智囊 / 雄略・鄒僕妻
〔評議〕徐氏、申屠氏、鄒僕之妻,皆能為夫報仇於身後者也。徐,貴人之婦,而又宿將合謀於外,諸婢協力於內,以制一粗疏不備之媯覽,如擊病鼠耳;申屠氏則難矣,然仇跡未露,猶可從容而圖之;鄒僕妻則又難矣,變起倉卒,親見群凶攢刃於其夫,即秦舞陽旁觀,不能不動色,而意中遂作復仇之算,甘言誑賊,不逾日而以計擒滅,可不謂大智大勇者乎?生於下賤,何曾讀書知禮義,而臨變不亂,處分綽如,世之自命讀書知理義者,吾不知有此手段乎否也?
新字:〔評議〕徐氏、申屠氏、鄒僕之妻,皆能為夫報仇於身後者也。徐,貴人之婦,而又宿将合謀於外,諸婢協力於内,以制一粗疏不備之媯覧,如撃病鼠耳;申屠氏則難矣,然仇跡未露,猶可従容而図之;鄒僕妻則又難矣,変起倉卒,親見群凶攢刃於其夫,即秦舞陽旁観,不能不動色,而意中遂作復仇之算,甘言誑賊,不逾日而以計擒滅,可不謂大智大勇者乎?生於下賤,何曽読書知礼義,而臨変不乱,処分綽如,世之自命読書知理義者,吾不知有此手段乎否也?
書き下し
〔評議〕徐氏、申屠氏、鄒僕の妻は、皆よく夫のために身後に仇を報いた者である。徐は貴人の婦で、また宿将が外に合謀し、諸婢が内に協力し、以て一粗疏不備の媯覧を制するのは、病鼠を撃つようなものだ。申屠氏はすなわち難いが、仇の跡はまだ露れず、なお従容として之を図るべきである。鄒僕の妻はまた難い。変は倉卒に起こり、親しく群凶が刃を其の夫に攢めるのを見、秦舞陽が旁観しても動色せざるを得ないのに、意中に遂に復讐の算を作し、甘言で賊を誑き、日を踰えずして計を以て擒滅した。大智大勇と謂わざるべけんや。下賤に生まれ、何ぞ曾て書を読み礼義を知ろうか。しかし変に臨んで乱れず、処分が綽如たるは、世の自ら書を読み理義を知ると命ずる者に、この手段があるかどうか、吾は知らない。
現代語訳
〔評議〕徐氏、申屠氏、鄒僕の妻は、いずれも夫のために、夫の死後に仇を討った者たちである。徐氏は貴人の妻で、しかも外では老練な将が策を合わせ、内では侍女たちが協力して、粗雑で備えのない媯覧を制したのだから、病んだ鼠を打つようなものだった。申屠氏の場合は難しいが、仇に自分の企みはまだ見抜かれておらず、落ち着いて図ることができた。鄒僕の妻の場合はさらに難しい。変事は突然起こり、自分の目で大勢の凶漢が夫に刃を集めるのを見たのである。あの秦舞陽でさえ傍観していれば顔色を変えざるを得ないというのに、心の中でついに復讐の計算を立て、甘い言葉で賊をだまし、一日もたたないうちに計略で賊を捕らえて滅ぼした。大いなる智と大いなる勇といわずにいられようか。身分の低い家に生まれ、書物を読んで礼義を知る機会などなかったであろうに、変事に臨んで取り乱さず、対処が堂々として余裕があった。世の中で自分は書物を読んで道理を知っていると称する者に、この手腕があるかどうか、私にはわからない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』雄略・鄒僕妻梁の末、襄州都軍務の鄒景温は職を徐に移され、また都軍の務めを管した。勁僕があり、拳勇を自ら恃み、独り妻と驢を策いて行き、芒、碭の澤の間に至って、大声で言った、「聞く、ここは素より豪客が多いと。どうして一人として吾が曹と勝負を決する者がいないのか。」言い畢ると、五六人の盗が叢薄の間より躍り出た。一人の夫が後ろより双手で交抱し、搏って之を仆し、短刃を抽いて以てその喉を断った。蓋し其の不備を掩ったのである。ただ妻が側にあり、殊に惶駭せず、ただ矯って大呼して言った、「快いかな、今日方に吾が恥を雪いだ。吾は良家の子で、其の俘掠に遭って、ここに致った。誰が神明がないと言うか。」賊は其の誠と謂って殺さず、行李と二驢とともに、驅って南に邁き、五六十里に近づき、亳の北界の達孤荘の南に至って息んだ。荘の門に器甲があり、蓋し近戍の巡警の卒である。この婦は遂に径ちに村人の中堂に入った。盗もまた其の食を謀ると謂って疑わなかった。そこで其の総首に泣いて拝し、且つ其の夫が屠られた状を告げた。総首は潜かに其の徒を召し、一時に執縛した。ただ一盗だけが逸れた。械して亳城に送り、咸な棄市された。婦は襄陽に返り、尼となって終えた。
