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中朝事実 / 祭祀章・鳥見山の郊祀と崇神天皇の憂い

神武帝四年春二月壬戌朔甲申。詔曰。我皇祖之靈也。自天降鑒。光助朕躬。今諸虜已平。海內無事。可以郊祀天神。用申大孝者也。乃立靈畤於鳥見山中。其地號曰上小野榛原下小野榛原。用祭皇祖天神焉。 一書曰。神武天皇從皇天二祖之詔。建樹神籬。所謂高皇產靈神產靈魂留產靈生產靈足產靈大宮賣神事代主神御膳神。〔巳上今御巫所奉齋〕櫛磐間戶神豐磐間戶神。〔巳上今御門巫所奉齋〕生島。〔是大八洲之靈。今生島巫所奉齋〕坐摩。〔是大宮地之靈。今坐摩巫所奉齋〕日臣命帥來目部。衞護宮門。其開闔。饒速日命帥內物部。造備矛盾。其物既備。天富命率諸齋部。捧持天璽鏡劒。奉安正殿。并懸瓊玉。陳其幣物。殿祭祝詞。次祭宮門。然後物部乃立矛盾。大伴來目建仗開門。令朝四方之國。以觀天位之貴。當此之時。帝之與神。其際未遠。同殿共床。以此爲常。故神物官物。亦未分明。宮內立藏。號齋藏。令齋部氏永任其職。又令天富命率供作諸氏。造作大幣訖。令天種子〔天兒屋命之孫〕解除天罪國罪事。所謂天罪者上既設訖。國罪者國中人民所犯之罪。爾乃立靈畤於鳥見山中。天富命陳幣祝詞。禮祀皇天。徧秩群望。以答神祇之思焉。是以中臣齋部二氏。倶掌祠祀之職。猨女君氏。供神樂之事。自餘諸氏各有其職也。 謹按。是祭祀社稷宗廟之始也。中州既平。先建社稷宗廟。以萃天地鬼神之靈。報其本追其遠。其禮之盡然矣。夫人君出于神。而又爲神人之主。有人民社稷之寄。故郊時以事天地。宗廟以祭鬼神。大臣司其禮。重臣相其事。至誠之道如此。以此臨天下。則人人豈有遺親後君薄瀉乎。帝制天下。先及此。其聖德之厚至哉。 崇神帝六年。百姓流離。或有背叛。其勢難以德治之。是以晨興夕惕。請罪神祇。先是。天照太神和大國魂二神。並祭於天皇大殿之內。然畏其神勢。共住不安。故以天照太神託豐鍬入姬命。祭於倭笠縫邑。仍立磯堅城神籬。〔神籬此云比莽呂岐〕亦以日本大國魂神。託淳名城入姬命。祭。然淳名城入姬髮落體痩而不能祭。

新字:神武帝四年春二月壬戌朔甲申。詔曰。我皇祖之霊也。自天降鑒。光助朕躬。今諸虜已平。海内無事。可以郊祀天神。用申大孝者也。乃立霊畤於鳥見山中。其地号曰上小野榛原下小野榛原。用祭皇祖天神焉。 一書曰。神武天皇従皇天二祖之詔。建樹神籬。所謂高皇産霊神産霊魂留産霊生産霊足産霊大宮売神事代主神御膳神。〔巳上今御巫所奉斎〕櫛磐間戸神豊磐間戸神。〔巳上今御門巫所奉斎〕生島。〔是大八洲之霊。今生島巫所奉斎〕坐摩。〔是大宮地之霊。今坐摩巫所奉斎〕日臣命帥来目部。衛護宮門。其開闔。饒速日命帥内物部。造備矛盾。其物既備。天富命率諸斎部。捧持天璽鏡劒。奉安正殿。并懸瓊玉。陳其幣物。殿祭祝詞。次祭宮門。然後物部乃立矛盾。大伴来目建仗開門。令朝四方之国。以観天位之貴。当此之時。帝之与神。其際未遠。同殿共床。以此為常。故神物官物。亦未分明。宮内立蔵。号斎蔵。令斎部氏永任其職。又令天富命率供作諸氏。造作大幣訖。令天種子〔天児屋命之孫〕解除天罪国罪事。所謂天罪者上既設訖。国罪者国中人民所犯之罪。爾乃立霊畤於鳥見山中。天富命陳幣祝詞。礼祀皇天。遍秩群望。以答神祇之思焉。是以中臣斎部二氏。倶掌祠祀之職。猨女君氏。供神楽之事。自余諸氏各有其職也。 謹按。是祭祀社稷宗廟之始也。中州既平。先建社稷宗廟。以萃天地鬼神之霊。報其本追其遠。其礼之尽然矣。夫人君出于神。而又為神人之主。有人民社稷之寄。故郊時以事天地。宗廟以祭鬼神。大臣司其礼。重臣相其事。至誠之道如此。以此臨天下。則人人豈有遺親後君薄瀉乎。帝制天下。先及此。其聖徳之厚至哉。 崇神帝六年。百姓流離。或有背叛。其勢難以徳治之。是以晨興夕惕。請罪神祇。先是。天照太神和大国魂二神。並祭於天皇大殿之内。然畏其神勢。共住不安。故以天照太神託豊鍬入姫命。祭於倭笠縫邑。仍立磯堅城神籬。〔神籬此云比莽呂岐〕亦以日本大国魂神。託淳名城入姫命。祭。然淳名城入姫髪落体痩而不能祭。

