智囊 / 雄略・冼氏
隋文帝時,番州總管趙訥貪虐,諸狸獠多叛,夫人遣長史上封事,論安撫之宜,並言訥罪狀。上置訥於法,敕夫人招慰亡叛,夫人親載詔書,自稱「使者」,歷十餘州,宣述上意,所至皆降。及卒,諡「誠敬夫人」。
新字:隋文帝時,番州総管趙訥貪虐,諸狸獠多叛,夫人遣長史上封事,論安撫之宜,並言訥罪状。上置訥於法,勅夫人招慰亡叛,夫人親載詔書,自称「使者」,歴十余州,宣述上意,所至皆降。及卒,諡「誠敬夫人」。
書き下し
隋の文帝のとき、番州総管の趙訥は貪虐で、諸狸獠の多くが叛いた。夫人は長史を遣わして封事を上らせ、安撫の宜しきを論じ、あわせて訥の罪状を言った。上は訥を法に置き、夫人に亡叛を招慰することを勅した。夫人は親ら詔書を載せ、自ら「使者」と称し、十余州を歴て、上意を宣述し、至る所みな降った。卒するに及び、諡して「誠敬夫人」とした。
現代語訳
隋の文帝の時代、番州総管の趙訥は貪欲で暴虐だったため、多くの少数民族が反乱を起こした。夫人(冼氏)は長史を遣わして密封の上奏文を提出させ、民を安んじるための適切な方策を論じ、あわせて趙訥の罪状を訴えた。皇帝は趙訥を法で裁き、夫人に逃亡者や反乱者を招き慰めるよう命じた。夫人は自ら詔書を携え、「使者」と名乗って、十州以上を巡り、皇帝の意向を宣べ伝えると、行く先々でみな降伏した。亡くなると、「誠敬夫人」と諡された。
解説
冼氏は、反乱の原因が趙訥の失政にあることを見抜き、処罰を求める一方、鎮撫の方針も同時に提案しました。皇帝の信頼を得て、自ら使者として各地を回り、全域を平定しています。トラブルの責任を現場だけに求めず、上位者の不適切な運営が原因であれば、それを指摘したうえで具体的な解決策を示す姿勢が大切です。問題を報告するだけでなく、自らが実行の責任を引き受けることで、はじめて信頼が築かれます。また、自分を使者と称した点は、個人の権威ではなく、朝廷の意思を代弁する形にして、受け入れる側の抵抗を下げた工夫と読めます。
この章句が説くこと
言訥罪状安撫之宜自称使者誠敬夫人問題解決責任
関連する章句
-
論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
-
論語・憲問篇子曰く、「我を知ること莫きかな。」子貢曰く、「何為れぞ其れ子を知ること莫からんや。」子曰く、「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者は、其れ天か。」
-
論語・季氏篇季氏、将に顓臾を伐たんとす。冉有・季路、孔子に見えて曰く、「季氏、将に顓臾に事有らんとす。」孔子曰く、「求、乃ち爾是れ過てるに無からんや。夫れ顓臾は、昔者先王以て東蒙の主と為し、且つ邦域の中に在り。是れ社稷の臣なり。何を以て伐つことを為さん。」冉有曰く、「夫子之を欲す。吾二臣なる者は、皆欲せざるなり。」孔子曰く、「求、周任言えること有り、曰く、『力を陳べて列に就き、能わざれば止む』と。危うくして持せず、顛れて扶けずんば、則ち将た焉んぞ彼の相を用いん。且つ爾の言過てり。虎兕柙より出で、亀玉櫝中に毀るるは、是れ誰の過ちぞや。」冉有曰く、「今夫の顓臾は、固くして費に近し。今取らずんば、後世必ず子孫の憂いと為らん。」孔子曰く、「求、君子は夫の之を欲すと曰うを舍きて、必ず之が辞を為すを疾む。丘や、聞く、国を有ち家を有つ者は、寡なきを患えずして均しからざるを患え、貧しきを患えずして安からざるを患う、と。蓋し均しければ貧しきこと無く、和すれば寡なきこと無く、安ければ傾くこと無し。夫れ是くの如し。故に遠人服せざれば、則ち文徳を修めて以て之を来す。既に之を来せば、則ち之を安んず。今由と求とは、夫子を相けて、遠人服せずして来すこと能わず、邦分崩離析して守ること能わず、而して干戈を邦内に動かさんことを謀る。吾恐る、季孫の憂いは、顓臾に在らずして、蕭牆の内に在らんことを。」
-
孟子・告子章句下白圭曰く、「丹の水を治むるや、禹より愈れり。」孟子曰く、「子過てり。禹の水を治むるは、水の道なり。是の故に禹は四海を以て壑(たに)と為せり。今吾子は鄰國を以て壑と為す。水逆行する、之を洚水と謂う。洚水とは洪水なり。仁人の惡む所なり。吾子過てり。」
-
『春秋左氏伝』僖公三十三年 一眚を以て大徳を掩わず夏、四月、辛巳、秦の師を殽に敗り、百里孟明視・西乞術・白乙丙を獲て以って歸る。遂に墨して以って文公を葬る。晉是に於いて始めて墨す。文嬴三帥を請ひて曰く、「彼實に吾が二君を構ふ。寡君若し得て之を食らふとも、厭かじ。君何ぞ辱くも討たん。歸りて秦に戮に就かしめ、以って寡君の志を逞(たくま)しうせしめば、若何」と。公之を許す。先軫朝して、秦の囚を問ふ。公曰く、「夫人之を請ふ、吾之を舍せり」と。先軫怒りて曰く、「武夫力めて諸を原に拘へ、婦人暫くにして諸を國に免ず。軍實を墮(こぼ)ちて寇讎を長ず。亡ぶること日無からん」と。顧みずして唾す。公陽處父をして之を追はしむ。諸を河に及べば、則ち舟中に在り。左驂を釋き、公命を以って孟明に贈る。孟明稽首して曰く、「君の惠、纍臣を以って鼓に釁(ちぬ)らず、歸りて秦に戮に就かしむ。寡君の以って戮と為さば、死すとも且つ朽ちず。若し君の惠に從ひて之を免さば、三年にして將に君の賜を拜せんとす」と。秦伯素服して郊次し、師に鄉(むか)ひて哭して曰く、「孤蹇叔に違ひ、以って二三子を辱しむ、孤の罪なり。孟明を替へざるは、孤の過ちなり。大夫何の罪かあらん。且つ吾一眚(いっせい)を以って大德を掩はず」と。狄齊を侵す、晉の喪に因るなり。公邾を伐ち、訾婁(しろう)を取り、以って升陘の役に報ゆ。邾人備へを設けず。秋、襄仲復た邾を伐つ。狄晉を伐ち、箕に及ぶ。
-
『呻吟語』内篇・談道・相責各盡の四字天下の治亂は、只だ「相責各盡」の四字に在るのみ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る