智囊 / 武案・賀若弼・崔乾祐
隋兵與陳師戰,退走數四,賀若弼輒縱煙以自隱。哥舒翰追賊入隘道,賊乘高下木石,擊殺甚眾。翰以氈車駕馬為前驅,欲以衝賊。會東風暴急,賊將崔乾祐以草車數十乘,塞氈車之前,縱火焚之,煙所被,官軍不能開目,妄自相殺。
新字:隋兵与陳師戦,退走数四,賀若弼輒縦煙以自隠。歌舒翰追賊入隘道,賊乗高下木石,撃殺甚衆。翰以氈車駕馬為前駆,欲以衝賊。会東風暴急,賊将崔乾祐以草車数十乗,塞氈車之前,縦火焚之,煙所被,官軍不能開目,妄自相殺。
書き下し
隋兵、陳の師と戦う。退き走ること数四、賀若弼、輒ち煙を縦ちて以て自ら隠す。哥舒翰、賊を追いて隘道に入る。賊は高きに乗じて木石を下し、擊殺すること甚だ衆し。翰、氈車に馬を駕して前駆と為し、以て賊を衝かんと欲す。会たま東風暴かに急なり。賊将の崔乾祐、草車数十乗を以て氈車の前に塞ぎ、火を縦ちて之を焚く。煙の被る所、官軍は目を開く能わず、妄りに自ら相殺す。
現代語訳
隋の軍は陳の軍と戦った。退いては走ることを何度も繰り返し、賀若弼はそのたびに煙を放って自軍の姿を隠した。哥舒翰は賊を追って狭い道に入った。賊は高所に拠って木や石を落とし、討ち殺した数は非常に多かった。翰は毛氈を張った車に馬をつけて先駆けとし、賊を突き破ろうとした。折悪しく東風が突然激しくなった。賊将の崔乾祐は、草を積んだ車数十台を毛氈の車の前にふさぎ、火を放って焼いた。煙を浴びた官軍は目を開けられず、むやみに同士討ちをした。
解説
煙は、使い方次第で味方を守る盾にも、自軍を襲う害にもなります。賀若弼は、退却のたびに煙を放って撤退の姿を隠し、被害を抑えました。一方の哥舒翰は、毛氈の車で突撃しようとした矢先、風向きの変化で、崔乾祐の草車の火と煙を逆に浴びて、同士討ちに陥ります。自然条件や環境の変化を計算に入れたかどうかが、勝敗を分けました。現代でも、同じ手法が状況によって逆効果になることは珍しくありません。市場や社内の風向き、つまり前提条件を見直さずに新しい施策を押し進めると、味方が混乱します。実施前の条件確認が要ります。
この章句が説くこと
煙東風草車同士討ち環境変化判断
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