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中朝事実 / 禮儀章・氏姓の探湯と十七条憲法の礼

允恭帝四年秋九月辛巳朔己丑。詔曰。上古之治。人民得所。姓名勿錯。今朕踐祚於玆四年矣。上下相爭。百姓不安。或誤失己姓。或故認高氏。其不至於治者。蓋由是也。朕雖不賢。豈非正其錯乎。群臣議定奏之。群臣皆言。陛下擧失正枉。而定氏姓者。臣等冒死。奏可。戊申。詔曰。群卿百寮。及諸國造等。皆各言。或帝皇之裔。或異之天降。然三才顯分以來。多歷萬歲。是以一氏蕃息。更爲萬姓。難知其實。故諸氏姓人等。沐浴齋戒。各爲盟神探湯。則於味橿丘之辭禍戶碑。坐探湯瓮。而引諸人令赴曰。得實則全。僞者必害。〔盟神探湯。此云區訶陀智。或埿納釜煮沸。攘手探湯埿。或燒斧〕〔火色置于掌。〕於是諸人各著木綿手繦。而赴釜探湯。則得實者自全。不得實者皆傷。是以故詐者愕然之。豫退無進。自是之後。氏姓自定。更無詐人。 謹按。姓氏不明。故下僭上。卑踰尊。是禮不明。分不正之由也。往古神聖因其功業。或賜姓氏。命名號。旌別淑慝。流芳遺臭。將傳百世而未泯。是令人民守禮。不混尊卑。不亂善惡之道也。姓氏之出一違。則人皆忘所其由出。失所己可宗。而悉不知其本。非章善癉惡之禍。故帝定姓氏以誓盟。諸人之眞僞相著。尊卑初定。是禮之大端也。此後作八色之姓。以混萬民改其姓。近臣各賜朝臣・宿禰。諸歌男・歌女・笛吹・傳己子孫。令習其伎。及弘仁帝御宇。勅萬多親王・右大臣藤原園人等。撰姓氏錄。延喜帝朝。正親司勘皇親籍。以掌賜服改姓之事。皆糺姓苑之瓜瓞。明禮儀之分定之敬。而否乃民情不厚。而詐僞日行也。 推古帝十二年夏四月丙寅朔戊辰。皇太子親肇作憲法十七條。其四曰。群卿百寮。以禮爲本。其治民之本。要在乎禮。上不禮而下非齊。下無禮以必有罪。是以君臣有禮。位次不亂。百姓有禮。國家自治。 謹按。禮之大。至此始著諸憲章。以令天下之人民知之由之也。夫禮者天地之大經。而往古神聖以定中國。天神以非禮入石窟。所其繫太重。所其由行不以禮。則無所措手足。既有天下國家。則有其禮。不由禮。則無所謂治平。是所以治民之本。要在乎禮也。人君示不以禮。民之俗不易。糺下不以禮。民不心服。禮讓行。而後敎化之極可始著也。蓋人之爲人。本朝之爲中華。由此禮也。夷狄亦人。而其國亦治。禽獸亦物。而其群亦類。然所以爲其夷狄也。爲其禽獸也。不由禮而行之也。人而無禮。則不異於禽獸。中華而無禮。則不異夷狄。故神聖建敎於初。天神懲戒於無狀。以正其禮矣。皇太子聰明美質。始定冠位。親選憲法。以禮爲治國之本。其敎可謂著明也。此後連綿。天下衆庶之禮。制度之法大定。終律令格式行于世。天下萬世皆知禮爲大本。皇太子之功大哉。〔以上總論禮儀之用。〕

