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中朝事実 / 聖政章・民心と習俗を察する政教の始め

神武帝己未年春三月辛酉朔丁卯。下令曰。今運屬此屯蒙。民心朴素。巢棲穴住。習俗惟常。夫大人立制。義必隨時。苟有利民。何妨聖造。 謹按。是政令之始也。民心者天下之人心也。習俗者人皆習以爲俗也。言天下屯蒙。而人心不與詐僞。穴居野處。以爲習俗。今帝繼天建極。以欲正天下之禮。新其舊俗。故有此詔也。人心之朴素。如易染善政。而習俗之舊汚又難變。時義是革之時又大也。非聖英之天縱。不可得之也。蓋政之要在察民心與習俗。人心必與俗化。善惡以成。人君立政明敎率之。則民心化。而風俗成。風俗成在習熟之久。習熟久則民不識其然。故曰。政之要在察民心與習俗。此章可謂盡政敎之大體也。〔以上政敎之大體。〕 四年春二月壬戌朔甲申。詔曰。我皇祖之靈也。自天降鑒。光助朕躬。今諸虜已平。海內無事。可以郊祀天神。用申大孝者也。乃立靈畤於鳥見山中。其地號曰上小野榛原下小野榛原。用祭皇祖天神焉。 先人曰。神武天皇定都於大和國橿原。時以三種神寶。安置大殿。同床而坐給。蓋如往古神勅。由此皇居神宮無差別。宮中立庫藏。〔此云齋藏。〕宮物神物無分。此時天兒屋根命孫天種子命。專主祭祀事。是乃執朝政之儀也。 謹按。天下之政事莫大於郊社宗廟之祭祀。夫人君以天地爲父母。況帝承乾靈天孫之統。以臨於四海乎。蓋交神之道在誠。至誠以祭祀。則鬼神之幽冥亦可格思矣。蕞爾黎民。至誠以求之。則無不感。故往古神祇之祭祀。朝廷之政事。不二其義。深哉。〔俗政訓以祭事是也。〕凡主祭祀者。皆執朝政。如天種子命神八井耳命。〔神八井耳命者。神武帝皇子。綏靖帝之兄也。神八井耳命曰。吾是乃兄。而懦弱不能致果。今汝特挺神武。自誅元惡。宜哉乎。汝之光臨天位。以承皇祖之業。吾當爲汝輔之奉典神祇者。是卽多臣之始祖也。〕是也。帝守神勅。以敬靈器。且郊祀天神。用申大孝。其兢兢業業而愼政敎。萬世之規戒也。〔以上祭政之實。〕 崇神帝十年秋七月丙戌朔己酉。詔群卿曰。導民之本。在於敎化也。今旣禮神祇。災害皆耗。然遠荒人等。猶不受正朔。是未習王化耳。其選群卿遣于四方。令知朕憲。 謹按。是發行人以施敎於四方之始也。導者啓迪也。敎不至化。則民與敎別也。民情化適而敎成。之謂敎化。正朔者王曆也。天下皆受正朔。同其事天也。正朔不受則民殊俗。王化者天下皆守其敎令而正其三綱也。王化未習則民異意也。憲者法也。憲章以示人也。言民皆有此心。敎化不明故不盡其性。啓迪之在敎之化。敬鬼神與敎化民。其本不出至誠。而鬼神者幽而信。人民者習而駁。故事鬼神在致敬。治人民在盡敎。帝既晨興夕惕。齊明盛服。以敬鬼神。災害既耗。然天下未一軌。四方未均俗。今建憲章。以考時月。同禮樂制度。以節民性。一道德以同俗。及十二年敎化流行。衆庶樂業。富庶既滿。人民皆知長幼之序課役之制。宜哉稱其至德乎。蓋迄後世有巡察按察宣撫之法。以正革風俗制度。及推古帝。聖德太子定憲法。孝德帝詳天下之政制。天武帝定律令法式。文武帝朝。淡海公奉勅撰律令。終爲萬世政令之準標。其本皆基于此。帝之功不亦大哉。〔以上憲章之敎。〕