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『智囊』雄略・劉太妃太妃劉氏は、晋王克用の妻である。克用が黄巣を追って軍を還して梁を過ぎたとき、朱温は陽に歓宴を為し、陰に兵を伏せ、夜半にこれを攻めた。克用は逃げ帰り、すぐに温を撃つことを議した。劉は諫めて言った、「公は本もと国の為に賊を討ったのです。いま梁の事はまだ暴かれず、遽かに兵を反して相い攻めるなら、天下はこれを聞いて、曲直を分かたないでしょう。軍を斂めて鎮に還り、自ら朝に訴え、しかる後に罪を声すべきです。」克用は悟ってこれに従い、天下はここにおいて温を直しとしなかった。〔按〕克用が上源駅に困しんだとき、左右の先に脱して帰った者は、汴人が変を為したことを劉に告げた。劉は神色を動かさず、立ちどころにこれを斬り、陰かに大将を召して約束し、軍を保って還ることを謀った。これは智勇であり、どうして克用の及ぶ所であろうか。仮令い克用が不幸にして死んでも、必ず張茂の妻となり得ただろう。設い猶お幸いに未だ死ななくても、必ず邵続の女となり得ただろう。そうであっても、張茂の妻、邵続の女となるのは易く、劉太妃となるのは難い。なぜか。その勇は及ぶべきだが、その智は及ぶべからざるからである。張茂は呉郡の守となり、江充に害せられ、妻の陸氏は茂の部曲を率いて先登となり充を討った。充は敗れ、ついに陸に殺された。邵続の女は劉遐に嫁ぎ、遐は石季龍に困しめられた。女は数騎を将いて囲みを抜け、遐を万人の中から出した。
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『智囊』雄略・邑宰妾守る者は金を分かつを貪り、忍ぶ能わず、足は覚えず前む。宰は間を以て潜かに逸す。衆は金を懐にして既に饜き、出でて宰を失うを視、懼れて走らんと欲す。妾は弱き者一人を択びて力めて之を持し、大いに呼ぶ、「攫金の賊在り」と。衆は奮拳して斉しく毆り、歯甲俱に集う。妾は且に死せんとするも、終に釈かず、声愈いよ厲し。外の人を動かし、外の人入り、衆は竄り、其の一を獲たり。並びに妾の持する所の者と両人を、巡城の潘御史の中に送る。妾は群凶の淫貪の状を訴え、兼ねて失う所の鬻産の銀数を具す。此の両人は諱む能わず、尽く其の党の姓名を供す。頃之くして、悉く擒えて至り、銀は猶お懐に在り。而して犯官の逸出するを以て解と為す。御史は詔獄を視しむるに、則ち宰焉に在り、衆は語塞がり、乃ち罪を不肖の姪に委ぬ。御史は姪を収め、尽く箠の下に斃す。妾は故の金を取りて帰り、数を籍して宰に報じ、病むこと数日にして、乃ち死す。〔評〕獄中の囚の私に出入するは、法に非ざるなり。詔獄甚だし。方に群邏の押し至るや、宰を以て奇貨と為さざらんや。膽薄と言いて其の志を堅くし、金多しと言いて其の欲に中て、謔を忍びて以て之を堅くし、空橐を以て之を餌す。守者を怠らせて宰を逸すは、固より已に吾が算の中に在り。其の不意に出で、一弱を持して以て衆強を羈す。仮令い身は老拳の下に斃るるとも、罪人其れ免れんや。群凶先に我が死するに至りても、目は瞑すべきなり。婦の智は言うを必とせず。独り其の猝にして乱れず、死して怵れず、従容として功に就くは、丈夫の智の逮ばざる所有り。惜しむらくは伝うる者其の名を逸す。然りと雖も、千秋の下、一邑宰の妾有りて浣紗女、鋭司徒の妻、車中の女子の儔に在るを知らば、斯れ友無しと為さざるなり。
