智囊 / 雄略・孫翊妻
孫翊為丹陽守,媯覽時為都督督兵。戴員為郡丞,與左右親信邊鴻等數患苦翊,會翊送客,洪從後斲殺詡,迸進入山。翊妻徐氏,購募追捕得鴻,殺之。覽遂入軍府,悉取翊嬪妾及左右侍御,欲復取徐。徐恐見害,乃紿之曰:「乞須晦日,設祭除服乃可。」覽聽之,徐潛使人語詡舊將孫高、傅嬰等,高、嬰相與涕泣,共誓合謀。至晦日,徐氏設祭訖,乃除服,薰香沐浴,更於他室安施幃帳,言笑歡悅。覽密覘,無復疑意。徐先呼高、嬰與諸婢羅列戶內,覽入,徐出戶拜覽,即大呼,高、嬰俱出,共殺覽。餘人就外殺員,徐乃還縗絰,奉覽、員首以祭翊,舉軍震駭。
新字:孫翊為丹陽守,媯覧時為都督督兵。戴員為郡丞,与左右親信辺鴻等数患苦翊,会翊送客,洪従後斲殺詡,迸進入山。翊妻徐氏,購募追捕得鴻,殺之。覧遂入軍府,悉取翊嬪妾及左右侍御,欲復取徐。徐恐見害,乃紿之曰:「乞須晦日,設祭除服乃可。」覧聴之,徐潜使人語詡旧将孫高、傅嬰等,高、嬰相与涕泣,共誓合謀。至晦日,徐氏設祭訖,乃除服,薫香沐浴,更於他室安施幃帳,言笑歓悦。覧密覘,無復疑意。徐先呼高、嬰与諸婢羅列戸内,覧入,徐出戸拝覧,即大呼,高、嬰倶出,共殺覧。余人就外殺員,徐乃還縗絰,奉覧、員首以祭翊,舉軍震駭。
書き下し
孫翊は丹陽の守となり、媯覧は時に都督として兵を督していた。戴員は郡丞となり、左右の親信の辺鴻らとともにたびたび翊を患苦させた。翊が客を送る機会に、鴻が後ろから翊を斲り殺し、逃げて山に入った。翊の妻徐氏は、購い募って鴻を追って捕らえ、これを殺した。覧は遂に軍府に入り、悉く翊の嬪妾と左右の侍御を取り、さらに徐を取ろうとした。徐は害されることを恐れ、そこでこれを紿いて言った、「晦日を須って、祭りを設けて服を除きたく存じます。」覧はこれを聴いた。徐は潜かに人を使わして翊の旧将の孫高、傅嬰らに語らせ、高、嬰は相い与に涕泣し、共に合謀を誓った。晦日に至り、徐氏は祭りを設け終えて、乃ち服を除き、香を薫し沐浴し、更に他室に帷帳を安施し、言笑して歓悦した。覧は密かに覘い、もはや疑う意がなかった。徐は先に高、嬰と諸婢を呼んで戸内に羅列させた。覧が入ると、徐は戸を出て覧を拝し、すぐに大呼した。高、嬰が俱に出て、共に覧を殺した。余人は外に就いて員を殺した。徐は乃ち縗絰に還り、覧と員の首を奉じて以て翊を祭り、挙軍は震駭した。
現代語訳
孫翊は丹陽太守となり、媯覧はそのとき都督として兵を統率していた。戴員は郡の丞(副官)となり、翊の側近の辺鴻らとともに、たびたび翊を苦しめた。翊が客を見送る機会に、鴻が後ろから翊を斬り殺し、山に逃げこんだ。翊の妻の徐氏は、賞金を懸けて人を募り、鴻を追って捕らえ、これを殺した。媯覧はそこで軍府に入り込み、翊の妾や側近の侍女をすべて奪い、さらに徐氏をも手に入れようとした。徐氏は害されることを恐れ、そこで覧をだまして言った。「月末の晦日まで待ってください。祭りを設けて喪服を脱ぎたいと思います。」覧はこれを聞き入れた。徐氏はひそかに人を遣わして、翊のもと部下の孫高、傅嬰らに事情を伝えさせ、高と嬰は涙を流し、共に謀ることを誓った。晦日になり、徐氏は祭りを終えると、喪服を脱ぎ、香をたいて入浴し、別の部屋に幕を張り、笑い語って楽しそうにした。覧はひそかにのぞき見て、もはや疑わなかった。徐氏はあらかじめ高、嬰と下女たちを部屋の中に並べておいた。覧が入ると、徐氏は戸口に出て覧を拝し、すぐに大声で叫んだ。高と嬰が一緒に出てきて、共に覧を殺した。他の者は外で戴員を殺した。徐氏は喪服に戻り、覧と員の首を捧げて翊を祭り、軍全体が震え上がった。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』雄略・鄒僕妻梁の末、襄州都軍務の鄒景温は職を徐に移され、また都軍の務めを管した。勁僕があり、拳勇を自ら恃み、独り妻と驢を策いて行き、芒、碭の澤の間に至って、大声で言った、「聞く、ここは素より豪客が多いと。どうして一人として吾が曹と勝負を決する者がいないのか。」言い畢ると、五六人の盗が叢薄の間より躍り出た。一人の夫が後ろより双手で交抱し、搏って之を仆し、短刃を抽いて以てその喉を断った。蓋し其の不備を掩ったのである。ただ妻が側にあり、殊に惶駭せず、ただ矯って大呼して言った、「快いかな、今日方に吾が恥を雪いだ。吾は良家の子で、其の俘掠に遭って、ここに致った。誰が神明がないと言うか。」賊は其の誠と謂って殺さず、行李と二驢とともに、驅って南に邁き、五六十里に近づき、亳の北界の達孤荘の南に至って息んだ。荘の門に器甲があり、蓋し近戍の巡警の卒である。この婦は遂に径ちに村人の中堂に入った。盗もまた其の食を謀ると謂って疑わなかった。そこで其の総首に泣いて拝し、且つ其の夫が屠られた状を告げた。総首は潜かに其の徒を召し、一時に執縛した。ただ一盗だけが逸れた。械して亳城に送り、咸な棄市された。婦は襄陽に返り、尼となって終えた。
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