智囊 / 雄略・邑宰妾
守者貪分金,不能忍,足不覺前。宰以間潛逸,眾懷金既饜,出視失宰,懼欲走,妾擇弱者一人力持之,大呼「攫金賊在!」眾奮拳齊毆,齒甲俱集,妾且死,終不釋,聲愈厲。動外人,外人入,眾竄,獲其一,並妾所持者兩人,送巡城潘御中。妾訴群凶淫貪狀,兼具所失鬻產銀數,此兩人不能諱,盡供其黨姓名,頃之,悉擒至,銀猶在懷也。而以犯官逸出為解,御史使視詔獄,則宰在焉,眾語塞,乃委罪於不肖姪。御史收姪,盡斃之箠下。妾取故金歸,籍數報宰,病數日,乃死。〔評〕獄中囚私出入,非法也,詔獄甚矣。方群邏押至,不以宰為奇貨哉!言膽薄堅其志,言多金中其欲,忍謔以堅之,空橐以餌之,怠守者而逸宰,固已在吾算中矣。出其不意,持一弱以羈眾強,假令身斃老拳之下,罪人其免乎?至群凶先我死,而目可瞑也。婦之智不必言,獨其猝不亂,死不怵,從容就功,有丈夫之智所不逮者!惜傳者逸其名,雖然,千秋而下,知有一邑宰妾在浣紗女、銳司徒妻、車中女子之儔,斯不為無友也已!
新字:守者貪分金,不能忍,足不覚前。宰以間潜逸,衆懐金既饜,出視失宰,懼欲走,妾択弱者一人力持之,大呼「攫金賊在!」衆奮拳斉殴,歯甲倶集,妾且死,終不釈,声愈厲。動外人,外人入,衆竄,獲其一,並妾所持者両人,送巡城潘御中。妾訴群凶淫貪状,兼具所失鬻産銀数,此両人不能諱,尽供其党姓名,頃之,悉擒至,銀猶在懐也。而以犯官逸出為解,御史使視詔獄,則宰在焉,衆語塞,乃委罪於不肖姪。御史収姪,尽斃之箠下。妾取故金帰,籍数報宰,病数日,乃死。〔評〕獄中囚私出入,非法也,詔獄甚矣。方群邏押至,不以宰為奇貨哉!言胆薄堅其志,言多金中其欲,忍謔以堅之,空橐以餌之,怠守者而逸宰,固已在吾算中矣。出其不意,持一弱以羈衆強,仮令身斃老拳之下,罪人其免乎?至群凶先我死,而目可瞑也。婦之智不必言,独其猝不乱,死不怵,従容就功,有丈夫之智所不逮者!惜伝者逸其名,雖然,千秋而下,知有一邑宰妾在浣紗女、鋭司徒妻、車中女子之儔,斯不為無友也已!
