爲す。正月は一年の始め、歲序端を更め、萬物惟れ新たなるの節なり。臣子畢く朝會拜賀し、其の慶びを奉ずるは、信義の當然なり。蓋し朝儀は一ならず、代代の聖主、或いは其の例を追ひ其の風を慕ひ、或いは新たに其の儀を立て、其の制を斟酌して、而る後に悉く備はる。其の間多く習俗の儀有りて、以て因循し來たる。又以て禮の大意を存するに足る。竊かに惟ふに、朝賀は臣子、宸儀を拜慶するの禮なり。否らざれば乃ち臣子の情安んずべからず。故に一月に朔・望・晦の禮有り、其の間又大朝賀の節有り。群臣悉く敬を君上に致し、以て祝頌を奉る。是れ臣子の分定まるなり。宴會は君上、宴を群臣に賜ふなり。饗有り、食有り、燕有り。此れ上下交はり、君臣德を和し業を成し、相親愛する所以なり。故に朝賀を以て尊卑の禮を嚴にし、燕會を以て上下の情を和す。朝賀に由りて其の威儀を正し、燕會に因りて其の風雅を作す。外は則ち以て禮容を觀、内は則ち以て恩惠を廣む。然れば乃ち徒に之を威し之を儀するに非ず、徒に之を飮ませ之を食はしむるに非ず、皆恭儉を訓へ惠慈を示す所以なり。夫れ王朝の儀は舊紀に粲然として載す。然れども能く其の事物を致して以て其の儀を正せば、乃ち其の禮大成し、朝儀の實を啓くべし。後世必ず外朝の例を以て附會するは、中國の禮、尤も正しからざるの至りなり。〔以上、王朝の禮を謂ふ。〕 素戔鳴尊昇天の時、溟渤以て鼓盪し、山岳之が爲に鳴呴す。此れ則ち神性雄健にして之をして然らしむるなり。天照太神、素より其の神の暴惡なるを知り、徑ちに詰問す。素戔鳴尊對へて曰く、「吾元より黑心無し」と。時に天照太神復た問ひて曰く、「若し然らば、將に何を以て爾の赤心を明らかにせんや」と。對へて曰く、「請ふ、姉と共に誓はん。夫れ誓約の中〔誓約の中、此に宇氣譬能美難箇と云ふ。〕必ず當に子を生むべし。如し吾が生む所是れ女ならば、則ち以て濁き心有りと爲すべし。若し是れ男ならば、則ち以て清き心有りと爲すべし」と。 謹んで按ずるに、是れ神代の誓約、乃ち後世誓盟の禮なり。凡そ誓は、己が信を明らかにし、人の疑ひを解く所以なり。事物の間、或いは未だ嘗て其の疑ひ無くんばあらず。疑ひを解くの道は誓約に在り。鬼神に祈り、信を幽冥に期す。故に天神、誓を許して以て其の清濁の心を明らかにす。後世之に因り、終に誓盟の禮有り。蓋し誓は唯だ言辭を以て神祇に請ひて其の信を約するなり。盟は物を以て其の事を證し、直ちに其の信僞を決するなり。遠く神明に請ひ、血を瀝りて之を書に載す。其の禮、誓より嚴なり。猶ほ埿を釜に納れて煮沸し、手を攘ひて湯埿を探り、斧を燒きて火色にして掌に置くがごとし。是を盟神探湯と曰ふ。〔盟神探湯、此に區訶陀智と云ふ。〕後世に及び、載書を作り血を瀝り神祇に告ぐるの禮有り。〔孝德帝卽位し、群臣を召集し、天神地祇に盟ひ告げて曰く、「天は覆ひ地は載せ、帝道は唯だ一なり。而るに末代澆薄にして、君臣序を失ふ。皇天手を我に假し、暴逆を誅珍す。今共に心血を瀝り、今より以後、君に二政無く、臣に貳朝無し。若し此の盟に貳せば、天災地妖、鬼誅人伐せん。皎として日月の如し」と。〕人皆聖賢に非ず、信有り僞有り、直有り曲有り。正は疑ふべからざる有り、奸は疑ひ無かるべからざる有り。是れ天下の通情なり。神聖の敎、人情事變に通じ、詳らかに其の道を致す。故に端を此に起し、戒めを後に垂る。言以て之を結び、明神以て之を要す。天下の疑惑忽ち解けて、事物の大義決行すべし。否らざれば乃ち人人疑ひを存すべく、戸戸各々辨ずべし。今、誓盟の禮を襲ひ、信僞曲直、一擧に道に歸す。其の禮たる大なるかな。或ひと疑ふ、君子屢々盟へば、亂是を以て長ず。誓を作して民始めて畔き、會を作して民始めて疑ふ、と。愚謂へらく、聖人の道、能く天下の人情に從ふ。故に偏無く倚無し。徒杠と梁と成りて、而る後に民水を涉るに病まず。盟誓以て約して、而る後に民其の疑ひを免るべし。人毎に之を試みるも、亦足らず。然れども盟誓は必ず禮有り。之を用ゐるに禮を以てせざれば、民畔きて恥ぢず。何ぞ必ずしも誓盟を用ゐんや。凡そ知や仁や其の道を致さざれば、猶ほ荑稗に如かず。專ら神屢々盟ふを要するは、是れ之を用ゐるに禮を以てせざるなり。周豐の言の如く、過ちて徴無し、何ぞ之を取るに足らんや。〔以上、誓盟の禮を論ず。〕

