智囊 / 雄略・陳覺妻
陳覺微時,為宋齊丘之客。及為兵部侍郎也,其妻李氏妒悍,親執匕爨,不置妾媵。齊丘選姿首之婢三人與之,李亦無難色,奉侍三婢若舅姑禮。問其故,李曰:「此令公寵幸之人,見之若面令公,何敢倨慢。」三婢既不自安,求還宋第,宋笑而許之。〔述評〕近有一甲科喪偶,眷一土妓。及繼娶,每托言宿於外館,深夜潛詣妓家,辨色即歸。繼夫人察知之,絕不漏言,伺其再往,於五鼓集其童僕轎傘,往彼迎接,傳夫人之命,甲科大慚,遂止,亦善於用妒者也。
新字:陳覚微時,為宋斉丘之客。及為兵部侍郎也,其妻李氏妬悍,親執匕爨,不置妾媵。斉丘選姿首之婢三人与之,李亦無難色,奉侍三婢若舅姑礼。問其故,李曰:「此令公寵幸之人,見之若面令公,何敢倨慢。」三婢既不自安,求還宋第,宋笑而許之。〔述評〕近有一甲科喪偶,眷一土妓。及継娶,毎托言宿於外館,深夜潜詣妓家,弁色即帰。継夫人察知之,絶不漏言,伺其再往,於五鼓集其童僕轎傘,往彼迎接,伝夫人之命,甲科大慚,遂止,亦善於用妬者也。
書き下し
陳覚、微かなる時は、宋齊丘の客と為る。兵部侍郎と為るに及び、其の妻李氏は妒悍にして、親ら匕を執りて爨ぎ、妾媵を置かず。齊丘は姿首ある婢三人を選びて之に与う。李も亦難色無く、三婢に奉侍すること舅姑の礼の若し。其の故を問えば、李曰く、「此れ令公の寵幸の人なり。之を見ること令公に面するが若し。何ぞ敢えて倨慢ならん」と。三婢は既に自ら安んぜず、宋の第に還らんことを求め、宋は笑いて之を許す。〔述評〕近ごろ一甲科の喪偶する有り、一土妓を眷す。継娶に及び、毎に托して言う外館に宿すと。深夜に潜かに妓の家に詣り、色を辨ずれば即ち帰る。継夫人は察知するも、絶えて言を漏らさず。其の再び往くを伺い、五鼓に其の童僕轎傘を集め、彼に往きて迎接し、夫人の命を伝う。甲科は大いに慚じ、遂に止む。亦た善く妒を用うる者なり。
現代語訳
陳覚は、身分が低かった頃は、宋齊丘の食客であった。兵部侍郎になると、その妻の李氏は嫉妬深く気性が激しく、自分でしゃもじを握って炊事をし、妾や侍女を置かなかった。宋齊丘は容姿の優れた侍女を三人選んで陳覚に与えた。李氏もまた嫌な顔をせず、三人の侍女に仕えること、舅や姑に仕えるような礼であった。そのわけを聞くと、李氏は言った。「この人たちは令公が寵愛なさっている人です。この人たちを見るのは令公にお会いするのと同じです。どうして傲慢にふるまえましょうか」。三人の侍女はもう居心地が悪くなり、宋の屋敷に帰りたいと願い、宋は笑って許した。〔述評〕近ごろ、進士に合格した者で妻を亡くした者がいて、卑しい妓女を寵愛した。後妻を迎えてからも、いつも他所の宿に泊まると言い訳した。深夜にひそかに妓女の家に行き、夜明けにはすぐ帰った。後妻はそれに気づいたが、決して口外しなかった。再び出かけるのを待って、五更に自分の下男や駕籠、日傘を集め、先方の家へ迎えに行き、夫人の命令を伝えた。進士は大いに恥じて、そのまま行いをやめた。これも嫉妬をうまく使った者である。
解説
この章句が説くこと
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