新字:允恭帝四年秋九月辛巳朔己丑。詔曰。上古之治。人民得所。姓名勿錯。今朕践祚於玆四年矣。上下相争。百姓不安。或誤失己姓。或故認高氏。其不至於治者。蓋由是也。朕雖不賢。豈非正其錯乎。群臣議定奏之。群臣皆言。陛下挙失正枉。而定氏姓者。臣等冒死。奏可。戊申。詔曰。群卿百寮。及諸国造等。皆各言。或帝皇之裔。或異之天降。然三才顕分以来。多歴万歳。是以一氏蕃息。更為万姓。難知其実。故諸氏姓人等。沐浴斎戒。各為盟神探湯。則於味橿丘之辞禍戸碑。坐探湯瓮。而引諸人令赴曰。得実則全。偽者必害。〔盟神探湯。此云区訶陀智。或埿納釜煮沸。攘手探湯埿。或焼斧〕〔火色置于掌。〕於是諸人各著木綿手繦。而赴釜探湯。則得実者自全。不得実者皆傷。是以故詐者愕然之。予退無進。自是之後。氏姓自定。更無詐人。 謹按。姓氏不明。故下僭上。卑踰尊。是礼不明。分不正之由也。往古神聖因其功業。或賜姓氏。命名号。旌別淑慝。流芳遺臭。将伝百世而未泯。是令人民守礼。不混尊卑。不乱善悪之道也。姓氏之出一違。則人皆忘所其由出。失所己可宗。而悉不知其本。非章善癉悪之禍。故帝定姓氏以誓盟。諸人之真偽相著。尊卑初定。是礼之大端也。此後作八色之姓。以混万民改其姓。近臣各賜朝臣・宿祢。諸歌男・歌女・笛吹・伝己子孫。令習其伎。及弘仁帝御宇。勅万多親王・右大臣藤原園人等。撰姓氏録。延喜帝朝。正親司勘皇親籍。以掌賜服改姓之事。皆糺姓苑之瓜瓞。明礼儀之分定之敬。而否乃民情不厚。而詐偽日行也。 推古帝十二年夏四月丙寅朔戊辰。皇太子親肇作憲法十七条。其四曰。群卿百寮。以礼為本。其治民之本。要在乎礼。上不礼而下非斉。下無礼以必有罪。是以君臣有礼。位次不乱。百姓有礼。国家自治。 謹按。礼之大。至此始著諸憲章。以令天下之人民知之由之也。夫礼者天地之大経。而往古神聖以定中国。天神以非礼入石窟。所其繋太重。所其由行不以礼。則無所措手足。既有天下国家。則有其礼。不由礼。則無所謂治平。是所以治民之本。要在乎礼也。人君示不以礼。民之俗不易。糺下不以礼。民不心服。礼譲行。而後教化之極可始著也。蓋人之為人。本朝之為中華。由此礼也。夷狄亦人。而其国亦治。禽獣亦物。而其群亦類。然所以為其夷狄也。為其禽獣也。不由礼而行之也。人而無礼。則不異於禽獣。中華而無礼。則不異夷狄。故神聖建教於初。天神懲戒於無状。以正其礼矣。皇太子聰明美質。始定冠位。親選憲法。以礼為治国之本。其教可謂著明也。此後連綿。天下衆庶之礼。制度之法大定。終律令格式行于世。天下万世皆知礼為大本。皇太子之功大哉。〔以上総論礼儀之用。〕

