智囊 / 集哲・張說女・湖州妓
張說女家盧氏,女嘗為其舅求官,說不語,但指搘牀龜示之,歸告其夫曰:「舅得詹事矣。」湖守飲餞。客有獻木瓜,所未嘗有也,傳以示客。有中使即袖歸曰:「禁中未曾有,宜進於上。」頃之解舟而去。郡守懼得罪,不樂,欲撤飲。官妓作灑糾者立白守曰:「請郎中盡飲,某度木瓜經宿,必委中流也。」守徵其說。曰:「此物芳脆,初因遞觀,手掐必損,何能入獻?」會送使者還,云:「果潰爛棄之矣。」守因召妓,厚齎之。〔評議〕諺云:「智婦勝男。」即不勝,亦無不及。吾於趙威後諸人得「見大」焉,於崔敬女、絡秀諸人得「遠猶」焉,於柳氏婢得「通簡」焉,於侯敏、許允、宰憲英婦得「游刃」焉,於叔向母、伯宗妻得「知微」焉,於李新聲、潘炎妻等得「億中」焉,於王陵、趙括、柴克宏諸母得「識斷」焉,於屈原姊、婁江妓得「委蛇」焉,於王佐妾得「謬數」焉,於李文姬得「權奇」焉,於陶侃母得「靈變」焉,於張說女得「敏悟」焉。所以經國祚家、相夫勖子,其效亦可睹已!
新字:張説女家盧氏,女嘗為其舅求官,説不語,但指搘牀亀示之,帰告其夫曰:「舅得詹事矣。」湖守飲餞。客有献木瓜,所未嘗有也,伝以示客。有中使即袖帰曰:「禁中未曽有,宜進於上。」頃之解舟而去。郡守懼得罪,不楽,欲撤飲。官妓作灑糾者立白守曰:「請郎中尽飲,某度木瓜経宿,必委中流也。」守徴其説。曰:「此物芳脆,初因逓観,手掐必損,何能入献?」会送使者還,云:「果潰爛棄之矣。」守因召妓,厚齎之。〔評議〕諺云:「智婦勝男。」即不勝,亦無不及。吾於趙威後諸人得「見大」焉,於崔敬女、絡秀諸人得「遠猶」焉,於柳氏婢得「通簡」焉,於侯敏、許允、宰憲英婦得「游刃」焉,於叔向母、伯宗妻得「知微」焉,於李新声、潘炎妻等得「億中」焉,於王陵、趙括、柴克宏諸母得「識断」焉,於屈原姊、婁江妓得「委蛇」焉,於王佐妾得「謬数」焉,於李文姫得「権奇」焉,於陶侃母得「霊変」焉,於張説女得「敏悟」焉。所以経国祚家、相夫勖子,其効亦可睹已!
書き下し
張説の女は盧氏に嫁いだ。女はかつてその舅のために官を求めたが、説は語らず、ただ搘牀の亀を指して示した。帰って夫に告げて言った、「舅は詹事を得られます。」湖州の守が飲餞を設けた。客に木瓜を献ずる者があり、まだ見たことのないものであったので、伝えて客に示した。中使が袖に入れて帰り、「禁中にもまだこれはない。上に進めるべきだ」と言い、まもなく舟を解いて去った。郡守は罪を得ることを懼れ、楽しまず、宴を撤しようとした。官妓で灑糾を作す者が立って守に白して言った、「郎中にはどうぞ存分にお飲みください。私が思いますに、木瓜は一夜を経れば、必ず中流に棄てられるでしょう。」守がその説を問うと、言った、「この物は芳しく脆く、はじめ伝観のとき手で掐んで必ず損なっています。どうして献上できましょう。」たまたま使者を送って還った者が言うには、「果たして潰れ爛れて棄てられました。」守はそこで妓を召して厚く賜った。〔評議〕諺に言う、「智婦は男に勝る。」勝たなくとも及ばないことはない。吾は趙威后ら諸人に「見大」を得、崔敬女、絡秀ら諸人に「遠猶」を得、柳氏の婢に「通簡」を得、侯敏、許允、宰憲英の婦に「游刃」を得、叔向の母、伯宗の妻に「知微」を得、李新声、潘炎の妻らに「億中」を得、王陵、趙括、柴克宏の諸母に「識断」を得、屈原の姊、婁江の妓に「委蛇」を得、王佐の妾に「謬数」を得、李文姫に「権奇」を得、陶侃の母に「霊変」を得、張説の女に「敏悟」を得た。国の祚を経め家を治め、夫を相け子を勖ますその効は、また睹るべきである。
現代語訳
張説の娘は盧氏に嫁いだ。娘はかつて舅(夫の父)のために官職を求めようとしたが、父の張説は何も言わず、ただ椅子を支える亀の飾りを指し示しただけだった。娘は帰って夫に告げた。「お舅さまは詹事になれます。」亀は詹事の暗示と受け取ったのである。また、湖州の長官が送別の宴を開いた。客の一人が木瓜を献上したが、それまで見たことのない果物だったので、客たちに回して見せた。そこへ宦官の使者が来て、袖に入れて持ち帰り、「宮中にもまだこれはない。皇帝に献上すべきだ」と言い、すぐ舟を出して去った。長官は罪を得ることを恐れて気が晴れず、宴を切り上げようとした。官妓で酒席の取り締まり役をしていた者が立ち上がって長官に申し上げた。「どうぞ存分にお飲みください。私が思うに、木瓜は一晩たてば、きっと川の中ほどに捨てられるでしょう。」長官がそのわけを尋ねると、言った。「この果物は香りがよく、もろいものです。最初に皆で回し見たとき、手でつまんで必ず傷がついています。どうして献上できましょう。」ちょうど使者を見送って戻った者が、「やはり潰れて傷んだので捨てられました」と言った。長官は妓女を呼んで厚く褒美を与えた。〔評議〕諺に「賢い女は男に勝る」という。勝らないにしても、男に及ばないことはない。私は趙威后らに先見の大きさを、崔敬の娘や絡秀らに遠い見通しを、柳氏の婢女に簡潔な通達を、侯敏、許允、宰憲英の妻に刃を遊ばせる余裕を、叔向の母や伯宗の妻に兆しを知る眼を、李新声や潘炎の妻らに的中を、王陵、趙括、柴克宏の母たちに見識と決断を、屈原の姉や婁江の妓女にしなやかな処世を、王佐の妾に偽りの計算を、李文姫に非凡な策を、陶侃の母に臨機応変を、張説の娘に敏い悟りを見た。国の命運を治め、家を治め、夫を助け子を励ますその効験も、これでわかるのである。
解説
この章句が説くこと
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