智囊 / 集哲・王孫賈母
齊湣王失國,王孫賈從王,失王之處。其母曰:「汝朝出而晚來,則吾倚門而望;汝暮出而不還,則吾倚閭而望。汝今事王,不知王處,汝尚何歸?」賈乃入市呼曰:「從我者」袒!」從者三百人,相與攻殺淖齒,求王子奉之,卒復齊國。〔述評〕不殺淖齒,則樂毅之勢不孤,而興復難於措手,非但仇不共戴天已也。張伯起作《灌園記》傳奇,只譜私歡,而於王孫母子忠義不錄,大失輕重,餘已為改正矣。
新字:斉湣王失国,王孫賈従王,失王之処。其母曰:「汝朝出而晩来,則吾倚門而望;汝暮出而不還,則吾倚閭而望。汝今事王,不知王処,汝尚何帰?」賈乃入市呼曰:「従我者」袒!」従者三百人,相与攻殺淖歯,求王子奉之,卒復斉国。〔述評〕不殺淖歯,則楽毅之勢不孤,而興復難於措手,非但仇不共戴天已也。張伯起作《灌園記》伝奇,只譜私歓,而於王孫母子忠義不録,大失軽重,余已為改正矣。
書き下し
斉の湣王国を失い、王孫賈王に従うも、王の処を失う。其の母曰く、「汝朝に出でて晩に来たらば、則ち吾れ門に倚りて望む。汝暮に出でて還らざれば、則ち吾れ閭に倚りて望む。汝今王に事えて、王の処を知らず、汝尚お何くにか帰らん」と。賈乃ち市に入りて呼びて曰く、「我に従う者は袒げ」と。従う者三百人、相与に淖歯を攻め殺し、王子を求めて之を奉じ、卒に斉国を復す。〔述評〕淖歯を殺さざれば、則ち楽毅の勢い孤ならず、而して興復は手を措くに難し。但だ仇の共に天を戴かざるのみに非ざるなり。張伯起『灌園記』の伝奇を作り、只だ私歓を譜して、王孫母子の忠義を録せず、大いに軽重を失す。余已に為に改正せり。
現代語訳
斉の湣王が国を失い、王孫賈は王に従っていたが、王の居場所を見失った。その母は言った。「あなたが朝に出て夜に帰れば、私は門に寄りかかって待ちました。夕方に出て帰らなければ、里の門に寄りかかって待ちました。今、あなたは王に仕えながら王の居場所を知らない。それでどこへ帰るつもりですか」。賈はそこで市に入って呼びかけた。「私に従う者は肩を脱げ」。従う者が三百人集まり、皆で淖歯を攻め殺し、王子を探し出して奉じ、ついに斉の国を回復した。〔述評〕淖歯を殺さなければ、楽毅の勢いは孤立せず、国の復興は手の付けようがなかった。単に仇と同じ天の下に生きられないからだけではない。張伯起は『灌園記』という戯曲を作ったが、ただ私的な愛情ばかりを描いて、王孫母子の忠義を記さず、軽重を大きく誤った。私はすでにそのために改めた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『智囊』威克・楊守禮嘉靖の間、直隷の安州、地震の大変に値う。州の人は乱に乗じて搶殺し、目に官法無し。上司は風を聞いて畏れ避け、出ずる所を知る莫し。楊少保南澗公は家食して已に二十余年なり。期に先んじて示を出し、暁すに朝廷の法律を以てす。二日を越えて、乱は故の如し。公乃ち牛皮帳に升り、家丁を用い、地方の事を知る者を率い、首乱の四人を撃斬し、其の頭を城の四門に懸く。乱は遂に定まる。〔李彦和云う、〕「公は雄略を抱くと雖も、倘し死生利害の念、一たび中に萌せば、則ち其の位に在らずして便宜に事を行わんと欲するも、浩然の気は索然として餒えざらんや。此れ豪傑の大作用にして、拘儒と道い難し」と。