書き下し

允恭帝四年秋九月辛巳朔己丑、詔して曰く、「上古の治は、人民所を得、姓名錯ふこと勿し。今、朕、祚を踐みて玆に四年なり。上下相爭ひ、百姓安んぜず。或いは誤りて己が姓を失ひ、或いは故らに高き氏を認む。其の治に至らざるは、蓋し是に由るなり。朕不賢と雖も、豈に其の錯れるを正さざらんや。群臣議定して奏せよ」と。群臣皆言ふ、「陛下失を擧げ枉を正して、氏姓を定めたまふは、臣等死を冒して、奏して可とす」と。戊申、詔して曰く、「群卿百寮、及び諸國造等、皆各々言ふ、『或いは帝皇の裔、或いは異に天降れり』と。然れども三才顯れ分かれてより以來、多く萬歲を歷たり。是を以て一氏蕃息して、更に萬姓と爲り、其の實を知り難し。故に諸々の氏姓の人等、沐浴齋戒し、各々盟神探湯を爲せ」と。則ち味橿丘の辭禍戶碑に於て、探湯瓮を坐ゑ、諸人を引きて赴かしめて曰く、「實を得れば則ち全く、僞る者は必ず害はる」と。〔盟神探湯、此に區訶陀智と云ふ。或いは埿を釜に納れて煮沸し、手を攘ひて湯埿を探る。或いは斧を燒き〕〔火色にして掌に置く。〕是に諸人各々木綿の手繦を著け、釜に赴きて探湯す。則ち實を得る者は自ら全く、實を得ざる者は皆傷つく。是を以て故に詐る者は愕然として之を豫り退きて進むこと無し。是れより後、氏姓自ら定まり、更に詐る人無し。 謹んで按ずるに、姓氏明らかならず、故に下は上を僭し、卑は尊を踰ゆ。是れ禮明らかならず、分正しからざるの由なり。往古の神聖、其の功業に因り、或いは姓氏を賜ひ、名號を命じ、淑慝を旌別し、芳を流し臭を遺す。將に百世に傳へて未だ泯びざらんとす。是れ人民をして禮を守り、尊卑を混ぜず、善惡を亂さざらしむるの道なり。姓氏の出づる、一たび違へば、則ち人皆其の由りて出づる所を忘れ、己の宗とすべき所を失ひ、悉く其の本を知らず。善を章し惡を癉むるに非ざるの禍なり。故に帝、姓氏を定め誓盟を以てし、諸人の眞僞相著れ、尊卑初めて定まる。是れ禮の大端なり。此の後、八色の姓を作り、以て萬民を混へ其の姓を改む。近臣各々朝臣・宿禰を賜ふ。諸の歌男・歌女・笛吹は、傳へて己が子孫に、其の伎を習はしむ。弘仁帝の御宇に及び、勅して萬多親王・右大臣藤原園人等、姓氏錄を撰ばしむ。延喜帝の朝、正親司、皇親の籍を勘し、以て賜服改姓の事を掌る。皆姓苑の瓜瓞を糺し、禮儀の分定の敬を明らかにするなり。否らざれば乃ち民情厚からずして、詐僞日に行はるるなり。 推古帝十二年夏四月丙寅朔戊辰、皇太子親ら肇めて憲法十七條を作る。其の四に曰く、「群卿百寮、禮を以て本と爲せ。其れ民を治むるの本は、要は禮に在り。上禮ならざれば下齊はず、下禮無ければ以て必ず罪有り。是を以て君臣禮有れば、位次亂れず、百姓禮有れば、國家自ら治まる」と。 謹んで按ずるに、禮の大なること、此に至りて始めて憲章に著し、以て天下の人民をして之を知り之に由らしむるなり。夫れ禮は天地の大經にして、往古の神聖以て中國を定む。天神、非禮を以て石窟に入りたまふ、繫る所太だ重し。由り行ふに禮を以てせざれば、則ち手足を措く所無し。既に天下國家有れば、則ち其の禮有り。禮に由らざれば、則ち治平と謂ふ所無し。是れ民を治むるの本、要は禮に在る所以なり。人君示すに禮を以てせざれば、民の俗易はらず、下を糺すに禮を以てせざれば、民心服せず。禮讓行はれて、而る後に敎化の極始めて著るべきなり。蓋し人の人たる、本朝の中華たる、此の禮に由る。夷狄も亦人にして其の國も亦治まり、禽獸も亦物にして其の群も亦類す。然れども其の夷狄たる所以、其の禽獸たる所以は、禮に由りて之を行はざればなり。人にして禮無ければ、則ち禽獸に異ならず。中華にして禮無ければ、則ち夷狄に異ならず。故に神聖敎を初めに建て、天神無狀を懲戒し、以て其の禮を正したまふ。皇太子聰明美質、始めて冠位を定め、親ら憲法を選び、禮を以て國を治むるの本と爲す。其の敎、著明と謂ふべし。此の後連綿として、天下衆庶の禮、制度の法大いに定まり、終に律令格式世に行はる。天下萬世、皆禮の大本たるを知る。皇太子の功、大なるかな。〔以上、總じて禮儀の用を論ず。〕

