智囊 / 武案・李勣
薛延陀教習步戰,每五人,以一人經習戰陣者使執馬,而四人前戰。克勝,即援馬以追奔;失於應接,罪至死,沒其家口,以賞戰人。及入寇,李勣拒之。延陀弓矢俱發,傷我戰馬。勣令去馬步戰,率長矟數百為隊,齊奮以衝之。其眾潰散。薛萬徹率數千騎,收其執馬者,眾失馬,莫知所從,遂大敗。
新字:薛延陀教習歩戦,毎五人,以一人経習戦陣者使執馬,而四人前戦。克勝,即援馬以追奔;失於応接,罪至死,没其家口,以賞戦人。及入寇,李勣拒之。延陀弓矢倶発,傷我戦馬。勣令去馬歩戦,率長矟数百為隊,斉奮以衝之。其衆潰散。薛万徹率数千騎,収其執馬者,衆失馬,莫知所従,遂大敗。
書き下し
薛延陀、歩戦を教習す。毎に五人にして、一人の戦陣を経習する者を以て馬を執らしめ、四人は前みて戦う。克勝すれば、即ち馬を援きて以て奔るを追う。応接に失すれば、罪は死に至り、其の家口を没して、以て戦人に賞す。入寇するに及び、李勣之を拒ぐ。延陀の弓矢倶に発し、我が戦馬を傷つく。勣、馬を去りて歩戦せしめ、長矟数百を率いて隊と為し、斉しく奮いて以て之を衝く。其の衆潰散す。薛万徹、数千騎を率い、其の馬を執る者を収む。衆馬を失い、従う所を知らず、遂に大いに敗る。
現代語訳
薛延陀は歩兵戦を訓練していた。毎回、五人一組で、戦陣に慣れた一人に馬を持たせ、四人が前に進んで戦う。勝てば、馬を引いて逃げる敵を追う。連携に失敗すれば罪は死に至り、その家族は没収されて戦った者への恩賞とされる。侵入してきたとき、李勣がこれを迎え撃った。薛延陀の弓矢が一斉に飛び、我が軍の戦馬を傷つけた。勣は馬を降りて歩いて戦わせ、長い矛を持つ数百人を隊にして、一斉に奮って突き破った。その軍は崩れて散った。薛万徹は数千騎を率い、敵の馬を預かる者たちを捕らえて収めた。敵の兵は馬を失い、どこへ従うべきかを知らず、ついに大敗した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孟子・滕文公章句上神農の言を為す者許行有り。楚より滕に之き、門に踵りて文公に告げて曰く、「遠方の人、君の仁政を行ふを聞く。願はくは一廛を受けて氓と為らん。」文公之に処を与ふ。其の徒数十人、皆褐を衣、屨を捆ち、席を織りて以て食を為す。陳良の徒陳相と其の弟辛と、耒耜を負ひて宋より滕に之く。曰く、「君聖人の政を行ふと聞く。是れ亦た聖人なり。願はくは聖人の氓と為らん。」陳相許行を見て大いに悦び、尽く其の学を棄てて焉に学ぶ。陳相孟子に見え、許行の言を道ひて曰く、「滕君は則ち誠に賢君なり。然りと雖も、未だ道を聞かざるなり。賢者は民と并び耕して食ひ、饔飧して治む。今や滕に倉廩府庫有り、則ち是れ民を厲まして以て自ら養ふなり。悪くんぞ賢なるを得ん。」孟子曰く、「許子は必ず粟を種ゑて而る後に食ふか。」曰く、「然り。」「許子は必ず布を織りて而る後に衣るか。」曰く、「否。許子は褐を衣る。」「許子は冠するか。」曰く、「冠す。」曰く、「奚をか冠する。」曰く、「素を冠す。」曰く、「自ら之を織るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」曰く、「許子奚為れぞ自ら織らざる。」曰く、「耕すに害あればなり。」曰く、「許子は釜甑を以て爨ぎ、鉄を以て耕すか。」曰く、「然り。」「自ら之を為るか。」曰く、「否。粟を以て之に易ふ。」「粟を以て械器に易ふる者は、陶冶を厲ますと為さず。陶冶も亦た其の械器を以て粟に易ふる者、豈に農夫を厲ますと為さんや。且つ許子何ぞ陶冶を為し、舎皆諸を其の宮中に取りて之を用ひざる。何為れぞ紛紛然として百工と交易する。何ぞ許子の煩はしきを憚らざる。」曰く、「百工の事は、固より耕し且つ為す可からざるなり。」「然らば則ち天下を治むるは独り耕し且つ為す可けんや。大人の事有り、小人の事有り。且つ一人の身にして、百工の為す所備はる。如し必ず自ら為りて而る後に之を用ひば、是れ天下を率ゐて路せしむるなり。故に曰く、或いは心を労し、或いは力を労す。心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる。
-
『墨子』尚賢中然らば則ち天の能を使いし所の者は誰ぞや。曰く、昔者の禹・稷・臯陶の若き是れなり。何を以て其の然るを知るや。先王の書、呂刑、之を道いて曰く、「皇帝、清く下民に問う。苗に辭有り、曰く、『羣后の逮ぶこと下に在り、明明として常を棐け、鰥寡も盖わるる無し。徳の威、維れ威、徳の明、維れ明なり』と。乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷は典を降して、民を折くに維れ刑を以てす。禹は水土を平らげ、名山川を主る。稷は播種を降して、嘉榖を農殖す。三后、功を成し、維れ民に殷んなり」と。
-
『墨子』耕柱治徒娛・縣子碩、子墨子に問いて曰く、「義を為すに孰れをか大務と為す」と。子墨子曰く、「譬えば牆を築くが若く然り。能く築く者は築き、能く壤を實つる者は壤を實て、能く掀ぐる者は掀げ、然る後に牆成る。義を為すも猶お是のごときなり。能く談辯する者は談辯し、能く書を説く者は書を説き、能く事に従う者は事に従い、然る後に義事成る」と。
-
『学問のすゝめ』三編・一身独立して一国独立すること・権義あればしたがって職分ありもとより国の政をなす者は政府にて、その支配を受くる者は人民なれども、こはただ便利のために双方の持ち場を分かちたるのみ。一国全体の面目にかかわることに至りては、人民の職分として政府のみに国を預け置き、傍よりこれを見物するの理あらんや。すでに日本国の誰、英国の誰と、その姓名の肩書に国の名あれば、その国に住居し、起居眠食、自由自在なるの権義あり。すでにその権義あれば、またしたがってその職分なかるべからず。
-
論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。
-
論語・子路篇樊遅、稼を学ばんことを請う。子曰く、「吾老農に如かず。」圃を為るを学ばんことを請う。曰く、「吾老圃に如かず。」樊遅出づ。子曰く、「小人なるかな、樊須や。上礼を好めば、則ち民敢えて敬せざること莫し。上義を好めば、則ち民敢えて服せざること莫し。上信を好めば、則ち民敢えて情を用いざること莫し。夫れ是くの如くんば、則ち四方の民、其の子を襁負して至らん。焉んぞ稼を用いん。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る