新字:神武帝己未年春三月辛酉朔丁卯。下令曰。今運属此屯蒙。民心朴素。巣棲穴住。習俗惟常。夫大人立制。義必随時。苟有利民。何妨聖造。 謹按。是政令之始也。民心者天下之人心也。習俗者人皆習以為俗也。言天下屯蒙。而人心不与詐偽。穴居野処。以為習俗。今帝継天建極。以欲正天下之礼。新其旧俗。故有此詔也。人心之朴素。如易染善政。而習俗之旧汚又難変。時義是革之時又大也。非聖英之天縦。不可得之也。蓋政之要在察民心与習俗。人心必与俗化。善悪以成。人君立政明教率之。則民心化。而風俗成。風俗成在習熟之久。習熟久則民不識其然。故曰。政之要在察民心与習俗。此章可謂尽政教之大体也。〔以上政教之大体。〕 四年春二月壬戌朔甲申。詔曰。我皇祖之霊也。自天降鑒。光助朕躬。今諸虜已平。海内無事。可以郊祀天神。用申大孝者也。乃立霊畤於鳥見山中。其地号曰上小野榛原下小野榛原。用祭皇祖天神焉。 先人曰。神武天皇定都於大和国橿原。時以三種神宝。安置大殿。同床而坐給。蓋如往古神勅。由此皇居神宮無差別。宮中立庫蔵。〔此云斎蔵。〕宮物神物無分。此時天児屋根命孫天種子命。専主祭祀事。是乃執朝政之儀也。 謹按。天下之政事莫大於郊社宗廟之祭祀。夫人君以天地為父母。況帝承乾霊天孫之統。以臨於四海乎。蓋交神之道在誠。至誠以祭祀。則鬼神之幽冥亦可格思矣。蕞爾黎民。至誠以求之。則無不感。故往古神祇之祭祀。朝廷之政事。不二其義。深哉。〔俗政訓以祭事是也。〕凡主祭祀者。皆執朝政。如天種子命神八井耳命。〔神八井耳命者。神武帝皇子。綏靖帝之兄也。神八井耳命曰。吾是乃兄。而懦弱不能致果。今汝特挺神武。自誅元悪。宜哉乎。汝之光臨天位。以承皇祖之業。吾当為汝輔之奉典神祇者。是即多臣之始祖也。〕是也。帝守神勅。以敬霊器。且郊祀天神。用申大孝。其兢兢業業而慎政教。万世之規戒也。〔以上祭政之実。〕 崇神帝十年秋七月丙戌朔己酉。詔群卿曰。導民之本。在於教化也。今既礼神祇。災害皆耗。然遠荒人等。猶不受正朔。是未習王化耳。其選群卿遣于四方。令知朕憲。 謹按。是発行人以施教於四方之始也。導者啓迪也。教不至化。則民与教別也。民情化適而教成。之謂教化。正朔者王暦也。天下皆受正朔。同其事天也。正朔不受則民殊俗。王化者天下皆守其教令而正其三綱也。王化未習則民異意也。憲者法也。憲章以示人也。言民皆有此心。教化不明故不尽其性。啓迪之在教之化。敬鬼神与教化民。其本不出至誠。而鬼神者幽而信。人民者習而駁。故事鬼神在致敬。治人民在尽教。帝既晨興夕惕。斉明盛服。以敬鬼神。災害既耗。然天下未一軌。四方未均俗。今建憲章。以考時月。同礼楽制度。以節民性。一道徳以同俗。及十二年教化流行。衆庶楽業。富庶既満。人民皆知長幼之序課役之制。宜哉称其至徳乎。蓋迄後世有巡察按察宣撫之法。以正革風俗制度。及推古帝。聖徳太子定憲法。孝徳帝詳天下之政制。天武帝定律令法式。文武帝朝。淡海公奉勅撰律令。終為万世政令之準標。其本皆基于此。帝之功不亦大哉。〔以上憲章之教。〕

