智囊 / 詰奸・吉安某老吏
吉安州富豪娶婦,有盜乘人冗雜,入婦室,潛伏牀下,伺夜行竊。不意明燭達旦者三夕,飢甚奔出,執以聞官,盜曰:「吾非盜也,醫也,婦有癖疾,令我相隨,常為用藥耳。」宰詰問再三,盜言婦家事甚詳,蓋潛伏時所聞枕席語也。宰信之,逮婦供證,富家懇免,不從。謀之老吏,吏白宰曰:「彼婦初歸,不論勝負,辱莫大焉。盜潛入突出,必不識婦,若以他婦出對,盜若執之,可見其誣矣。」宰曰:「善。」選一妓,盛服輿至,盜呼曰:「汝邀我治病,乃執我為盜耶?」宰大笑,盜遂伏罪。
新字:吉安州富豪娶婦,有盗乗人冗雑,入婦室,潜伏牀下,伺夜行窃。不意明燭達旦者三夕,飢甚奔出,執以聞官,盗曰:「吾非盗也,医也,婦有癖疾,令我相随,常為用薬耳。」宰詰問再三,盗言婦家事甚詳,蓋潜伏時所聞枕席語也。宰信之,逮婦供証,富家懇免,不従。謀之老吏,吏白宰曰:「彼婦初帰,不論勝負,辱莫大焉。盗潜入突出,必不識婦,若以他婦出対,盗若執之,可見其誣矣。」宰曰:「善。」選一妓,盛服輿至,盗呼曰:「汝邀我治病,乃執我為盗耶?」宰大笑,盗遂伏罪。
書き下し
吉安州の富豪、婦を娶る。盗有り、人の冗雑なるに乗じて婦の室に入り、牀下に潜伏して、夜に行竊するを伺う。意わず、明燭は旦に達すること三夕、飢うること甚だしく、奔り出づ。執えて以て官に聞す。盗曰く、「吾は盗に非ず、医なり。婦に癖疾有り、我をして相随わしめ、常に為に薬を用いしむるのみ」と。宰、詰問すること再三、盗は婦家の事を言うこと甚だ詳らかなり。蓋し潜伏の時に聞きし所の枕席の語なり。宰、之を信じ、婦を逮えて供証せしめんとす。富家は懇ろに免れんことを願うも、従わず。之を老吏に謀る。吏、宰に白して曰く、「彼の婦、初めて帰ぐに、勝負を論ぜず、辱めは焉より大なるは莫し。盗は潜入して突出し、必ず婦を識らず。若し他の婦を以て出でて対せしめ、盗若し之を執らば、其の誣いなるを見るべし」と。宰曰く、「善し」と。一妓を選び、盛服して輿して至らしむ。盗呼びて曰く、「汝は我を邀えて病を治せしめ、乃ち我を執えて盗と為すか」と。宰大いに笑い、盗遂に罪に伏す。
現代語訳
吉安州の富豪が嫁を迎えた。盗賊が人の入り混じって慌ただしい隙に乗じて嫁の部屋に入り、寝台の下に潜み、夜に盗みを働く機会をうかがっていた。ところが意外にも、明かりが三晩にわたり朝まで灯っており、ひどく飢えて、飛び出した。捕らえられて役所に届けられた。盗賊は言った。「私は盗賊ではありません。医者です。嫁には持病があり、私を付き添わせて、常に薬を使わせていたのです」。県令が再三問いただすと、盗賊は嫁の家の事情をたいへん詳しく述べた。潜んでいたときに聞いた閨の中の言葉であった。県令はこれを信じ、嫁を呼び出して証言させようとした。富豪の家は、懇願して免れようとしたが、聞き入れられなかった。老いた役人に相談した。老吏は県令に申し上げた。「その嫁は、嫁いだばかりで、勝ち負けを問わず、これ以上の辱めはありません。盗賊は潜入して突然飛び出したのですから、必ず嫁を知らないはずです。もし他の婦人を出して対面させ、盗賊がその婦人を指さすなら、誣告であることがわかるでしょう」。県令は言った。「よろしい」。一人の遊女を選び、盛装させて輿に乗せて来させた。盗賊は呼びかけて言った。「おまえは私を招いて病を治させておきながら、私を捕らえて盗賊とするのか」。県令は大いに笑い、盗賊はついに罪に服した。
解説
この章句が説くこと
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史記 南越列伝使者皆東郷し、太后南郷し、王北郷し、相嘉・大臣皆西郷し、侍坐して飲む。嘉の弟将為り、卒を将ゐて宮外に居る。酒行はれ、太后嘉に謂ひて曰く、「南越の内属は、国の利なり、而るに相君苦だ便ならずとする者は、何ぞや」と。以て使者を激怒せしめんとす。使者狐疑して相杖り、遂に敢て発する莫し。嘉耳目の是に非ざるを見て、即ち起ちて出づ。太后怒り、嘉を鏦くに矛を以てせんと欲す、王太后を止む。嘉遂に出で、其の弟の兵を分かちて舎に就き、病と称し、王及び使者に見ゆるを肯ぜず。乃ち陰に大臣と乱を作さんとす。王素より嘉を誅するに意無し、嘉之を知る、故を以て数月発せず。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。天子嘉の王に聴かず、王・王太后弱孤にして制すること能はず、使者怯えて決無きを聞く。又以為へらく王・王太后已に漢に附く、独り呂嘉乱を為す、以て兵を興すに足らずと、荘参をして二千人を以て往きて使ひせしめんと欲す。参曰く、「好を以て往かば、数人にて足れり。武を以て往かば、二千人以て為す足る無し」と。辞して可かず、天子参を罷む。郟の壮士、故の済北の相韓千秋奮ひて曰く、「区区たる越を以て、又王・太后の応ずる有り、独り相呂嘉害を為す、願はくは勇士二百人を得て、必ず嘉を斬りて以て報ぜん」と。是に於て天子千秋と王太后の弟樛楽とを遣はし二千人を将ゐて往かしめ、越の境に入る。呂嘉等乃ち遂に反し、令を国中に下して曰く、「王年少し。太后は、中国の人なり、又使者と乱し、専ら内属を欲し、尽く先王の宝器を持して入りて天子に献じて以て自ら媚び、多く人を従へ、行きて長安に至り、虜売して以て僮僕と為さんとす。自ら一時の利を脱するを取り、趙氏の社稷を顧み、万世の為に慮計するの意無し」と。乃ち其の弟と卒を将ゐて王・太后及び漢の使者を攻め殺す。
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