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『智囊』雄略・申屠希光申屠氏は、長楽の人で、孟光の人となりを慕い、自ら希光と名づけた。詩才があったが、すでに侯官の秀才董昌に適いでからは、絶えて吟じず、貧しきに食し苦しきを作し、宴如であった。郡中の大豪の方六一は希光が美しいと聞いて、心にこれを悦び、そこで人を使わして昌を陰重の罪に誣い、罪は族に至った。六一はまた陽て居間を為し、軽い比を得たが、昌だけは報殺され、妻子は俱に免れた。そこで侍者をして慇懃を通じさせ、強いて委禽した。希光は具さにその謀を知り、謬って許し、密かにその孤を昌の友人に寄せ、そこで利い匕首を求め、挟んで往った。好言で六一に謝し、よって夫を葬って後に礼を成すことを請うた。六一は大いに喜び、人を使わして礼を以て昌を葬らせた。希光は偽って色を喜ばせ、豔妝して室に入った。六一が既に至ると、すぐに匕首を以て帳中に刺し、六一は立ちどころに死んだ。よって復た侍者二人を殺した。夜中に至り、詐って六一が暴病であると謂い、次を以てその家人を呼び、至る者は皆殺し、尽くその宗を滅ぼした。よって六一の頭を斬り、嚢の中に置き、昌の葬所に至って祭った。明日、悉く村民を召して、故を告げ、且つ言った、「吾は将に夫に地下で従う。」遂に縊れて死んだ。時に靖康二年の事である。六一は人を陥れて族にしたが、人は族せられずして己が族せられた。一文弱の婦人で、其の白刃を奮い、全家を戮し、義憤の激する所、鬼神がこれを助け、志あれば竟に成る。どうして必ずしも鬚眉の丈夫のみであろうか。
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『智囊』雄略・莒城婦莒に婦人があった。莒子がその夫を殺し、すでに嫠婦となった。老いるに及んで、紀鄣に托した。紡ぎ、度をはかって縄を城の外に投じ、これを去った。師が至ると、則ちこれを外に投げた。あるいはこれを子占に献じた。子占は師をして夜に縋って登らせ、登る者は六十人であった。縋が絶え、師が鼓噪すると、城上の人もまた噪ぎ、莒公は懼れ、西門を啓いて走った。〔評〕莒婦は嫠となり且つ老いたが、血恨が中に積み、ついに以て国を滅ぼした。人は何ぞ軽々しく殺してよいか。君ですら一嫠婦を得ることができず、一嫠婦ですらなお其の君に報いることができた。まして他の者はなおさらである。
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『智囊』雄略・孫翊妻孫翊は丹陽の守となり、媯覧は時に都督として兵を督していた。戴員は郡丞となり、左右の親信の辺鴻らとともにたびたび翊を患苦させた。翊が客を送る機会に、鴻が後ろから翊を斲り殺し、逃げて山に入った。翊の妻徐氏は、購い募って鴻を追って捕らえ、これを殺した。覧は遂に軍府に入り、悉く翊の嬪妾と左右の侍御を取り、さらに徐を取ろうとした。徐は害されることを恐れ、そこでこれを紿いて言った、「晦日を須って、祭りを設けて服を除きたく存じます。」覧はこれを聴いた。徐は潜かに人を使わして翊の旧将の孫高、傅嬰らに語らせ、高、嬰は相い与に涕泣し、共に合謀を誓った。晦日に至り、徐氏は祭りを設け終えて、乃ち服を除き、香を薫し沐浴し、更に他室に帷帳を安施し、言笑して歓悦した。覧は密かに覘い、もはや疑う意がなかった。徐は先に高、嬰と諸婢を呼んで戸内に羅列させた。覧が入ると、徐は戸を出て覧を拝し、すぐに大呼した。高、嬰が俱に出て、共に覧を殺した。余人は外に就いて員を殺した。徐は乃ち縗絰に還り、覧と員の首を奉じて以て翊を祭り、挙軍は震駭した。
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