智囊 / 集哲・吳生妓
真定吳生有聲於庠,性不羈。悅某妓,而橐中實無餘錢。妓憐其才,因詢所長,曰:「善樗蒲。」妓乃館生他室中,所遇凡愛樗蒲者,輒令生變姓名與之角,生多勝。因以供生燈火費,妓暇則就生宿,生暇則讀書,後生成進士,欲娶妓,而妓適死,因為制服執喪,葬之以禮,每向人言,則流涕。〔評〕吳生從未出丑,此妓勝汧國夫人多多矣。
新字:真定呉生有声於庠,性不羈。悦某妓,而橐中実無余銭。妓憐其才,因詢所長,曰:「善樗蒲。」妓乃館生他室中,所遇凡愛樗蒲者,輒令生変姓名与之角,生多勝。因以供生灯火費,妓暇則就生宿,生暇則読書,後生成進士,欲娶妓,而妓適死,因為制服執喪,葬之以礼,毎向人言,則流涕。〔評〕呉生従未出丑,此妓勝汧国夫人多多矣。
書き下し
真定の呉生は庠に声有り、性は不羈なり。某妓を悦ぶも、橐中に実に余銭無し。妓其の才を憐れみ、因りて長ずる所を詢うに、曰く、「樗蒲に善し」と。妓乃ち生を他室中に館し、遇う所の凡そ樗蒲を愛する者には、輒ち生をして名を変え姓を変えて之と角せしむ。生は多く勝つ。因りて以て生の燈火の費に供す。妓は暇なれば則ち生に就いて宿し、生は暇なれば則ち書を読む。後に生は進士と成り、妓を娶らんと欲するも、妓適たま死す。因りて為に服を制して喪を執り、之を葬るに礼を以てし、人に言う毎に則ち涕を流す。〔評〕呉生は未だ醜を出ださず。此の妓は汧国夫人に勝ること多多なり。
現代語訳
真定の呉生は学校で名声があり、性格は束縛を嫌った。ある妓女を好きになったが、袋の中に余分な銭がなかった。妓女はその才を惜しみ、得意なことを尋ねると、「賭け事の樗蒲が上手だ」と答えた。そこで妓女は呉生を別の部屋に住まわせ、出会った樗蒲を好む者には、呉生に名と姓を変えて勝負させた。呉生はよく勝った。それによって灯火代などの費用をまかなった。妓女は暇があれば呉生の宿に泊まり、呉生は暇があれば書を読んだ。のちに呉生は進士に合格し、妓女を妻に迎えようとしたが、妓女はちょうど亡くなった。そこで彼女のために喪服を作って喪に服し、礼をもって葬り、人に話すたびに涙を流した。〔評〕呉生は醜態を見せなかった。この妓女は汧国夫人よりはるかに優れている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』集哲・王章妻王章諸生たりしとき、長安に学び、独り妻と居る。章疾病あり、被無く、牛衣の中に臥す。妻と訣れ、涕泣す。其の妻之を呵怒して曰く、「仲卿、廷に在りて、貴人の誰か仲卿に逾ゆる者あらん。今疾病困厄にして、自ら激昂せず、乃ち反って涕泣す。何ぞ鄙しきや」と。後に章位を歴て京兆に至り、封事を上らんと欲す。妻又た之を止めて曰く、「人は当に足るを知るべし。独り牛衣の中に涕泣せし時を念わざるか」と。章曰く、「女子の知る所に非ず」と。書遂に上り、果たして廷尉の獄に下り、妻子皆な収係せらる。章の小女は年十二ばかり、夜起きて号哭して曰く、「平日獄上に囚を呼ぶに、数は常に九に至る。今は八にして止む。我が君は素より剛なり、先に死せる者は必ず君ならん」と。明日之を問えば、章は果たして死せり。〔呉長卿曰く〕「妻は能く生を料り、女は能く死を料る。然りと雖も、其の妻は及ぶべし、其の女は及ぶべからず」と。
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『智囊』集哲・張說女・湖州妓張説の女は盧氏に嫁いだ。女はかつてその舅のために官を求めたが、説は語らず、ただ搘牀の亀を指して示した。帰って夫に告げて言った、「舅は詹事を得られます。」湖州の守が飲餞を設けた。客に木瓜を献ずる者があり、まだ見たことのないものであったので、伝えて客に示した。中使が袖に入れて帰り、「禁中にもまだこれはない。上に進めるべきだ」と言い、まもなく舟を解いて去った。郡守は罪を得ることを懼れ、楽しまず、宴を撤しようとした。官妓で灑糾を作す者が立って守に白して言った、「郎中にはどうぞ存分にお飲みください。私が思いますに、木瓜は一夜を経れば、必ず中流に棄てられるでしょう。」守がその説を問うと、言った、「この物は芳しく脆く、はじめ伝観のとき手で掐んで必ず損なっています。どうして献上できましょう。」たまたま使者を送って還った者が言うには、「果たして潰れ爛れて棄てられました。」守はそこで妓を召して厚く賜った。〔評議〕諺に言う、「智婦は男に勝る。」勝たなくとも及ばないことはない。吾は趙威后ら諸人に「見大」を得、崔敬女、絡秀ら諸人に「遠猶」を得、柳氏の婢に「通簡」を得、侯敏、許允、宰憲英の婦に「游刃」を得、叔向の母、伯宗の妻に「知微」を得、李新声、潘炎の妻らに「億中」を得、王陵、趙括、柴克宏の諸母に「識断」を得、屈原の姊、婁江の妓に「委蛇」を得、王佐の妾に「謬数」を得、李文姫に「権奇」を得、陶侃の母に「霊変」を得、張説の女に「敏悟」を得た。国の祚を経め家を治め、夫を相け子を勖ますその効は、また睹るべきである。
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