書き下し

神武帝己未の年春三月辛酉朔丁卯、令を下して曰く、「今、運此の屯蒙に屬し、民心朴素なり。巢に棲み穴に住み、習俗惟れ常なり。夫れ大人の制を立つるは、義必ず時に隨ふ。苟くも民を利する有らば、何ぞ聖造を妨げん」と。 謹んで按ずるに、是れ政令の始めなり。民心は天下の人心なり。習俗は人皆習ひて以て俗と爲すなり。言ふこころは、天下屯蒙にして、人心詐僞に與せず、穴居野處して以て習俗と爲す。今帝天を繼ぎ極を建て、以て天下の禮を正さんと欲し、其の舊俗を新たにす。故に此の詔有るなり。人心の朴素は、善政に染まり易きが如く、而して習俗の舊汚は又變じ難し。時義、是れ革むるの時、又大なり。聖英の天縱に非ざれば、之を得べからざるなり。蓋し政の要は民心と習俗とを察するに在り。人心は必ず俗と與に化し、善惡以て成る。人君政を立て敎率を明らかにすれば、則ち民心化して風俗成る。風俗の成るは習熟の久しきに在り。習熟久しければ則ち民其の然るを識らず。故に曰く、政の要は民心と習俗とを察するに在り、と。此の章、政敎の大體を盡くすと謂ふべし。〔以上、政敎の大體。〕 四年春二月壬戌朔甲申、詔して曰く、「我が皇祖の靈や、天より降り鑒み、光りて朕が躬を助けたまふ。今諸々の虜已に平らぎ、海内事無し。以て天神を郊祀し、用て大孝を申ぶべし」と。乃ち靈畤を鳥見山の中に立つ。其の地を號して上小野榛原・下小野榛原と曰ふ。用て皇祖天神を祭る。 先人曰く、神武天皇、都を大和國橿原に定む。時に三種の神寶を以て大殿に安置し、床を同じくして坐したまふ。蓋し往古の神勅の如し。此れに由りて皇居と神宮と差別無し。宮中に庫藏〔此に齋藏と云ふ。〕を立て、宮物・神物分かつ無し。此の時天兒屋根命の孫天種子命、專ら祭祀の事を主る。是れ乃ち朝政を執るの儀なり。 謹んで按ずるに、天下の政事は郊社宗廟の祭祀より大なるは莫し。夫れ人君は天地を以て父母と爲す。況んや帝は乾靈天孫の統を承け、以て四海に臨むをや。蓋し神に交はるの道は誠に在り。至誠以て祭祀すれば、則ち鬼神の幽冥も亦格思すべし。蕞爾たる黎民も、至誠以て之を求むれば、則ち感ぜざる無し。故に往古は神祇の祭祀と朝廷の政事と、其の義を二にせず。深いかな。〔俗に政を訓みて祭事とするは是れなり。〕凡そ祭祀を主る者は、皆朝政を執る。天種子命・神八井耳命の如きは是れなり。〔神八井耳命は、神武帝の皇子、綏靖帝の兄なり。神八井耳命曰く、「吾は是れ乃の兄なり。而るに懦弱にして果を致す能はず。今汝特に神武を挺し、自ら元惡を誅す。宜なるかな。汝の天位に光臨し、以て皇祖の業を承くること。吾當に汝の爲に輔けて神祇を典り奉るべし」と。是れ卽ち多臣の始祖なり。〕帝、神勅を守り、以て靈器を敬ふ。且つ天神を郊祀し、用て大孝を申ぶ。其の兢兢業業として政敎を愼むは、萬世の規戒なり。〔以上、祭政の實。〕 崇神帝十年秋七月丙戌朔己酉、群卿に詔して曰く、「民を導くの本は、敎化に在り。今既に神祇を禮し、災害皆耗せり。然れども遠荒の人等、猶ほ正朔を受けず。是れ未だ王化に習はざるのみ。其れ群卿を選びて四方に遣はし、朕が憲を知らしめよ」と。 謹んで按ずるに、是れ行人を發して以て敎を四方に施すの始めなり。導は啓迪なり。敎化に至らざれば、則ち民と敎と別なり。民情化適して敎成る、之を敎化と謂ふ。正朔は王曆なり。天下皆正朔を受くるは、其の天に事ふるを同じくするなり。正朔を受けざれば則ち民俗を殊にす。王化は天下皆其の敎令を守りて其の三綱を正すなり。王化未だ習はざれば則ち民意を異にするなり。憲は法なり。憲章以て人に示すなり。言ふこころは、民皆此の心有り、敎化明らかならず故に其の性を盡くさず。之を啓迪するは敎の化に在り。鬼神を敬ふと民を敎化するとは、其の本至誠に出でず、而して鬼神は幽にして信、人民は習にして駁なり。故に鬼神に事ふるは致敬に在り、人民を治むるは敎を盡くすに在り。帝既に晨に興き夕に惕れ、齊明盛服して以て鬼神を敬ふ。災害既に耗す。然れども天下未だ軌を一にせず、四方未だ俗を均しくせず。今憲章を建て、以て時月を考へ、禮樂制度を同じくし、以て民性を節し、道德を一にして以て俗を同じくす。十二年に及び敎化流行し、衆庶業を樂しみ、富庶既に滿つ。人民皆長幼の序、課役の制を知る。宜なるかな其の至德を稱せらるること。蓋し後世に迄びて巡察・按察・宣撫の法有り、以て風俗制度を正し革む。推古帝に及び、聖德太子憲法を定め、孝德帝天下の政制を詳にし、天武帝律令法式を定め、文武帝の朝、淡海公勅を奉りて律令を撰び、終に萬世政令の準標と爲る。其の本は皆此に基づく。帝の功、亦大ならずや。〔以上、憲章の敎。〕

