中朝事実 / 神器章・神戈と三種神器・玉鏡剣が表す徳
伊弉諾尊·伊弉冊尊。立於天浮橋之上。共計曰。底下豈無國歟。廼以天之瓊〔瓊玉也。此云努。〕矛指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮凝成一島。名之曰磤馭廬島。〔瓊矛或作瓊戈。〕 一書云。天祖詔伊弉諾·伊弉冊二尊曰。有葦原千五百秋瑞穗之地。宜汝往脩之。則賜天瓊戈。〔舊事紀。〕 一書云。天照太神·高皇產靈尊。仍相謂。以三種神寶。授賜皇孫。永爲天璽。矛玉自從。〔忌部廣成記。〕 一書云。豐葦原千五百秋之瑞穗國者。大八洲未生以前已有其名。雖有名字而無形相。强字其形爲天瓊矛者也。大八洲國者。卽瓊矛之所成。其中心。號曰大日本日高見。〔源親房記。〕 謹按。神代之靈器不一。而天祖授二神以瓊矛。任以開基。瓊者玉也。矛者兵器也。矛以玉者。聖武而不殺也。蓋草昧之時。撥平於暴邪。驅去於殘賊。非武威終不可得也。故天孫之降臨。亦矛玉自從是也。凡中國之威武。外朝及諸夷竟不可企望之。尤有由也。〔以上神戈。〕 天孫天降時。天照太神。乃賜八坂瓊曲玉·及八咫鏡·草薙劒三種寶物。 一書云。天祖天照太神·高皇產靈尊。乃相語曰。夫葦原瑞穗國者。吾子孫可王之地。卽以八咫鏡及草薙劒二種神寶。授賜皇孫。永爲天璽。〔所謂神璽·劒·鏡是也。〕矛玉自從。 謹按。是皇代受授之三種神器也。蓋八坂瓊曲玉者。櫛明玉命所造之瑞玉也。〔櫛明玉。又名羽明玉。又名天明玉。伊弉諾尊子。〕八咫鏡者。石凝姥神所鑄之靈鏡也。〔石凝姥天糠戶命之子。作鏡遠祖也。〕草薙劒者。在大蛇尾之寶劒也。共有大功於此國。而玉可以表溫仁之德。鏡可以表致格之知。劒可以表決斷之勇。其所象其所形。皆天神之至誠也。此時未嘗有三德之名。而自非存其名義而已。又有此靈器之相備。唯非有此靈器而已。又有此靈器之成功。最可畏之甚也。竊按。三器者天神之功器。三德之全備也。聖主用此而內鑒其睿心。外制其治敎。是乃神代之遺勅乎。若專擁三器而不正內。則虛器而無靈用。若唯弄性心而不知外。則雕空而無神器也。凡外朝。夏有九鼎。殷周相傳。秦刻卞玉。以爲國璽。漢以斬蛇劒爲傳國寶。後世以坐明堂執傳國璽。列九鼎爲天下之三器。比中朝之神器。則不同日而可語之也。況赤刀·大訓·弘璧·琬琰之屬。唯宗器而已。蓋皇統之受授。必以三神器而期寶祚之永久。表傳國之信誠。聖主必同殿共床。以崇治平之道。中洲之渾厚。系連綿遠之無窮。皆神聖之所致也。〔以上。三種神器。〕
新字:伊弉諾尊·伊弉冊尊。立於天浮橋之上。共計曰。底下豈無国歟。廼以天之瓊〔瓊玉也。此云努。〕矛指下而探之。是獲滄溟。其矛鋒滴瀝之潮凝成一島。名之曰磤馭廬島。〔瓊矛或作瓊戈。〕 一書云。天祖詔伊弉諾·伊弉冊二尊曰。有葦原千五百秋瑞穂之地。宜汝往脩之。則賜天瓊戈。〔旧事紀。〕 一書云。天照太神·高皇産霊尊。仍相謂。以三種神宝。授賜皇孫。永為天璽。矛玉自従。〔忌部広成記。〕 一書云。豊葦原千五百秋之瑞穂国者。大八洲未生以前已有其名。雖有名字而無形相。強字其形為天瓊矛者也。大八洲国者。即瓊矛之所成。其中心。号曰大日本日高見。〔源親房記。〕 謹按。神代之霊器不一。而天祖授二神以瓊矛。任以開基。瓊者玉也。矛者兵器也。矛以玉者。聖武而不殺也。蓋草昧之時。撥平於暴邪。駆去於残賊。非武威終不可得也。故天孫之降臨。亦矛玉自従是也。凡中国之威武。外朝及諸夷竟不可企望之。尤有由也。〔以上神戈。〕 天孫天降時。天照太神。乃賜八坂瓊曲玉·及八咫鏡·草薙劒三種宝物。 一書云。天祖天照太神·高皇産霊尊。乃相語曰。夫葦原瑞穂国者。吾子孫可王之地。即以八咫鏡及草薙劒二種神宝。授賜皇孫。永為天璽。〔所謂神璽·劒·鏡是也。