書き下し
守る者は金を分かつを貪り、忍ぶ能わず、足は覚えず前む。宰は間を以て潜かに逸す。衆は金を懐にして既に饜き、出でて宰を失うを視、懼れて走らんと欲す。妾は弱き者一人を択びて力めて之を持し、大いに呼ぶ、「攫金の賊在り」と。衆は奮拳して斉しく毆り、歯甲俱に集う。妾は且に死せんとするも、終に釈かず、声愈いよ厲し。外の人を動かし、外の人入り、衆は竄り、其の一を獲たり。並びに妾の持する所の者と両人を、巡城の潘御史の中に送る。妾は群凶の淫貪の状を訴え、兼ねて失う所の鬻産の銀数を具す。此の両人は諱む能わず、尽く其の党の姓名を供す。頃之くして、悉く擒えて至り、銀は猶お懐に在り。而して犯官の逸出するを以て解と為す。御史は詔獄を視しむるに、則ち宰焉に在り、衆は語塞がり、乃ち罪を不肖の姪に委ぬ。御史は姪を収め、尽く箠の下に斃す。妾は故の金を取りて帰り、数を籍して宰に報じ、病むこと数日にして、乃ち死す。〔評〕獄中の囚の私に出入するは、法に非ざるなり。詔獄甚だし。方に群邏の押し至るや、宰を以て奇貨と為さざらんや。膽薄と言いて其の志を堅くし、金多しと言いて其の欲に中て、謔を忍びて以て之を堅くし、空橐を以て之を餌す。守者を怠らせて宰を逸すは、固より已に吾が算の中に在り。其の不意に出で、一弱を持して以て衆強を羈す。仮令い身は老拳の下に斃るるとも、罪人其れ免れんや。群凶先に我が死するに至りても、目は瞑すべきなり。婦の智は言うを必とせず。独り其の猝にして乱れず、死して怵れず、従容として功に就くは、丈夫の智の逮ばざる所有り。惜しむらくは伝うる者其の名を逸す。然りと雖も、千秋の下、一邑宰の妾有りて浣紗女、鋭司徒の妻、車中の女子の儔に在るを知らば、斯れ友無しと為さざるなり。
現代語訳
見張りの男は金の分け前に目がくらみ、我慢できず、足が思わず前に進んだ。その隙に長官はひそかに逃げ出した。一同は金を懐に入れて満足し、出てきて長官がいなくなっているのを見て、恐れて逃げようとした。妾は弱そうな一人を選び出して力いっぱいつかまえ、大声で叫んだ。「金を奪った賊がここにいる」。一同は拳をふるって一斉に殴りつけ、歯も爪もいっせいに襲いかかった。妾は死にそうになっても、ついに手を離さず、声はますます鋭くなった。外の人々が気づき、人が入ってくると、一同は逃げ散り、そのうちの一人が捕まった。妾がつかんでいた者とあわせて二人を、巡城御史の潘のもとへ送った。妾は一味の淫らで貪欲なふるまいを訴え、あわせて失った財産を売った銀の額を詳しく述べた。この二人は隠すことができず、仲間の姓名をすべて白状した。しばらくして、すべて捕らえて連れて来られ、銀はまだ懐にあった。しかし彼らは犯官が逃げ出したことを言い訳にした。御史が詔獄を調べさせると、長官はそこにいたので、一同は言葉に詰まり、そこで罪を不肖の甥になすりつけた。御史は甥を捕らえ、棒打ちの下で死なせた。妾はもとの金を取り戻して帰り、金額を帳簿につけて長官に報告し、数日病んで、そのまま死んだ。〔評〕獄中の囚人がひそかに出入りするのは法に反する。詔獄はひどいものだ。巡邏の連中が押しかけて来たとき、長官を金づるとしなかったことがあろうか。気が小さいと言って彼らの警戒を解き、金が多いと言って欲に当て、からかわれるのを我慢して油断させ、空の袋で餌とした。見張りを怠らせて長官を逃がしたのは、もとより妾の計算のうちだった。意表を突いて、一人の弱い者をつかんで多くの強い者を縛りつけた。たとえ身が老拳の下に倒れても、罪人は免れられようか。一味の悪者が自分より先に死ぬのを見ずとも、目を閉じることができる。婦人の知恵は言うまでもない。とくに、突然の事態にも乱れず、死にかけても怯えず、落ち着いて事を成し遂げたのは、男の知恵も及ばぬところがある。惜しいことに伝える者がその名を失った。