-
史記 呉王濞列伝当に賜ふべき者有らば寡人に告げよ。寡人且に往きて之を遺らんとす。敬みて以て聞す」と。七国反するの書天子に聞す。天子乃ち太尉条侯周亜夫をして三十六将軍を将ゐて、往きて呉楚を撃たしむ。曲周侯酈寄を遣はして趙を撃たしむ。将軍欒布斉を撃つ。大将軍竇嬰滎陽に屯し、斉趙の兵を監す。呉楚反するの書聞す。兵未だ発せず、竇嬰未だ行かざるに、故の呉の相袁盎を言ふ。盎時に家居す。詔して召して入見せしむ。上方に晁錯と兵を調へ軍食を笇ふ。上袁盎に問ひて曰く、「君嘗て呉の相為り。呉の臣田禄伯の人と為りを知るか。今呉楚反す。公に於て何如」と。対へて曰く、「憂ふるに足らざるなり。今破れん」と。上曰く、「呉王山に即きて銭を鋳、海水を煮て塩と為し、天下の豪桀を誘ひ、白頭にして事を挙ぐ。此の若くんば、其の計百全ならずんば、豈に発せんや。何を以て其の能く為す無しと言ふや」と。袁盎対へて曰く、「呉に銅塩の利有るは則ち之有り。安くんぞ豪桀を得て之を誘はん。誠に呉をして豪桀を得しめば、亦且に王を輔けて義を為さんとし、反せざらん。呉の誘ふ所は皆無頼の子弟、亡命して銭を鋳る姦人なり。故に相率ゐて以て反す」と。晁錯曰く、「袁盎の之を策すること善し」と。上問ひて曰く、「計安くにか出づる」と。盎対へて曰く、「願はくは左右を屏けよ」と。上人を屏く。独り錯在り。盎曰く、「臣の言ふ所は、人臣知るを得ざるなり」と。乃ち錯を屏く。錯趨りて東廂に避け、恨むこと甚だし。上卒に盎に問ふ。盎対へて曰く、「呉楚相遺る書に曰く、『高帝子弟を王とし各々分地有り。今賊臣晁錯擅に諸侯を適過し、之が地を削奪す』と。故に反するを以て名と為し、西して共に晁錯を誅し、故地を復して罷めんとす。方今の計は、独り晁錯を斬り、使を発して呉楚七国を赦し、其の故の削地を復せば、則ち兵は刃に血ぬること無くして倶に罷むべし」と。是に於て上嘿然たること良久しくして、曰く、「顧ふに誠に何如。吾一人を愛しみて以て天下に謝せざらんや」と。盎曰く、「臣の愚計は此に出づる無し。願はくは上之を孰計せよ」と。
-
説苑・君道高宗なる者は武丁なり、高くして之を宗とす、故に高宗と号す。成湯の後、先王の道欠け、刑法違犯せられ、桑穀倶に朝に生じ、七日にして大いに拱す。武丁其の相を召して之を問う。其の相曰く、「吾之を知ると雖も、吾言うを得ざるなり。之を祖己に聞く、桑穀なる者は野草なり、而して朝に生ず、意うに国亡びんとするか」と。武丁恐駭し、身を飭め行いを修め、先王の政を思い、滅国を興し絶世を継ぎ、逸民を挙げ、養老を明らかにす。三年の後、蛮夷重訳して朝する者七国、此を之れ存亡継絶の主と謂う、是を以て高くして之を尊ぶなり。
-
史記 扁鵲倉公列伝一熊有りて我を援かんと欲す。帝我に命じて之を射しむ。熊に中り、熊死す。羆有りて来る。我又之を射る。羆に中り、羆死す。帝甚だ喜び、我に二笥を賜ふ。皆副有り。吾児の帝の側に在るを見る。帝我に一翟犬を属して曰く、『而の子の壮なるに及びて以て之に賜へ』と。帝我に告ぐ、『晋国且に世々衰へ、七世にして亡びんとす。嬴姓将に大いに周人を范魁の西に敗らんとするも、而も亦有つ能はざるなり』と」と。董安于言を受け、書して之を蔵す。扁鵲の言を以て簡子に告ぐ。簡子扁鵲に田四万畝を賜ふ。