現代語訳

允恭帝四年の秋九月辛巳朔己丑、詔していわれた。「上古の治では、人民は所を得て、姓や名を誤ることがなかった。今、朕が皇位に就いてここに四年になる。上下は争い、民は安んじない。ある者は誤って自分の姓を失い、ある者はことさらに高い氏を名乗る。治めが行き届かないのは、これが原因であろう。朕は賢くないとはいえ、この誤りをどうして正さずにおれようか。群臣は協議して奏上せよ。」群臣はみないった。「陛下が誤りを挙げ曲がりを正して氏姓を定められるのは、私たちが死を冒しても、奏上してよいとするところです。」戊申、詔していわれた。「群卿・百官および諸国の国造らは、みな各々『帝の末裔である』『特別に天から降った』という。しかし天地人の三才が現れ分かれてから、多くの万年を経た。そのため一つの氏が増えて万の姓となり、その実を知るのは難しい。そこで氏姓を称する人々は、沐浴し斎戒して、それぞれ盟神探湯を行え。」そこで味橿丘の辞禍戸碑に探湯の釜を据え、人々を引いて赴かせていった。「真実の者は無事で、偽る者は必ず傷つく。」〔盟神探湯、これを「くかたち」という。泥を釜に入れて煮立て、腕をまくって熱い泥を探る。あるいは斧を焼き〕〔火の色になったものを掌に置く。〕そこで人々はそれぞれ木綿の襷をかけて釜に赴き、探湯をした。真実の者は自然に無事で、そうでない者はみな傷ついた。このため偽る者は驚き恐れ、ためらって退き、進まなかった。これ以後、氏姓はおのずと定まり、偽る人はなくなった。 素行はこう考える。姓氏が明らかでないために、下の者は上を僭し、卑しい者は尊い者を越える。これは礼が明らかでなく、分が正しくない原因である。昔の神聖は、その功業に応じて姓氏を賜い、名号を命じ、善悪を分け、芳名を流し悪名を残した。これは百世に伝わって消えないことを望んだものである。これは人民に礼を守らせ、尊卑を混ぜず、善悪を乱させない道である。姓氏の由来を一たび違えれば、人々はみな自分の出自を忘れ、宗とすべきところを失い、その本をまったく知らなくなる。善を表し悪を戒めないことの禍である。だから帝は姓氏を定めるのに誓盟を用い、人々の真偽が現れ、尊卑がはじめて定まった。これは礼の大きな端緒である。この後、八色の姓を作って万民をひとまとめにして姓を改めた。近臣にはそれぞれ朝臣・宿禰を賜った。歌男・歌女・笛吹などは、その技を子孫に伝えて習わせた。弘仁帝の御代に至って、勅して万多親王・右大臣藤原園人らに姓氏録を撰ばせた。延喜帝の朝には、正親司が皇親の戸籍を調べ、賜服や改姓のことを司った。いずれも姓氏の系譜の連なりを正し、礼儀の分を定め敬を明らかにするものである。そうしなければ、民情は厚くならず、偽りが日々行われる。 推古帝十二年の夏四月丙寅朔戊辰、皇太子みずからはじめて憲法十七条を作った。その四にいう。「群卿百官は礼を根本とせよ。民を治める根本は、要は礼にある。上が礼でなければ下は整わず、下に礼がなければ必ず罪が生じる。だから君臣に礼があれば位の順序は乱れず、民に礼があれば国家はおのずから治まる。」 素行はこう考える。礼の大きさは、ここに至ってはじめて憲章に著され、天下の人民にこれを知らせ、従わせるようになった。礼は天地の大経であり、昔の神聖がこれによって中国(日本)を定めた。天神が非礼のために石窟に入られたのも、その関わるところがきわめて重いからである。行いが礼によらなければ、手足の置きどころもない。天下国家があれば礼があり、礼によらなければ治平とはいえない。これが民を治める根本が礼にある理由である。君主が礼を示さなければ民の俗は変わらず、下を正すのに礼を用いなければ民は心から服さない。礼譲が行われてはじめて教化の極みが現れる。思うに人が人であること、日本が中華であることは、この礼による。夷狄も人であり、その国も治まる。禽獣も物であり、その群れも類を成す。しかし夷狄であり禽獣である理由は、礼によって行わないことである。人でありながら礼がなければ禽獣と変わらない。中華でありながら礼がなければ夷狄と変わらない。だから神聖は教えを初めに建て、天神は無状を戒めて、礼を正した。皇太子は聡明で資質に優れ、はじめて冠位を定め、みずから憲法を選び、礼を国を治める根本とした。その教えは明らかといえる。この後連綿として、天下の人々の礼と制度の法が大いに定まり、ついに律令格式が世に行われた。天下の万世はみな礼が大本であることを知った。皇太子の功は大きい。〔以上、礼儀の用を総じて論ずる。〕

解説

允恭帝が氏姓の乱れを盟神探湯で正した記述と、聖徳太子の憲法十七条の第四条を引き、素行は出自や地位の名乗りが乱れると礼が崩れ、争いが生じると論じます。礼を人と禽獣、中華と夷狄を分ける根本とするのは素行の主張で、他を見下す響きがある点は当時の文脈で読む必要があります。肩書や役割が曖昧だと責任も乱れるという点は、現代の組織でも、権限や役割を明確にする大切さとして読めます。
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この章句が説くこと

氏姓盟神探湯憲法十七条礼冠位律令

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