智囊 / 小慧・朱古民
朱古民文學善謔,冬日在湯生齋中,湯曰:「汝素多智術,假如今坐室中,能誘我出戶外乎。」朱曰:「戶外風寒,汝必不肯出,倘先立戶外,我則以室中受用誘汝,汝必信矣。」湯信之,便出戶外立。謂朱曰:「汝安誘我入戶哉。」朱拍手笑曰:「我今誘汝出戶矣。」
新字:朱古民文学善謔,冬日在湯生斎中,湯曰:「汝素多智術,仮如今坐室中,能誘我出戸外乎。」朱曰:「戸外風寒,汝必不肯出,倘先立戸外,我則以室中受用誘汝,汝必信矣。」湯信之,便出戸外立。謂朱曰:「汝安誘我入戸哉。」朱拍手笑曰:「我今誘汝出戸矣。」
書き下し
朱古民は文学にして善く謔す、冬日に湯生の斎中に在り、湯曰く、「汝は素より智術多し、仮に今室中に坐して、能く我を誘いて戸外に出だすか」と。朱曰く、「戸外は風寒く、汝は必ず出ずるを肯んぜず、倘し先に戸外に立たば、我は則ち室中の受用を以て汝を誘わん、汝は必ず信ぜん」と。湯は之を信じ、便ち戸外に出でて立つ。朱に謂いて曰く、「汝は安んぞ我を誘いて戸に入らしめんや」と。朱は手を拍ちて笑いて曰く、「我は今汝を誘いて戸を出でしめたり」と。
現代語訳
朱古民は文才があり、冗談が上手であった。冬の日に湯生の書斎にいたとき、湯が言った。「君はもともと知恵の術が多い。仮に今、部屋の中に座っていて、私を誘って戸の外に出せるか。」朱は言った。「戸の外は風が冷たく、君はきっと出ようとはしないだろう。もし先に戸の外に立っていてくれれば、私は部屋の中の心地よさで君を誘おう。君はきっと信じるだろう。」湯はそれを信じて、すぐに戸の外へ出て立った。そして朱に言った。「君はどうやって私を誘って、戸の中に入らせるのか。」朱は手を叩いて笑って言った。「私はいま君を誘って、戸の外に出したよ。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
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