智囊 / 小慧・薛公・江西術士
齊王夫人死。有七孺子皆近,薛公欲知王所立,乃獻七珥,美其一,明日視美珥所在,勸王立為夫人。趙王李德誠鎮江西。有日者,自稱世人貴賤,一見輒分。王使女妓數人與其妻滕國君同妝梳服飾,立庭中,請辨良賤,客俯躬而進曰:「國君頭上有黃雲。」群妓不覺皆仰視,日者因指所視者為國君。
新字:斉王夫人死。有七孺子皆近,薛公欲知王所立,乃献七珥,美其一,明日視美珥所在,勧王立為夫人。趙王李徳誠鎮江西。有日者,自称世人貴賤,一見輒分。王使女妓数人与其妻滕国君同妝梳服飾,立庭中,請弁良賤,客俯躬而進曰:「国君頭上有黄雲。」群妓不覚皆仰視,日者因指所視者為国君。
書き下し
斉王の夫人死す。七孺子有りて皆な近し、薛公は王の立つる所を知らんと欲し、乃ち七珥を献じ、其の一を美とし、明日、美珥の所在を視て、王に勧めて立てて夫人と為さしむ。趙王の李徳誠は江西に鎮す。日者有り、自ら世人の貴賎は、一たび見れば輒ち分かつと称す。王は女妓数人をして其の妻の滕国君と妝梳服飾を同じくして、庭中に立たしめ、良賎を弁ずるを請う、客は俯躬して進みて曰く、「国君の頭上に黄雲有り」と。群妓は覚えず皆な仰ぎ視る、日者は因りて視る所の者を指して国君と為す。
現代語訳
斉王の夫人が亡くなった。七人の側室がいて、いずれも王の寵愛を受けていた。薛公は、王が誰を夫人に立てるつもりかを知りたいと思い、七つの耳飾りを献上したが、そのうちの一つを特に美しいものにしておいた。翌日、その美しい耳飾りを誰がつけているかを見て、王にその人を夫人に立てるよう勧めた。趙王の李徳誠は江西を鎮めていた。そこに、世の人の貴賤は一目見ればすぐに分かると称する占い師がいた。王は、数人の妓女を妻の滕国君と同じ化粧と服装にして庭に立たせ、貴賤の見分けを頼んだ。占い師は身をかがめて進み出て言った。「国君の頭の上に黄色い雲がございます。」妓女たちは思わずみな仰ぎ見た。占い師は、見上げた者を指して国君だと言った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
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