それでも、千年の後に、一人の邑宰の妾が浣紗女、鋭司徒の妻、車中の女子の仲間にいると知る者があれば、彼女は友がいないとは言えないだろう。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』雄略・邑宰妾万暦中、政務寛緩にして、刑部の囚人の老いて死する者多し。某は郷科にして、北人なり、邑宰と為り、事に坐して詔獄に入る。久しくして雪ぐを得ず、且つ老いたり。己は必ず死せんと分し、而して子無きを自ら傷み、乃ち尽く其の産を鬻ぎ、一室を近き処に営み、愛する所の妾を置き、典獄者に厚く賂して、陰かに出入す。姪有り、頗る不肖にして、稍や其の資を窃み、博場の中に入り、邏者の疑う所と為り、之を窮詰するに、因りて尽く吐く。且つ云う、「家に一青騾子有り、叔の行くには必ず之に乗る。事無ければ則ち出でて賃す。請う騾を以て験と為せ」と。邏者は数日伺うに、果たして其の言の如し。宰は方に妾と中堂に対食するに、群邏至り、驚きて箸を失う。妾は遽かに起ちて迎えて曰く、「翁は胆薄し、相迫る毋かれ。爾が曹、翁と隙有るか」と。曰く、「之無し」と。曰く、「若し然らば、金を多く得んと欲するに過ぎざるのみ。金は我が掌に属す。第だ我に随いて行け。当に以て汝を飽かしむべし」と。邏者は婦人の貌美にして言の甘きを顧み、乃ち一人を留めて宰を守視せしめ、而して群れて妾に尾いて房に入る。妾は臥す所の牀を指して曰く、「金は其の顛に在り」と。小梯を携えて登れば、衆は下より之を謔る。殊に怒らず、笑声外に達す。須臾にして、一匣を捧げて下れば、之を発くに金多し。妾曰く、「未だなり」と。再び一巨箱を捧げて下れば、大鏹実てり。衆は金を攫み、声愈いよ哄し。
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『智囊』雄略・鄒僕妻梁の末、襄州都軍務の鄒景温は職を徐に移され、また都軍の務めを管した。勁僕があり、拳勇を自ら恃み、独り妻と驢を策いて行き、芒、碭の澤の間に至って、大声で言った、「聞く、ここは素より豪客が多いと。どうして一人として吾が曹と勝負を決する者がいないのか。」言い畢ると、五六人の盗が叢薄の間より躍り出た。一人の夫が後ろより双手で交抱し、搏って之を仆し、短刃を抽いて以てその喉を断った。蓋し其の不備を掩ったのである。ただ妻が側にあり、殊に惶駭せず、ただ矯って大呼して言った、「快いかな、今日方に吾が恥を雪いだ。吾は良家の子で、其の俘掠に遭って、ここに致った。誰が神明がないと言うか。」賊は其の誠と謂って殺さず、行李と二驢とともに、驅って南に邁き、五六十里に近づき、亳の北界の達孤荘の南に至って息んだ。荘の門に器甲があり、蓋し近戍の巡警の卒である。この婦は遂に径ちに村人の中堂に入った。盗もまた其の食を謀ると謂って疑わなかった。そこで其の総首に泣いて拝し、且つ其の夫が屠られた状を告げた。総首は潜かに其の徒を召し、一時に執縛した。ただ一盗だけが逸れた。械して亳城に送り、咸な棄市された。婦は襄陽に返り、尼となって終えた。
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『智囊』雄略・白瑾妻白瑾の妻は、山陰の葛氏の女である。瑾は素より弱く、葛は善く調節し、書を読ませた。成化中、進士を以て分宜の令となり、葛はともに往った。その明年、瑾の病が癒えたとき、庫に貯えた折銀はなお数千両あった。鄰境に飢えによって乱を作した者があり、徒を聚めること百人、まさに劫取しようとした。県は固より城郭がなく、寇が卒かに至ると、諸薄丞は家を挈えて去り匿れた。葛は独り家人に命じて分けて其の両門を力拒させ、乃ち白公を他室に遷し、その銀を汚池の中に埋め、公の服を著て、堂に升って賊を候った。賊が至ると、陽て好語で相い労苦し、尽くその私かに蔵する釵珥衣服の諸物を出して賊に与えた。賊は謝して去り、陰かに已に表識したことを知らず、竟に物色して捕らえることを得た。〔議〕白公の衣は、合に此の婦に譲り与えて穿戴させるべきである。