〕矛玉自従。 謹按。是皇代受授之三種神器也。蓋八坂瓊曲玉者。櫛明玉命所造之瑞玉也。〔櫛明玉。又名羽明玉。又名天明玉。伊弉諾尊子。〕八咫鏡者。石凝姥神所鋳之霊鏡也。〔石凝姥天糠戸命之子。作鏡遠祖也。〕草薙劒者。在大蛇尾之宝劒也。共有大功於此国。而玉可以表温仁之徳。鏡可以表致格之知。劒可以表決断之勇。其所象其所形。皆天神之至誠也。此時未嘗有三徳之名。而自非存其名義而已。又有此霊器之相備。唯非有此霊器而已。又有此霊器之成功。最可畏之甚也。窃按。三器者天神之功器。三徳之全備也。聖主用此而内鑒其睿心。外制其治教。是乃神代之遺勅乎。若専擁三器而不正内。則虚器而無霊用。若唯弄性心而不知外。則雕空而無神器也。凡外朝。夏有九鼎。殷周相伝。秦刻卞玉。以為国璽。漢以斬蛇劒為伝国宝。後世以坐明堂執伝国璽。列九鼎為天下之三器。比中朝之神器。則不同日而可語之也。況赤刀·大訓·弘璧·琬琰之属。唯宗器而已。蓋皇統之受授。必以三神器而期宝祚之永久。表伝国之信誠。聖主必同殿共床。以崇治平之道。中洲之渾厚。系連綿遠之無窮。皆神聖之所致也。〔以上。三種神器。〕
書き下し
伊弉諾尊・伊弉冊尊、天浮橋の上に立ち、共に計りて曰く、底下に豈に国無からんや、と。乃ち天の瓊〔瓊は玉なり。此れを努と云う。〕矛を以て指し下して探る。是に滄溟を獲たり。其の矛の鋒より滴瀝る潮、凝りて一島と成る。名づけて磤馭廬島と曰う。〔瓊矛、或いは瓊戈に作る。〕 一書に云う、天祖、伊弉諾・伊弉冊二尊に詔して曰く、葦原の千五百秋の瑞穂の地有り、宜しく汝往きて脩むべし、と。則ち天瓊戈を賜う。〔旧事紀。〕 一書に云う、天照太神・高皇産霊尊、仍りて相謂りて、三種の神宝を以て、皇孫に授け賜い、永く天璽と為す。矛玉自ら従う。〔忌部広成記。〕 一書に云う、豊葦原の千五百秋の瑞穂国とは、大八洲未だ生れざる以前に已に其の名有り、名字有りと雖も形相無し。強いて其の形を字して天瓊矛と為すものなり。大八洲国とは、即ち瓊矛の成す所なり。其の中心を、大日本日高見と号す。〔源親房記。〕 謹んで按ずるに、神代の霊器は一ならず。而して天祖、二神に授くるに瓊矛を以てし、任ずるに基を開くを以てす。瓊とは玉なり。矛とは兵器なり。矛に玉を以てするは、聖武にして殺さざるなり。蓋し草昧の時、暴邪を撥い平げ、残賊を駆り去るは、武威に非ざれば終に得べからず。故に天孫の降臨も、亦た矛玉自ら従うとは是れなり。凡そ中国の威武は、外朝及び諸夷、竟に之を企望すべからざること、尤も由有るなり。〔以上、神戈。〕 天孫天降りたまう時、天照太神、乃ち八坂瓊曲玉及び八咫鏡・草薙剣の三種の宝物を賜う。 一書に云う、天祖天照太神・高皇産霊尊、乃ち相語りて曰く、夫れ葦原瑞穂国は、吾が子孫の王たるべき地なり、と。即ち八咫鏡及び草薙剣の二種の神宝を以て、皇孫に授け賜い、永く天璽と為す。〔所謂る神璽・剣・鏡是れなり。〕矛玉自ら従う。 謹んで按ずるに、是れ皇代受授の三種の神器なり。蓋し八坂瓊曲玉とは、櫛明玉命の造れる所の瑞玉なり。〔櫛明玉、又た羽明玉と名づく。又た天明玉と名づく。伊弉諾尊の子。〕八咫鏡とは、石凝姥神の鋳る所の霊鏡なり。〔石凝姥は天糠戸命の子。鏡を作る遠祖なり。〕草薙剣とは、大蛇の尾に在りし宝剣なり。共に大功を此の国に有す。而して玉は以て温仁の徳を表すべく、鏡は以て致格の知を表すべく、剣は以て決断の勇を表すべし。其の象る所、其の形る所は、皆な天神の至誠なり。此の時未だ嘗て三徳の名有らず。而して自ら其の名義を存するのみに非ず。又た此の霊器の相備わること有り。唯だ此の霊器有るのみに非ず。又た此の霊器の功を成すこと有り。最も畏るべきの甚しきなり。