智囊 / 雄略・王翠翹
王翠翹,臨淄妓也。初曰「馬翹兒」,能新聲,善胡琵琶;以計脫假母,而自徙居海上,更今名。倭寇江南,掠翠翹去。寨主徐海越人號明山和尚,絕愛幸之,尊為夫人,凡一切計畫,唯翹指使。乃翹亦陽昵之,實陰幸其敗事,冀一歸國以老也。會督府遣華老人招海降,海怒,縛老人將殺之,翹諫曰:「降不降在君,何與來使事?」親解其縛,而贈之金,且勞苦之。老人者,海上人,翹故識之;而老人亦私覷所謂「王夫人」似翹,不敢泄,歸告督府曰:「賊未可圖也,第所愛幸王夫人者,臣視之,有外心,可借以磔賊耳。」督府曰:「善。」乃更遣羅中軍詣海說,而益市金珠寶玉以陰賄翹。翹日在帳中從容言:「大事必不可成,不如降也。
新字:王翠翹,臨淄妓也。初曰「馬翹児」,能新声,善胡琵琶;以計脱仮母,而自徙居海上,更今名。倭寇江南,掠翠翹去。寨主徐海越人号明山和尚,絶愛幸之,尊為夫人,凡一切計画,唯翹指使。乃翹亦陽昵之,実陰幸其敗事,冀一帰国以老也。会督府遣華老人招海降,海怒,縛老人将殺之,翹諫曰:「降不降在君,何与来使事?」親解其縛,而贈之金,且労苦之。老人者,海上人,翹故識之;而老人亦私覷所謂「王夫人」似翹,不敢泄,帰告督府曰:「賊未可図也,第所愛幸王夫人者,臣視之,有外心,可借以磔賊耳。」督府曰:「善。」乃更遣羅中軍詣海説,而益市金珠宝玉以陰賄翹。翹日在帳中従容言:「大事必不可成,不如降也。
書き下し
王翠翹は、臨淄の妓である。はじめ「馬翹児」と曰い、新声に能く、胡琵琶を善くした。計を以て仮母を脱し、自ら海上に徙り居し、今の名に更めた。倭寇が江南を寇し、翠翹を掠め去った。寨主の徐海は、越人で明山和尚と号し、絶えて愛幸し、尊んで夫人とし、およそ一切の計画は、唯だ翹が指使した。しかし翹もまた陽て昵んだふりをして、実は陰に其の敗事を幸い、一たび国に帰って以て老いることを冀った。たまたま督府が華老人を遣わして海を招降させた。海は怒り、老人を縛って殺そうとしたが、翹は諫めて言った、「降るか降らないかは君にあります。来使の事に何の与りがありましょう。」親ら其の縛を解き、これに金を贈り、また労苦した。老人は海上の人で、翹がもとより識っていた。老人もまた私かに所謂「王夫人」を覷ると翹に似ていたが、敢えて泄らさず、帰って督府に告げた、「賊はまだ図るべきではありません。ただし愛幸する所の王夫人は、臣が視るに外心があります。以て借りて賊を磔にできるでしょう。」督府は言った、「善し。」そこで更に羅中軍を遣わして海に詣でて説かせ、益ます金珠宝玉を市って陰に翹に賄った。翹は日ごとに帳中で従容として言った、「大事は必ず成りません。降る方がよいのです。
現代語訳
王翠翹は、臨淄の妓女である。もとは「馬翹児」と名乗り、新しい歌の曲を得意とし、胡琵琶を上手に弾いた。計略を用いて養母のもとを逃れ、自ら海辺に移り住んで、今の名前に改めた。倭寇が江南を荒らし、翠翹を連れ去った。賊の頭目の徐海は、越の人で明山和尚と呼ばれ、非常に寵愛して夫人として尊び、あらゆる計画はただ翹の指図によった。しかし翹も表向きは親しげなふりをしながら、実は内心では彼が敗れることを願い、いつか故国に帰って老後を過ごしたいと望んでいた。ちょうど総督府が華老人を遣わして徐海に投降を勧めさせた。徐海は怒り、老人を縛って殺そうとしたが、翹は諫めて言った。「降るか降らないかはあなたのお心次第です。使者のことにどんな関係があるでしょう。」自ら縄を解いてやり、金を贈って、ねぎらった。老人は海辺の人で、翹とはもともと知り合いだった。老人もまた、ひそかに「王夫人」を見ると翹に似ていたが、あえて口外せず、帰って総督府に報告した。「賊はまだ討伐してはいけません。ただ、寵愛されている王夫人は、私が見るところ裏切る心があります。彼女を利用して賊を討てるでしょう。」総督は「よし」と言った。そこで改めて羅中軍を遣わして徐海に説得させ、さらに多くの金銀や宝玉を買って、ひそかに翹に贈った。翹は毎日、帳の中で落ち着いて言った。「大事はきっと成功しません。降るほうがよいのです。
解説
この章句が説くこと
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