現代語訳

神武帝は辛酉の年の春正月庚辰朔、橿原宮で帝位に即かれた。この年を天皇の元年とした。そこで古語にこれを称して「畝傍の橿原に、太く宮柱を底つ磐根に立て、高く搏風を高天原にそびえさせて、はじめて天下を治めた天皇」という。号して神日本磐余彦火火出見天皇という。当初は天皇が天の基を草創した日であった。大伴氏の遠祖の道臣命は、大来目部を率い、秘められた計略を承り、うまく諷歌・倒語によって妖気を掃き払った。倒語の用はここに始まった。 素行はこう考える。これは朝儀の賀正旦の始めである。この年は即位の元年であるから正月の賀があった。後世の年始に朝賀の礼を行うのと同じではないが、賀正旦はここに始まる。これが朝儀の礼である。朝儀とは朝廷の礼儀である。朝廷は天地によってその基を立て、天下は朝廷を標準とする。朝廷の威儀は厳正であることにある。王朝の礼には、年中行事があり、恒例があり、臨時があり、毎月の礼があり、公侯の朝聘の礼があり、饗燕の礼があり、巡守・田猟・大射の礼があり、神社の祭礼がある。その中で年始の慶賀の礼を大儀とする。正月は一年の始めで、年の序が改まり、万物が新たになる節である。臣下がことごとく朝会拝賀し、その慶びを奉ずるのは、信義の当然である。朝儀は一つではなく、代々の聖主が、あるいはその例を追いその風を慕い、あるいは新たにその儀を立て、制度を斟酌して、のちにことごとく整った。その間には習俗の儀が多く、それが受け継がれてきた。それでも礼の大意を保つには足りる。ひそかに思うに、朝賀は臣下が天子を拝し慶ぶ礼である。そうしなければ臣下の情は安らがない。だから一月に朔・望・晦の礼があり、その間にさらに大朝賀の節がある。群臣はことごとく君上に敬意を尽くして祝頌を奉る。これで臣下の分が定まる。宴会とは君上が群臣に宴を賜うことである。饗があり、食があり、燕がある。これは上下が交わり、君臣が徳を和して業を成し、互いに親愛する所以である。だから朝賀で尊卑の礼を厳しくし、燕会で上下の情を和らげる。朝賀によって威儀を正し、燕会によって風雅を作る。外は礼容を観て、内は恩恵を広める。したがってただ威圧し儀式をするのではなく、ただ飲ませ食わせるのでもなく、恭倹を教え恵みと慈しみを示す所以なのである。王朝の儀は古い記録にあざやかに載っている。ただよくその事物を尽くして儀を正せば、礼は大成し、朝儀の実が開けるだろう。後世、必ず外朝(中国)の例を持ち出してこじつけるのは、中国(日本)の礼として最も正しくないことである。〔以上、王朝の礼を述べる。〕 素戔嗚尊が天に昇るとき、大海は揺れ動き、山岳は鳴り響いた。これは神の性質が雄々しく勇ましいためにそうなったのである。天照大神はもとよりその神が荒く悪いことを知っていたので、ただちに問いただした。素戔嗚尊は答えた。「私にはもともと黒い心(邪心)はありません。」そこで天照大神はまた問われた。「もしそうなら、何によっておまえの赤い心(清い心)を明らかにするのか。」答えた。「どうか姉上とともに誓いを立てさせてください。誓約のなか〔誓約の中は、これを「うけひ」という。〕で必ず子を生みましょう。私の生む子が女ならば、濁った心があるとしてください。男ならば、清い心があるとしてください。」 素行はこう考える。これは神代の誓約であり、後世の誓盟の礼にあたる。