智囊 / 狡黠・吉溫
李適之為兵部尚書,李林甫惡之,使人發兵部詮曹奸利事,收吏六十餘人,付京兆尹。尹使法曹吉溫鞫之。溫入院,先於後廳取二重囚訊問,或杖或壓,號呼之聲,所不忍聞。兵部吏素聞溫慘酷,及引入,皆自誣服,頃刻獄成,而囚無榜掠,適之遂得免。
新字:李適之為兵部尚書,李林甫悪之,使人発兵部詮曹奸利事,収吏六十余人,付京兆尹。尹使法曹吉温鞫之。温入院,先於後庁取二重囚訊問,或杖或圧,号呼之声,所不忍聞。兵部吏素聞温惨酷,及引入,皆自誣服,頃刻獄成,而囚無榜掠,適之遂得免。
書き下し
李適之、兵部尚書たり。李林甫これを悪み、人をして兵部の詮曹の奸利の事を発かしめ、吏六十余人を収めて京兆尹に付す。尹、法曹の吉温をしてこれを鞫せしむ。温、院に入り、先ず後庁に於いて二人の重囚を取りて訊問し、或いは杖ち或いは圧す。号呼の声、忍びて聞かざる所なり。兵部の吏、素より温の惨酷なるを聞き、引かれて入るに及び、皆自ら誣いて服す。頃刻にして獄成り、而して囚は榜掠無し。適之遂に免るるを得たり。
現代語訳
李適之が兵部尚書であったとき、李林甫は彼を憎み、人を使って兵部の人事選考の部局にある不正な利得の件を暴かせた。役人六十余人が捕らえられ、京兆尹に引き渡された。京兆尹は法曹の吉温に取り調べを命じた。温は役所に入ると、まず奥の広間で重罪の囚人二人を取り出して尋問し、あるいは杖で打ち、あるいは押さえつけて責めた。その叫び声は、とても聞いていられないほどだった。兵部の役人たちは、かねて温の残酷さを聞いており、引き入れられると、みな自分から偽りの罪を認めて服した。わずかな時間で取り調べは終わり、囚人たちは一度も拷問を受けなかった。適之はこうして罪を免れたのである。
解説
この章句が説くこと
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