竊かに按ずるに、三器とは天神の功器にして、三徳の全備なり。聖主此を用いて、内に其の睿心を鑑み、外に其の治教を制す。是れ乃ち神代の遺勅か。若し専ら三器を擁して内を正さざれば、則ち虚器にして霊用無し。若し唯だ性心を弄びて外を知らざれば、則ち雕空にして神器無し。凡そ外朝には、夏に九鼎有り、殷周相伝う。秦は卞玉を刻して以て国璽と為す。漢は斬蛇剣を以て伝国の宝と為す。後世、明堂に坐し伝国璽を執るを以て、九鼎を列するを天下の三器と為す。中朝の神器に比すれば、則ち同日にして語るべからず。況んや赤刀・大訓・弘璧・琬琰の属は、唯だ宗器のみ。蓋し皇統の受授は、必ず三神器を以て寶祚の永久を期し、伝国の信誠を表す。聖主は必ず殿を同じくし床を共にして、以て治平の道を崇ぶ。中洲の渾厚、系連綿遠の無窮なるは、皆な神聖の致す所なり。〔以上、三種神器。〕
現代語訳
伊弉諾尊・伊弉冊尊は天浮橋の上に立ち、ともに相談して言った。この下に国がないことがあろうか、と。そこで天の瓊(瓊は玉である。これを「ぬ」と読む)矛を指し下ろして探った。すると青海原に当たった。その矛の先からしたたり落ちた潮が凝り固まって一つの島になった。これを磤馭廬島と名づけた。(瓊矛は、あるいは瓊戈と書く。) 一書に言う。天祖が伊弉諾・伊弉冊の二尊に詔して言った。葦原の千五百秋の瑞穂の地がある。お前たちが行って治めるのがよい、と。そこで天瓊戈を賜った。(『旧事紀』。) 一書に言う。天照太神・高皇産霊尊が語り合って、三種の神宝を皇孫に授け賜い、永く天璽とした。矛と玉は自ら従った。(『古語拾遺』の忌部広成記。) 一書に言う。豊葦原の千五百秋の瑞穂国とは、大八洲がまだ生まれる前からすでにその名があり、名はあっても形はなかった。強いてその形を名づけて天瓊矛としたものである。大八洲国は、その瓊矛が成したものである。その中心を大日本日高見と号する。(北畠親房の記。) 素行はこう考える。神代の霊器は一つではない。天祖が二神に授けたのは瓊矛であり、国の基を開く任を与えた。瓊とは玉であり、矛とは兵器である。矛に玉を用いたのは、聖なる武でありながら殺さないことを表す。思うに、草創の時に暴力や邪悪を払い、残虐な賊を駆逐するには、武の威力がなければ成し遂げられなかった。だから天孫の降臨にも矛と玉が自ら従ったというのである。およそ中国(日本)の威武は、外朝や諸夷が及ぶことができないのは、もっともな理由がある。(以上、神戈。) 天孫が天降る時、天照太神は八坂瓊曲玉および八咫鏡・草薙剣の三種の宝物を授けた。 一書に言う。天祖の天照太神・高皇産霊尊が語り合って言った。葦原瑞穂国は、わが子孫が王となるべき地である、と。そこで八咫鏡と草薙剣の二種の神宝を皇孫に授け賜い、永く天璽とした。(いわゆる神璽・剣・鏡である。)矛と玉は自ら従った。 素行はこう考える。これは皇代が受け渡す三種の神器である。八坂瓊曲玉とは、櫛明玉命の造った瑞玉である。(櫛明玉は羽明玉、また天明玉とも名づける。伊弉諾尊の子。)八咫鏡とは、石凝姥神の鋳た霊鏡である。(石凝姥は天糠戸命の子で、鏡を作る遠祖である。)草薙剣とは、大蛇の尾にあった宝剣である。みなこの国に大功がある。そして玉は温仁の徳を表し、鏡は物事の本質を窮め知る知を表し、剣は決断の勇を表すことができる。それらが象り、形作るものは、みな天神の至誠である。この時にはまだ三徳の名はなかった。しかし名の意義を保っているだけではない。またこの霊器が互いに備わっていること。ただ霊器があるだけではない。またこの霊器が功を成すことがある。最も畏れるべきことである。ひそかに考えるに、三器とは天神の功ある器であり、三徳の全備である。