-
説苑・奉使秦楚兵を轂う。秦王人をして楚に使いせしむ。楚王人をして之を戲れしめて曰く、「子來るに亦た之を卜せしか。」對えて曰く、「然り。」「卜して何をか謂うや。」對えて曰く、「吉なり。」楚人曰く、「噫、甚だしいかな、子の國良龜無きなり。王將に子を殺して以て鐘に釁らんとす、其の吉なること如何。」使者曰く、「秦楚兵を轂う、吾が王我をして先んじて窺わしむ。我死して還らずんば、則ち吾が王警戒を知り、兵を整齊して以て楚に備う。是れ吾が所謂吉なり。且つ死者にして知無くんば、又た何ぞ鐘に釁らん。死者にして知有らば、吾豈に秦を錯きて楚を相みんや。我將に楚の鐘鼓をして聲無からしめんとす。鐘鼓聲無くんば則ち將に其の士卒を整齊して君の軍を理むる無からんとす。夫れ人の使いを殺し、人の謀を絕つは、古の通議に非ざるなり。子大夫試みに熟ら之を計れ。」使者以て楚王に報ず。楚王之を赦す。此れを之れ「造命」と謂う。
-
史記 陳丞相世家漢王大いに怒りて罵る、陳平漢王を躡む。漢王も亦た悟り、乃ち厚く斉の使を遇し、張子房をして卒に信を立てて斉王と為さしむ。平を封ずるに戸牖郷を以てす。其の奇計策を用ひ、卒に楚を滅ぼす。常に護軍中尉を以て従ひて燕王臧荼を定む。漢六年、人の上書して楚王韓信の反くを告ぐる者有り。高帝諸将に問ふ、諸将曰く、「亟やかに兵を発して豎子を阬にせんのみ」と。高帝黙然たり。陳平に問ふ、平固く辞謝して、曰く、「諸将は云何」と。上具に之を告ぐ。陳平曰く、「人の上書して信の反くを言ふ、之を知る者有るか」と。曰く、「未だ有らず」と。曰く、「信之を知るか」と。曰く、「知らず」と。陳平曰く、「陛下の精兵は楚に孰与ぞ」と。上曰く、「過ぐる能はず」と。平曰く、「陛下の将の兵を用ふるに能く韓信に過ぐる者有るか」と。上曰く、「及ぶ莫きなり」と。平曰く、「今兵は楚の精に如かず、而して将は及ぶ能はず、而して兵を挙げて之を攻むるは、是れ之に戦ひを趣すなり、窃かに陛下の為に之を危ぶむ」と。上曰く、「之を為すこと奈何」と。平曰く、「古者天子巡狩し、諸侯を会す。南方に雲夢有り、陛下弟だ出でて偽りて雲夢に遊び、諸侯を陳に会せよ。陳は、楚の西界なり、信天子の好を以て出遊するを聞かば、其の勢必ず事無くして郊迎し謁せん。謁せば、而して陛下因りて禽にせよ、此れ特だ一力士の事のみ」と。高帝以て然りと為し、乃ち使を発して諸侯に陳に会せんことを告げしむ、「吾将に南のかた雲夢に遊ばんとす」と。上因りて随ひて以て行く。行きて未だ陳に至らざるに、楚王信果たして道中に郊迎す。高帝豫め武士を具へ、信の至るを見て、即ち之を執縛し、後車に載す。信呼びて曰く、「天下已に定まる、我固より当に烹らるべし」と。高帝顧みて信に謂ひて曰く、「若声すること毋かれ。而の反くこと、明らかなり」と。武士反接す。遂に諸侯に陳に会し、尽く楚の地を定む。還りて雒陽に至り、信を赦して以て淮陰侯と為し、而して功臣と符を剖きて封を定む。是に於て平と符を剖き、世世絶ゆること勿からしめ、戸牖侯と為す。平辞して曰く、「此れ臣の功に非ざるなり」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る