誓とは、自分の信を明らかにし、人の疑いを解くものである。事物の間には疑いが生じることがある。疑いを解く道は誓約にある。鬼神に祈り、信を幽冥に期す。だから天神は誓を許してその清濁の心を明らかにした。後世がこれにならい、ついに誓盟の礼ができた。思うに誓はただ言葉によって神祇に請い、その信を約するものである。盟は物によって事を証し、直ちに信偽を決するものである。遠く神明に請い、血を滴らせて文書に載せる。その礼は誓よりも厳しい。たとえば泥を釜に入れて煮立て、腕をまくって熱い泥を探り、斧を焼いて火の色になったものを掌に置くようなものである。これを盟神探湯という。〔盟神探湯は、これを「くかたち」という。〕後世に及んで、載書を作り、血を滴らせて神祇に告げる礼もできた。〔孝徳帝が即位し、群臣を召集して、天神地祇に盟い告げていった。「天は覆い地は載せ、帝道はただ一つである。しかるに末代は軽薄で、君臣の序を失った。皇天は我に手を借して暴逆を誅した。今ともに心の血を滴らせ、今より後、君に二政なく、臣に二朝なし。もしこの盟に背けば、天災地妖があり、鬼が誅し人が伐つであろう。明らかなこと日月のようである。」〕人はみな聖賢ではなく、信もあり偽りもあり、直もあり曲もある。正しくて疑うべきでない者もあり、奸悪で疑いなしとできない者もある。これは天下の通常の情である。神聖の教えは人情と事変に通じ、詳しくその道を尽くした。だから端緒をここに起こし、戒めを後に残した。言葉でこれを結び、明神がこれを要約する。天下の疑惑はたちまち解けて、事物の大義が決行できる。そうでなければ、人々は疑いを持ち、戸ごとにそれぞれ弁別しなければならない。今、誓盟の礼を受け継ぎ、信偽曲直が一挙に道に帰する。その礼は大きい。ある人が疑問をいう。「君子が何度も盟えば、乱がそれで増える。誓を作って民ははじめて背き、会を作って民ははじめて疑う、という。」私は思う。聖人の道はよく天下の人情に従う。だから偏りがない。徒歩の橋と梁ができて、民は水を渡るのに難儀しない。盟誓で約して、民はその疑いを免れる。一人ひとり試しても足りない。ただし盟誓には必ず礼がなくてはならない。礼なく用いれば、民は背いて恥じない。どうして誓盟を用いる必要があろうか。知や仁もその道を尽くさなければ、ひえ・たでのような雑草にも及ばない。ただ神にしきりに盟わせることを要するのは、礼によらずに用いることである。周豊の言うように、過ちがあっても証がなければ、取るに足りない。〔以上、誓盟の礼を論ずる。〕

解説

神武帝即位の年の正月の賀と、素戔嗚尊の誓約、盟神探湯、孝徳帝の盟告を引き、素行は朝賀で尊卑の礼を厳しくし、宴会で上下の情を和らげる、誓盟で疑いを解くと論じます。後世が外朝の例にこじつけるのを退けるのは素行の主張です。組織の年始の集まりや懇親の場が、序列の確認と信頼の醸成という二つの役割を持つこと、疑いを解くには手続きと誠が要ることを考える手がかりになります。
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この章句が説くこと

朝賀宴会誓約盟神探湯載書礼

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