聖主はこれを用いて、内には睿智の心を鑑みて、外には治教を制した。これが神代の遺勅であろう。もしもっぱら三器を抱えて内を正さなければ、空しい器であって霊用がない。もしただ性心だけをもてあそんで外を知らなければ、空を彫るようなもので、神器がない。外朝では、夏に九鼎があり殷・周が伝えた。秦は卞和の玉を刻んで国璽とした。漢は蛇を斬った剣を伝国の宝とした。後世は、明堂に座って伝国璽を持つこと、九鼎を並べることを天下の三器とした。中朝(日本)の神器に比べれば、同じ日に語ることはできない。まして赤刀・大訓・弘璧・琬琰の類は、ただ祖先の宗器にすぎない。皇統の受授は、必ず三神器によって皇位の永続を期し、国を伝える信誠を表す。聖主は必ず殿を同じくし床を共にして、治平の道を崇ぶ。中洲が渾厚で、系統が連綿と遠く窮まりないのは、みな神聖が致したものである。(以上、三種神器。)
解説

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『神皇正統記』巻一 三種の神器三種の神器世に伝こと、日月星の天にあるにおなじ。鏡は日の体なり。玉は月の精也。剣は星の気也。ふかき習あるべきにや。抑、彼の宝鏡はさきにしるし侍石凝姥の命の作給へりし八咫の御鏡、玉は八坂瓊の曲玉、々屋の命作給へるなり。剣はすさのをの命のえ給て、太神にたてまつられし叢雲の剣也。此三種につきたる神勅は正く国をたもちますべき道なるべし。鏡は一物をたくはへず。私の心なくして、万象をてらすに是非善悪のすがたあらはれずと云ことなし。其すがたにしたがひて感応するを徳とす。これ正直の本源なり。玉は柔和善順を徳とす。慈悲の本源也。剣は剛利決断を徳とす。智恵の本源也。此三徳を翕受ずしては、天下のをさまらんことまことにかたかるべし。
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『中朝事実』皇統章・不肖の子の疑いと天孫降臨二神の聖、何ぞ此の二の不肖を生まんや、と。愚謂えらく、噫、是れ何の言ぞや。二気五行の変は、未だ嘗て過不及無くんばあらず。天地の大、其の精は日月星辰と為り、名山大川と為り、其の粗は風雲雷雨と為り、横汙丘陵と為る。精粗相因りて、而して後に万物遂ぐ。天は共に之を覆い、地は共に之を載す。是れ其の至大なり、至公なり。人物の天地に在る亦た然り。故に明暗・曲直・柔剛・弱強並び行われ、各おの其の性を尽くす。是れ神聖の其の化を賛くるなり。二神とは是れ天地なり。此の明暗柔猛を生みて、以て万物に主たらしむ。万物各おの其の性を尽くす。其の道、亦た偉ならずや。子に因るの説に因れば、則ち上を取りて下を遺し、桑麻を貴びて菅蒯を棄つるなり。此の四神を生みて、天下始めて安く、万民所を得たり。 二神の共に議る所、俗学の以て疑うべき無し。〔以上、本朝の主を定む。〕 天照太神の子、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊、高皇産霊尊の女栲幡千千姫を娶り、天津彦火瓊瓊杵尊を生む。故に皇祖高皇産霊尊、遂に皇孫を立てて、以て葦原中国の主と為さんと欲す。八十諸神を召集して問いて曰く、吾、葦原中国の邪鬼を撥い平げしめんと欲す。当に誰を遣わすべきか。惟れ爾ら諸神、知る所を隠すこと勿れ、と。僉曰く、天穂日命は是れ神の傑なり。試みざるべけんや、と。是に於いて衆言に俯順い、即ち天穂日命を以て往きて平げしむ。然れども此の神、大己貴神に侫媚し、三年に比ぶまで尚お報聞せず。是の後、高皇産霊尊、更めて諸神を会し、当に葦原中国に遣わすべき者を選ぶ。