現代語訳

神武帝は己未の年の春三月辛酉朔丁卯、令を下していわれた。「今、時運はこの草創の混沌に当たり、民の心は素朴である。巣に棲み穴に住み、その習俗がふつうになっている。そもそも大人(聖人)が制度を立てるときは、その義は必ず時に従う。もし民に利益があるなら、聖人の創作をどうして妨げようか。」 素行はこう考える。これは政令の始めである。民心とは天下の人の心であり、習俗とは人が皆習ってそれを俗とするものである。つまり、天下が草創の混沌にあり、人の心は偽りに染まらず、穴に住み野に居ることを習俗としていた。今、帝は天を継いで基準を建て、天下の礼を正そうとして、その旧い俗を新たにしようとした。だからこの詔があるのである。人心の素朴さは善政に染まりやすいが、習俗の古い汚れはなお変えにくい。時の義として、革める時であり、これは大きなことである。聖英の天与の資質がなければ、できないことである。思うに政の要は民心と習俗を察することにある。人心は必ず俗とともに変わり、善悪が成る。君主が政を立てて教え導く方向を明らかにすれば、民心は変わって風俗が成る。風俗が成るには習熟の久しさが要る。習熟が久しければ、民はそうなったことを意識しない。だから政の要は民心と習俗を察することにある、というのである。この章は政治と教化の大体を尽くしているといえる。〔以上、政教の大体。〕 四年の春二月壬戌朔甲申、詔していわれた。「わが皇祖の霊が、天から降って見守り、光りかがやいて私を助けてくださった。今、諸々の賊はすでに平らぎ、国内は無事である。天神を郊で祀り、大孝を述べるのがよい。」そこで霊畤を鳥見山の中に立てた。その地を上小野榛原・下小野榛原と名づけた。ここで皇祖と天神を祭った。 先人はいう。神武天皇は都を大和国の橿原に定めた。このとき三種の神宝を大殿に安置し、床を同じくして座された。それは昔の神勅のとおりである。これによって皇居と神宮に区別がなかった。宮中に庫蔵〔これを斎蔵という。〕を立て、宮の物と神の物を分けなかった。このとき天児屋根命の孫の天種子命は、もっぱら祭祀を司った。これが朝政を執る形であった。 素行はこう考える。天下の政事は、郊社宗廟の祭祀より大きなものはない。そもそも君主は天地を父母とする。まして帝は天の霊を受けた天孫の統を継いで四海に臨むのである。思うに神と交わる道は誠にある。至誠をもって祭れば、幽冥の鬼神も来臨するだろう。小さな民であっても、至誠をもって求めれば、感応しないものはない。だから昔は神祇の祭祀と朝廷の政事は、その義を二つにしなかった。深いことである。〔世俗で「まつりごと」を祭事と訓むのはこれである。〕祭祀を司る者は、皆朝政を執る。天種子命や神八井耳命のようなのがそれである。〔神八井耳命は神武帝の皇子で、綏靖帝の兄である。神八井耳命はいった。「私はおまえの兄だが、臆病で決断できなかった。今おまえは特に武勇に優れ、自ら元凶の悪を誅した。もっともである。おまえが天位に就き、皇祖の業を継ぐのは。私はおまえのために助けて神祇を司り奉ろう。」