書き下し

神武帝四年春二月壬戌朔甲申、詔して曰はく、「我が皇祖の霊や、天より降り鑒て、朕が躬を光し助けたまふ。今諸の虜已に平ぎ、海内事無し。以て天神を郊祀し、用て大孝を申ぶべし」と。乃ち霊畤を鳥見山の中に立つ。其の地を号けて上小野榛原・下小野榛原と曰ふ。用て皇祖天神を祭りたまふ。 一書に曰はく、神武天皇、皇天二祖の詔に従ひ、神籬を建樹したまふ。所謂高皇産霊・神産霊・魂留産霊・生産霊・足産霊・大宮売神・事代主神・御膳神なり。〔已上、今御巫の奉斎する所〕櫛磐間戸神・豊磐間戸神。〔已上、今御門巫の奉斎する所〕生島。〔是れ大八洲の霊なり。今生島巫の奉斎する所〕坐摩。〔是れ大宮地の霊なり。今坐摩巫の奉斎する所〕日臣命は来目部を帥ゐて、宮門を衛護し、其の開闔を司る。饒速日命は内物部を帥ゐて、矛盾を造り備ふ。其の物既に備はる。天富命は諸の斎部を率ゐて、天璽の鏡・剣を捧げ持ち、正殿に奉安し、并せて瓊玉を懸け、其の幣物を陳ぶ。殿祭の祝詞あり。次に宮門を祭る。然して後に、物部乃ち矛盾を立て、大伴・来目、杖を建てて門を開き、四方の国に朝せしめ、以て天位の貴きを観しむ。此の時に当たり、帝と神と、其の際未だ遠からず、殿を同じくし床を共にすること、此を以て常と為す。故に神物・官物も亦未だ分明ならず。宮内に蔵を立て、斎蔵と号す。斎部氏をして永く其の職に任ぜしむ。又天富命をして諸の氏を率ゐ供作らしめ、大幣を造作ること訖りて、天種子〔天児屋命の孫〕をして天罪・国罪を解除ふる事を為さしむ。所謂天罪は上に既に設け訖る。国罪は国中の人民の犯す所の罪なり。爾して乃ち霊畤を鳥見山の中に立つ。天富命、幣を陳べて祝詞し、皇天を礼祀し、群望に徧く秩して、以て神祇の思に答ふ。是を以て中臣・斎部の二氏、倶に祠祀の職を掌り、猨女君氏は神楽の事を供ふ。自余の諸氏、各々其の職有り。 謹按。是れ社稷宗廟を祭祀するの始めなり。中州既に平らぎ、先づ社稷宗廟を建て、以て天地鬼神の霊を萃め、其の本に報い其の遠きを追ふ。其の礼の尽くせること然り。夫れ人君は神より出で、又神人の主たり。人民社稷の寄有り。故に郊畤以て天地に事へ、宗廟以て鬼神を祭る。大臣其の礼を司り、重臣其の事を相く。至誠の道、此の如し。此を以て天下に臨めば、則ち人人豈に親を遺れ君を後にして薄瀉する者有らむや。帝、天下を制するに、先づ此に及ぶ。其の聖徳の厚きこと至れるかな。 崇神帝六年、百姓流離し、或いは背叛有り。其の勢ひ徳を以て治め難し。是を以て晨に興き夕に惕れ、罪を神祇に請ひたまふ。是より先、天照太神・倭大国魂の二神、並びに天皇の大殿の内に祭る。然れども其の神の勢ひを畏れ、共に住みたまふこと安からず。故に天照太神を豊鍬入姫命に託け、倭の笠縫邑に祭らしむ。仍りて磯堅城の神籬を立つ。〔神籬は此に比莽呂岐と云ふ〕亦日本大国魂神を渟名城入姫命に託けて祭らしむ。然るに渟名城入姫、髪落ち体痩せて祭ること能はず。

