智囊 / 武案・王濬・王彥章
吳人於江磧要害處,並以鐵鎖橫截之;又作鐵錐,長丈餘,暗置江中,以逆拒舟艦,濬作大筏數十,方百餘步,令善水者以筏先行,遇鐵錐,錐輒著筏而去,又作大炬,灌以麻油,遇鎖燃炬燒之,須臾熔液斷絕,舟行無礙。晉王盡有河北,以鐵鎖斷德勝口,築河南、北為兩城,號「夾寨」。王彥章受命至滑州,置酒大會,陰遣人具舟於楊村,命甲士六百人,皆持巨斧,載冶者,具鞲炭,乘流而下。彥章會飲酒半,佯醉,起更衣,引精兵千,沿河以趨德勝。舟兵舉火熔鎖,因以巨斧斬斷浮橋,而彥章引兵急擊南城,遂破之。
新字:呉人於江磧要害処,並以鉄鎖横截之;又作鉄錐,長丈余,暗置江中,以逆拒舟艦,濬作大筏数十,方百余歩,令善水者以筏先行,遇鉄錐,錐輒著筏而去,又作大炬,灌以麻油,遇鎖燃炬焼之,須臾熔液断絶,舟行無礙。晋王尽有河北,以鉄鎖断徳勝口,築河南、北為両城,号「夾寨」。王彦章受命至滑州,置酒大会,陰遣人具舟於楊村,命甲士六百人,皆持巨斧,載冶者,具鞲炭,乗流而下。彦章会飲酒半,佯酔,起更衣,引精兵千,沿河以趨徳勝。舟兵舉火熔鎖,因以巨斧斬断浮橋,而彦章引兵急撃南城,遂破之。
書き下し
呉人、江磧の要害の処に於いて、並びに鉄鎖を以て之を横截す。又た鉄錐を作り、長さ丈余、暗に江中に置き、以て舟艦を逆拒す。濬、大筏数十を作る。方は百余歩、善く水する者をして筏を以て先行せしむ。鉄錐に遇えば、錐は輒ち筏に著きて去る。又た大炬を作り、灌ぐに麻油を以てし、鎖に遇えば炬を燃やして之を焼く。須臾にして熔液断絶し、舟行くに礙げ無し。晋王、尽く河北を有ち、鉄鎖を以て徳勝口を断ち、河の南北に築きて両城と為し、号して夾寨と曰う。王彦章、命を受けて滑州に至り、酒を置きて大いに会す。陰かに人を遣わし舟を楊村に具え、甲士六百人に命じ、皆な巨斧を持たせ、冶者を載せ、鞲炭を具え、流れに乗りて下らしむ。彦章、会飲の半ば、佯り酔いて、起ちて更衣し、精兵千を引き、河に沿いて以て徳勝に趨く。舟兵火を挙げて鎖を熔かし、因りて巨斧を以て浮橋を斬断す。而して彦章は兵を引いて急に南城を撃ち、遂に之を破る。
現代語訳
呉の人は、長江の浅瀬の要所に、鉄の鎖を横に張って川を遮った。また鉄の錐を作り、長さ一丈余、水中に隠して置き、舟艦を逆から防いだ。王濬は大きな筏を数十作った。大きさは百余歩四方で、水に巧みな者に筏で先に進ませた。鉄の錐に出会うと、錐は筏に突き刺さって持ち去られた。また大きな松明を作り、麻の油を注ぎ、鎖に出会うと松明を燃やして焼いた。たちまち鎖は溶けて切れ、船の進行に障りがなくなった。晋王(李存勗)は河北をすべて領有し、鉄の鎖で徳勝口をふさぎ、黄河の南北に築いて二つの城とし、夾寨と呼んだ。王彦章は命を受けて滑州に至り、酒宴を開いて大いに集まった。ひそかに人を遣わして楊村に舟を用意させ、甲士六百人に命じ、皆、大きな斧を持たせ、鍛冶師を載せ、吹子と炭を備えて、流れに乗って下らせた。彦章は宴会の半ばに酔ったふりをして、席を立って着替えると言い、精兵千を率い、河に沿って徳勝に向かった。舟の兵は火を挙げて鎖を溶かし、大きな斧で浮橋を断ち切った。そして彦章は兵を率いて急に南城を攻め、ついに破った。
解説
この章句が説くこと
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孫子・用間篇微なるかな、微なるかな。間を用いざる所無し。間事未だ発せずして先ず聞こゆれば、間と告げられし所の者と皆死す。
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『韓非子』外儲説右上第三十四是の日に於てや、郎中尽く之を知る。是の月に於てや、境内尽く之を知る。王樗里疾を召して曰く、「是れ何ぞ匈匈たるや、何に道りて出づる」と。樗里疾曰く、「犀首に似たり」と。王曰く、「吾犀首と言ふ無きなり、其れ犀首は何ぞや」と。樗里疾曰く、「犀首や羈旅にして、新たに罪に抵す、其の心孤なり、是の言は自ら衆に嫁するなり」と。王曰く、「然り」と。人をして犀首を召さしむるに、已に諸侯に逃れたり。堂谿公昭侯に謂ひて曰く、「今千金の玉巵有り、通じて当無し、以て水を盛る可きか」と。昭侯曰く、「不可なり」と。「瓦器有りて漏れず、以て酒を盛る可きか」と。昭侯曰く、「可なり」と。対へて曰く、「夫れ瓦器は、至賤なり、漏れざれば、以て酒を盛る可し。千金の玉巵有りと雖も、至貴にして当無く、漏るれば、水を盛る可からず、則ち人孰か漿を注がんや。今人の主と為りて其の羣臣の語を漏らすは、是れ猶ほ当無きの玉巵のごときなり。聖智有りと雖も、其の術を尽くす莫きは、其の漏るるが為なり」と。昭侯曰く、「然り」と。昭侯堂谿公の言を聞き、此れより後、天下の大事を発せんと欲すれば、未だ嘗て独り寝ねずんばあらず、夢言して人をして其の謀を知らしむるを恐るるなり。一に曰く、堂谿公昭侯に見えて曰く、「今白玉の巵有りて当無く、瓦巵有りて当有り。君渇せば、将に何を以て飲まんとする」と。君曰く、「瓦巵を以てせん」と。堂谿公曰く、「白玉の巵美にして君以て飲まざる者は、其の当無きを以てか」と。君曰く、「然り」と。堂谿公曰く、「人主と為りて其の羣臣の語を漏泄するは、譬へば猶ほ玉巵の当無きがごとし」と。堂谿公見ゆる毎に出づれば、昭侯必ず独り臥す、惟だ夢言の妻妾に泄れんことを恐る。申子曰く、「独り視る者を明と謂ひ、独り聴く者を聡と謂ふ。
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