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『智囊』雄略・藍姊紹興中、京東の王寓、新淦の濤泥寺に寓し、嘗て客を宴す。中夕に散じ、主人は酔いて臥す。俄にして群盗入り、諸子及び群婢を執えて之を縛る。群婢呼びて曰く、「庫の鑰を司る者は藍姐なり」と。藍は即ち応じて曰く、「有り。主人を驚かす毋かれ」と。匙鑰を付し、席上の燭を秉りて之を指引し、金銀の酒器首飾、数を尽くして取り去る。主人醒めて、方に知り、明け発ちて県に訴う。藍姐は密かに主人に謂いて曰く、「捕うること易し。群盗は皆白を衣る。妾は燭を秉りし時に、尽く燭の涙を以て其の背を汚せり。当に密かに捕者をして是を以て験せしむべし」と。後に果たして皆獲らる。事は《賢奕編》に見ゆ。
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『智囊』雄略・沈襄妾久しくして返らず。押者は往きて年家に詢うに、云う、「未だ嘗て至らず」と。還りて復た妾を叩くに、妾は其の襟を把りて大いに慟して曰く、「吾が夫婦は患難に相守り、傾刻も離るる無し。今去りて返らず。必ず汝が曹、嚴氏の指を受けて、我が夫を戕殺せしならん」と。観る者市の如く、判ずる能わず、監司に聞こゆ。監司も亦嚴氏の真に此の事有るを疑い、已むを得ず、権に妾をして尼庵に寄食せしめ、而して限を立てて押者に襄を跡めしむ。押者は物色して得ず、屡しば笞を受け、乃ち妾に哀懇して言う、「襄は実に自ら竄れり。我を枉ぐる毋かれ」と。因りて間に亡命して去る。久しくして、嵩敗れ、襄は始めて出でて冤を訟え、順、楷を捕えて罪に抵らしめ、妾は復た相従う。襄は小霞と号し、楚人江進之に「沈小霞妾伝」有り。〔評〕嚴氏の将に襄を要して之を殺さんとするは、事の有無知るべからず。然れども襄の此の去るは実に大いに便宜にして、大いに乾浄なり。此の妾の一番の撒賴を得て、即ち上官も亦真に是の事有りと疑い、而して襄は始めて安然として亡命して患い無し。順、楷の輩の死するは、肉は犬に喂うに足らず。而して此の妾は沈氏の父子と並び伝わり、忠智一門に萃まる。盛んなるかな。
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『智囊』雄略・謝小娥更に男子の服を為し、江湖の間に傭保す。歳余にして、潯陽郡に至り、紙の榜子もて傭者を召すを見る。娥応じて召され、其の主を問えば、果たして申蘭なり。娥は心に憤るも貌は順い、蘭の左右に在ること、積むこと二歳余、甚だ親愛せられ、金帛の出入の数は之に委ねざる無し。謝の衣物器具を睹る毎に、未だ嘗て暗に泣かずんばあらず。蘭と春とは、宗の昆弟なり。春の家は大江の北、独樹浦に在り、往来して密洽す。一日、春は大鯉と酒とを携えて蘭に詣り、夕に至りて、群賊畢く至り、酣飲す。諸凶既に去るに暨び、春は沈酔して内室に臥す。蘭も亦庭に覆寝す。小娥は潜かに春を内に鎖し、佩刃を抽きて先ず蘭の首を斬り、呼号して鄰人並びに至る。春は内に擒われ、蘭は外に死し、贓貨を獲ること数千万に至る。初め、蘭、春に党数十人有り、暗に其の名を記し、悉く擒えて戮に就かしむ。時に潯陽の太守張公、其の孝節を嘉して死を免ず。娥は竟に髪を剪りて尼と為り以て終わる。〔評〕其の智勇は或いは之有らん、其の堅忍の処は、万万及び難し。
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