現代語訳

神武帝四年の春二月の壬戌朔の甲申の日、詔して言った。「わが皇祖の霊は、天から降って見守り、私を輝かせ助けてくださった。いま、もろもろの敵はすでに平らぎ、国内は無事である。郊で天神を祭り、大いなる孝を申し述べよう。」そこで霊畤を鳥見山の中に立てた。その地を上小野榛原、下小野榛原と名づけた。ここで皇祖と天神を祭った。 一書にいう。神武天皇は、皇祖天照大神と高皇産霊尊の二祖の詔に従い、神籬を建て立てた。いわゆる高皇産霊、神産霊、魂留産霊、生産霊、足産霊、大宮売神、事代主神、御膳神である。(以上は今、御巫が奉斎する神々。)櫛磐間戸神、豊磐間戸神。(以上は今、御門巫が奉斎する神々。)生島。(これは大八洲の霊で、今、生島巫が奉斎する。)坐摩。(これは大宮地の霊で、今、坐摩巫が奉斎する。)日臣命は来目部を率いて宮門を守り、その開け閉めを司った。饒速日命は内物部を率いて矛と盾を作り備えた。それらがすでに備わった。天富命は斎部の諸氏を率い、天璽の鏡と剣を捧げ持って正殿に安置し、あわせて瓊玉を懸け、幣物を並べた。殿祭の祝詞があった。次に宮門を祭った。その後、物部が矛と盾を立て、大伴と来目が杖を立てて門を開き、四方の国の者に朝見させて、天位の尊さを見せた。このころは、帝と神との間がまだ遠くなく、殿を同じくし床を共にするのが常であった。だから神の物と官の物もまだはっきり分かれていなかった。宮内に蔵を立てて斎蔵と名づけ、斎部氏に永くその職を任せた。また天富命に諸氏を率いて供え物を作らせ、大幣を作り終えると、天種子(天児屋命の孫)に天罪と国罪を祓わせた。天罪は上にすでに述べた。国罪は国中の人民が犯した罪である。そうして霊畤を鳥見山の中に立てた。天富命は幣を並べて祝詞を述べ、皇天を礼拝して祭り、もろもろの望祭の神々に順に及び、神祇の思いに応えた。こうして中臣と斎部の二氏はともに祭祀の職を掌り、猨女君氏は神楽のことを担当した。そのほかの諸氏にも、それぞれの職があった。 素行はこう考える。これは社稷と宗廟を祭る始まりである。中つ国がすでに平らぎ、まず社稷と宗廟を建て、天地と鬼神の霊を集め、その本に報い、遠い始めを追慕した。礼の尽くし方はこのようであった。そもそも君主は神から出て、また神と人との主である。人民と社稷を預かっている。だから郊の霊畤で天地に仕え、宗廟で鬼神を祭る。大臣はその礼を司り、重臣はその事を助ける。至誠の道はこのとおりである。これをもって天下に臨めば、どうして親を忘れ、君を後にして、人情が薄れる者が出ようか。帝が天下を治めるにあたり、まずここに及んだ。その聖徳の厚いことは至れり尽くせりである。 崇神帝の六年、民は流浪し、あるいは背く者がいた。その勢いは徳をもって治めがたいほどであった。そこで朝に起き夕べに慎み、罪を神祇に請うた。これより先、天照太神と倭大国魂の二神を、ともに天皇の大殿の内に祭っていた。しかしその神の勢いを畏れ、ともに住むのが落ち着かなかった。そこで天照太神を豊鍬入姫命に託し、倭の笠縫邑に祭らせた。そして磯堅城の神籬を立てた。(神籬は古語でひもろきという。)また日本大国魂神を渟名城入姫命に託して祭らせた。しかし渟名城入姫は髪が抜け、体がやせて、祭ることができなかった。

解説

神武帝が即位後に鳥見山で皇祖を祭り、崇神帝が神を宮中から出した記述をまとめた段です。素行は神武帝の郊祀を、社稷と宗廟を祭る始まりとし、まず祭祀を整えたことを聖徳の厚さと見ています。引用の一書には、宮門の警護、祝詞、神楽など、氏ごとに職を分ける様子が細かく出ます。役割を明確に分け、誰が何を担うかを決めて組織を始動させたとも読めます。国が定まった直後に何を先に整えるか。その選び方は、新しい組織や事業を立ち上げるときの優先順位に重なります。
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この章句が説くこと

鳥見山郊祀社稷宗廟斎部神籬

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