智囊 / 詰奸・錢藻
錢藻備兵密雲,有二京軍劫人於通州。獲之,不服,州以白藻。二賊恃為京軍,出語無狀,藻乃移甲於大門之外,獨留乙鞫問數四,聲色甚厲,已而握筆作百許字,若錄乙口語狀,遣去。隨以甲入,紿之曰:「乙已吐實,事由於汝,乙當生,汝當死矣!」甲不意其紿也,忿然曰:「乙本首事,何委於我?」乃盡白乙首事狀,藻出乙證之,遂論如法。
新字:銭藻備兵密雲,有二京軍劫人於通州。獲之,不服,州以白藻。二賊恃為京軍,出語無状,藻乃移甲於大門之外,独留乙鞫問数四,声色甚厲,已而握筆作百許字,若録乙口語状,遣去。随以甲入,紿之曰:「乙已吐実,事由於汝,乙当生,汝当死矣!」甲不意其紿也,忿然曰:「乙本首事,何委於我?」乃尽白乙首事状,藻出乙証之,遂論如法。
書き下し
銭藻、兵を密雲に備う。二京軍有り、人を通州に劫かす。之を獲たるも服せず、州以て藻に白す。二賊は京軍なるを恃み、出語無状なり。藻乃ち甲を大門の外に移し、独り乙を留めて鞫問すること数四、声色甚だ厲し。已にして筆を握りて百許字を作り、乙の口語を録するが若き状にして、遣り去らしむ。隨いて甲を以て入らしめ、之を紿きて曰く、「乙は已に実を吐けり。事は汝に由る。乙は当に生くべし。汝は当に死すべし」と。甲は其の紿くを意わず、忿然として曰く、「乙は本と首事なり。何ぞ我に委ねんや」と。乃ち尽く乙の首事の状を白す。藻、乙を出だして之に証し、遂に法の如くに論ず。
現代語訳
銭藻が密雲で兵備の任にあったとき、二人の京軍の兵が通州で人を襲って略奪した。捕らえたが罪を認めず、州は銭藻に報告した。二人の賊は京軍の兵であることを頼みにして、言葉遣いも無礼であった。銭藻はそこで甲を大門の外に移し、乙だけを留めて何度も尋問し、声も顔つきも厳しかった。やがて筆を握って百字ほど書き、乙の供述を書き取ったようなふりをして、乙を引き下がらせた。続いて甲を入れ、偽って言った。「乙はすでに実情を白状した。事件の原因はおまえにある。乙は生かされ、おまえは死ぬことになる」。甲はそれが偽りであると思わず、怒って言った。「乙がもともと首謀者だ。どうして私に押しつけるのか」。そこで乙が首謀者であった状況をすべて述べた。銭藻は乙を出して彼と対質させ、ついに法に従って裁いた。
解説
この章句が説くこと
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史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
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