経津主神・武甕槌神、諸の不順鬼神等を誅し、果たして以て復命す。時に高皇産霊尊、真床追衾を以て皇孫に覆いて降らしむ。天降りて日向の襲の高千穂峯に至る。吾田の長屋の笠狭の碕に到る。 一書に云う、天照太神、乃ち天津彦火瓊瓊杵尊に八坂瓊曲玉及び八咫鏡・草薙剣の三種の宝物を賜う。又た中臣の上祖天児屋命・忌部の上祖太玉命・猿女の上祖天鈿女命・鏡作の上祖石凝姥命・玉作の上祖玉屋命、凡そ五部の神を以て、配え侍らしむ。因りて皇孫に勅して曰く、葦原千五百秋の瑞穂国は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫就きて治せ。行きませ。宝祚の隆えまさんこと、当に天壌と窮まり無かるべし、と。
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『中朝事実』皇統章・同床共殿の勅と天孫降臨の意義一書に曰く、天児屋命・太玉命、天忍穂耳尊に陪従して以て降る。是の時、天照太神、手に宝鏡を持ちて天忍穂耳尊に授けて祝ぎて曰く、吾が児、此の宝鏡を視ること当に猶お吾を視るがごとくすべし。与に床を同じくし殿を共にして、以て斎鏡と為すべし、と。復た天児屋命・太玉命に勅す、惟れ爾二神も亦た同じく殿内に侍いて、善く防護を為せ、と。又た勅して曰く、吾が高天原に御す所の斎庭の穂を以て、亦た当に吾が児に御すべし、と。則ち高皇産霊尊の女、万幡姫と号するを以て、天忍穂耳尊に配せて妃と為し、降らしむ。故に時に虚天に居て児を生む。天津彦火瓊瓊杵尊と号す。因りて此の皇孫を以て親に代えて降らしめんと欲す。故に天児屋命・太玉命及び諸部の神等を以て、悉く皆な相授く。且つ服御の物は一に前の授くるに依る。然る後に天忍穂耳尊は復た天に還る。故に天津彦火瓊瓊杵尊、降りて日向の槵日の高千穂の峯に到る。 一書に曰く、天祖天照太神・高皇産霊尊、乃ち相語りて曰く、夫れ葦原瑞穂国は、吾が子孫の王たるべき地なり、と。即ち八咫鏡及び草薙剣の二種の神宝を以て、皇孫に授け賜い、永く天璽と為す。〔所謂る神璽・剣・鏡。〕 謹んで按ずるに、是れ天孫降臨の始めなり。一書に云う、大国主神は亦た大物主神と名づく。亦た国作大己貴命と号す。亦た葦原醜男と曰う。亦た八千戈神と曰う。亦た大国玉神と曰う。亦た顕国玉神と曰う。其の子凡そ一百八十一神有り、と。夫れ大己貴命と少彦名命と、力を戮せ心を一にして天下を経営す。蓋し二神寂然として長く隠れて後、大己貴命〔素戔鳴尊の子。〕・少彦名命〔高皇産霊尊の子。〕、此の国を平げ、大造の績を建つ。大己貴命・其の子事代主神、及び八十万神を天の高市に合わせ、帥いて以て天に昇り、其の誠款の至りを陳ぶ。而して後に天孫此の国に天降りたまう。凡そ天神とは生知の聖神にして、事毎に之を問う。衆言に俯順う、其の兼容の量、噫、至れるかな。配侍せしむる五神は、共に大功を此の国に有する者なり。宝祚の隆えまさんこと、当に天壌と窮まり無かるべし、の十字は、天孫の永祚を祝す、天地の徳に合うなり。真床追衾とは、覆うて外無きの義を表し、沢を蒼生に蒙らしむるの名なり。三種の宝物とは、乃ち天神の霊器、伝国の表物にして、其の寄せ甚だ重し。〔神武帝、饒速日命に詔して曰く、是れ実に天神の子ならば、必ず正に表物有らん。相示すべし、と。蓋し伝国の表物を言う。〕天照太神、手に宝鏡を持ちて之を祝す。神勅至れり尽くせり。聖主万万世の厳鑑なり。此の時未だ教学授受の名有らずと雖も、謹んで此の一章を読み、以て其の義を詳らかにすれば、則ち帝者為治の学は、唯だ力を此に用うるに在るか。異域の堯・舜・禹の受授の説も、亦た豈に此に外ならんや。〔以上、天孫降臨。〕