智囊 / 武案・晁錯
帝王之道,出於萬全,今降胡義渠來歸者數千,長技與匈奴同,可賜之堅甲利兵,益以邊郡之良騎;平地通道,則以輕車材官制之,兩軍相為表裡,此萬全之術也。」錯又上言:「胡貉之人,其性耐寒;揚粵之人,其性耐暑。秦之戍卒,不耐水土,見行如往棄市,陳勝先倡,天下從之者,秦以威劫而行之之敝也。不如選常居者為室庐、具田器,以便為城塹丘邑,募民免罪拜爵,復其家,予衣廩。胡人入驅而能止所驅者,以其半予之,如是則邑里相救助,赴胡不避死,非以德上也。欲生親戚而利其財也,此與東方之戍卒,不習地勢而心畏胡者,功相萬也。」上從其言,募民徙塞下。〔評〕萬世制虜之策,無能出其範圍。
新字:帝王之道,出於万全,今降胡義渠来帰者数千,長技与匈奴同,可賜之堅甲利兵,益以辺郡之良騎;平地通道,則以軽車材官制之,両軍相為表裡,此万全之術也。」錯又上言:「胡貉之人,其性耐寒;揚粵之人,其性耐暑。秦之戍卒,不耐水土,見行如往棄市,陳勝先倡,天下従之者,秦以威劫而行之之敝也。不如選常居者為室庐、具田器,以便為城塹丘邑,募民免罪拝爵,復其家,予衣廩。胡人入駆而能止所駆者,以其半予之,如是則邑里相救助,赴胡不避死,非以徳上也。欲生親戚而利其財也,此与東方之戍卒,不習地勢而心畏胡者,功相万也。」上従其言,募民徙塞下。〔評〕万世制虜之策,無能出其範囲。
書き下し
帝王の道は、万全に出づ。今降胡の義渠の来帰する者数千、長技は匈奴と同じ。之に堅甲利兵を賜い、益すに辺郡の良騎を以てすべし。平地通道ならば、則ち軽車材官を以て之を制し、両軍相い表裏と為す。此れ万全の術なり」と。錯又た上言す。「胡貉の人は、其の性寒に耐う。揚粤の人は、其の性暑に耐う。秦の戍卒は、水土に耐えず。行くを見ること棄市に往くが如く、陳勝先に倡えて、天下の従う者は、秦の威を以て劫して之を行うの敝なり。如かず、常居の者を選び、室廬を為し、田器を具え、便を以て城塹丘邑を為り、民を募りて罪を免じ爵を拝し、其の家を復し、衣廩を予うるに。胡人入りて駆り、能く駆る所を止むる者は、其の半ばを以て之に予う。是くのごとくば則ち邑里相い救助し、胡に赴きて死を避けず。徳を以て上するに非ず。親戚を生かして其の財を利するを欲すればなり。此れ東方の戍卒の、地勢に習わずして胡を心に畏るる者と、功は相い万なり」と。上其の言に従い、民を募りて塞下に徙す。〔評〕万世の虜を制するの策、能く其の範囲を出づる無し。
現代語訳
帝王の道は、万全を期すことから出ます。今、降伏した胡の義渠の人で帰順した者が数千おり、その得意な技は匈奴と同じです。彼らに堅い鎧と鋭い武器を与え、辺境の郡の良い騎兵を加えるべきです。平地で道が通じているなら、軽い戦車と材官でこれを制し、両軍が互いに表裏をなすようにします。これが万全の術です」と。錯はまた上言した。「胡や貉の人は、寒さに耐える性質です。揚越の人は暑さに耐える性質です。秦の守備兵は、その土地の水と土に慣れていませんでした。行くのは刑場に向かうようで、陳勝が最初に蜂起すると、天下の人々が従ったのは、秦が威で脅して人を行かせる弊害のためです。むしろ、辺境に常住する者を選び、家を造り、農具を備え、便利なように城や堀や丘邑を作り、民を募って罪を免じ爵位を授け、その家の税を免じ、衣食を支給するのがよいでしょう。胡人が入って略奪したときに、略奪された物を取り戻せた者には、その半分を与えます。そうすれば村々は互いに救い合い、胡に向かって死を恐れません。君主の徳に報いるためではなく、親族を生かして自分の財を守りたいからです。これは東方の守備兵が、土地の事情に慣れず胡を心に恐れるのと比べ、効果は万倍の差があります」と。皇帝はその言葉に従い、民を募って塞の下に移住させた。〔評〕万世にわたり、異民族を制する策は、この範囲を出ない。
解説
この章句が説くこと
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