これが多臣の始祖である。〕帝は神勅を守って霊器(三種の神器)を敬い、天神を郊祀して大孝を述べた。その慎み深く政教を慎重に行ったことは、万世の戒めである。〔以上、祭政の実。〕 崇神帝十年の秋七月丙戌朔己酉、群卿に詔していわれた。「民を導く本は、教化にある。今すでに神祇を礼拝し、災害はみな消えた。しかし遠い辺境の人々は、なお正朔(暦)を受けていない。これはまだ王化に習っていないだけである。群卿を選んで四方に遣わし、朕の法を知らしめよ。」 素行はこう考える。これは使者を発して教えを四方に施す始めである。導とは啓き導くことである。教えが化にまで至らなければ、民と教えは別のままである。民の情が教えに和し適って教えが成ること、これを教化という。正朔とは王の暦である。天下がみな正朔を受けるのは、天に仕えることを同じくするのである。正朔を受けなければ、民の俗は異なる。王化とは天下がみなその教令を守って三綱を正すことである。王化に習わなければ民の心は異なる。憲とは法である。憲章を人に示すのである。つまり、民はみなこの心を持つが、教化が明らかでないためにその本性を尽くせない。これを啓き導くのは、教えによる化にある。鬼神を敬うことと民を教化することは、その本は至誠に出る。ただ鬼神は幽にして信ぜられ、人民は習慣に染まって雑多である。だから鬼神に仕えるには敬を尽くし、人民を治めるには教えを尽くす。帝はすでに朝早く起き夕に慎み、身を清め盛装して鬼神を敬った。災害はすでに消えた。しかし天下はまだ軌を一にせず、四方はまだ俗を均しくしていない。そこで憲章を建て、暦で時月を考え、礼楽制度を同じくし、民の性を調え、道徳を一つにして俗を同じくした。十二年に及んで教化が行き渡り、人々は業を楽しみ、富み栄えた。人民はみな長幼の序と課役の制を知った。至徳と称されるのももっともである。後世に至って巡察・按察・宣撫の法ができ、風俗制度を正し改めた。推古帝に及んで聖徳太子が憲法を定め、孝徳帝が天下の政制を詳しくし、天武帝が律令法式を定め、文武帝の朝に淡海公(藤原不比等)が勅を奉じて律令を撰び、ついに万世の政令の規準となった。その本はみなここに基づく。帝の功もまた大きいではないか。〔以上、憲章の教え。〕

解説

神武帝の詔、鳥見山での郊祀、崇神帝の教化の詔を引き、素行は政の要は民心と習俗を察することだと述べ、祭祀と政が同じ誠に出るとします。憲章を示して風俗を揃えていった流れを日本の政の根と見るのは素行の主張です。組織でも制度を変える時は、人の気持ちと染みついた習慣を見極め、時間をかけて根づかせる視点が要ります。旗を掲げても習慣は一日で変わらないという教訓にもなります。
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この章句が説くこと

政教民心習俗祭政一致教化憲章

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