智囊 / 武案・孟宗政
孟宗政權棗陽軍。金完顏訛可擁步騎薄城。宗政囊糠盛沙以覆樓棚,列甕瀦水以隄火。募炮手擊之,一炮輒殺數人。金人選精騎二千,號「弩子手」,擁雲梯、天橋先登,又募鑿銀礦石工,晝夜陷城。運茅葦,直抵圜樓下,欲焚樓。宗政先毀樓,掘深坑防地道,創戰棚防城隕,穿阱才透,即施毒煙烈火,鼓鞲以薰之。金人窒,以濕氈析路以刳土,城頹樓陷。宗政撤樓益薪,架火山以絕其路,列勇士,以長槍勁弩備其衝,距樓陷所亟築偃月城,袤百餘尺,翼傅正城,深坑培仞,躬督役,五日而成,金人卒不得志。
新字:孟宗政権棗陽軍。金完顔訛可擁歩騎薄城。宗政嚢糠盛沙以覆楼棚,列甕瀦水以堤火。募炮手撃之,一炮輒殺数人。金人選精騎二千,号「弩子手」,擁雲梯、天橋先登,又募鑿銀礦石工,昼夜陥城。運茅葦,直抵圜楼下,欲焚楼。宗政先毀楼,掘深坑防地道,創戦棚防城隕,穿阱才透,即施毒煙烈火,鼓鞲以薫之。金人窒,以湿氈析路以刳土,城頽楼陥。宗政撤楼益薪,架火山以絶其路,列勇士,以長槍勁弩備其衝,距楼陥所亟築偃月城,袤百余尺,翼傅正城,深坑培仞,躬督役,五日而成,金人卒不得志。
書き下し
孟宗政、棗陽軍を権す。金の完顔訛可、歩騎を擁して城に薄る。宗政、糠を囊にし沙を盛りて以て楼棚を覆い、甕を列ねて水を瀦え以て火を隄ぐ。炮手を募りて之を撃たしめ、一炮ごとに輒ち数人を殺す。金人、精騎二千を選び、号して弩子手と曰い、雲梯、天橋を擁して先登す。又た銀礦石を鑿つ工を募り、昼夜城を陥れんとす。茅葦を運び、直ちに圜楼の下に抵り、楼を焚かんと欲す。宗政、先に楼を毀ち、深坑を掘りて地道を防ぎ、戦棚を創りて城の隕るるを防ぎ、阱を穿つこと才かに透れば、即ち毒煙烈火を施し、鞲を鼓して以て之を薫す。金人窒がり、湿氈を以て路を析き土を刳く。城頽れ楼陥つ。宗政、楼を撤して薪を益し、火山を架して以て其の路を絶つ。勇士を列ね、長槍勁弩を以て其の衝に備え、楼陥の処を距つること亟やかに偃月城を築く。袤百余尺、翼として正城に傅く。深坑培仞、躬ら役を督し、五日にして成る。金人卒に志を得ず。
現代語訳
孟宗政は棗陽軍の長官代理を務めた。金の完顔訛可は、歩兵と騎兵を率いて城に迫った。宗政は、糠を袋に詰め砂を盛って楼や足場を覆い、甕を並べて水をためて火に備えた。砲手を募ってこれを撃たせると、一発ごとに数人を殺した。金軍は精鋭の騎兵二千を選び、弩子手と呼んで、雲梯や天橋を持たせて先に登らせた。また銀鉱の石を掘る工人を募り、昼夜を問わず城を陥れようとした。茅や葦を運び、まっすぐ円い楼の下まで来て、楼を焼こうとした。宗政は先に楼を壊し、深い穴を掘って地下道を防ぎ、戦棚を作って城壁の崩落に備え、穴が貫通するやいなや、毒煙と烈火を放ち、吹子を動かしていぶした。金軍は息が詰まり、濡れた毛氈で道を分けて土をえぐった。城は崩れ楼が陥ちた。宗政は楼を取り払って薪を足し、火の山を築いて敵の道を断った。勇士を並べ、長槍と強い弩で攻め口に備え、楼が陥ちた場所から離れたところに急いで半月形の城を築いた。長さ百余尺、翼のように本城に接し、深い堀と高い壁を備え、自ら工事を督励し、五日で完成した。金軍はついに目的を果たせなかった。
解説
この章句が説くこと
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史記 項羽本紀今関に入りて、財物取る所無く、婦女幸する所無し、此れ其の志小に在らず。吾人をして其の気を望ましむるに、皆龍虎を為し、五采を成す、此れ天子の気なり。急ぎ撃ちて失ふ勿かれ。」と。楚の左尹項伯は、項羽の季父なり、素より留侯張良に善し。張良是の時沛公に従ふ、項伯乃ち夜馳せて沛公の軍に之き、私かに張良に見え、具に告ぐるに事を以てし、張良を呼びて与に倶に去らんと欲す。曰く、「倶に死する毋かれ。」と。張良曰く、「臣韓王の為に沛公を送る、沛公今事急有り、亡げ去るは不義なり、語らざるべからず。」と。良乃ち入りて、具に沛公に告ぐ。沛公大いに驚きて、曰く、「之を為すこと柰何(いかん)。」と。張良曰く、「誰か大王の為に此の計を為せし者ぞ。」と。曰く、「鯫生(そうせい)我に説きて曰く『関を距(ふせ)ぎ、諸侯を内(い)るる毋くんば、秦の地尽く王たるべし』と。故に之を聴く。」と。良曰く、「大王の士卒を料るに以て項王に当たるに足るか。」と。沛公默然として、曰く、「固より如かず、且つ之を為すこと柰何。」と。張良曰く、「請ふ往きて項伯に謂ひ、沛公敢へて項王に背かざるを言はん。」と。沛公曰く、「君安んぞ項伯と故有る。」と。張良曰く、「秦の時臣と游ぶ、項伯人を殺す、臣之を活かす。今事急有り、故に幸ひに来りて良に告ぐ。」と。沛公曰く、「君と孰れか少長なる。」と。良曰く、「臣より長なり。」と。沛公曰く、「君我が為に呼び入れよ、吾兄として之に事ふるを得ん。」と。張良出でて、項伯を要(むか)ふ。項伯即ち入りて沛公に見ゆ。沛公巵酒を奉じて寿を為し、約して婚姻を為し、曰く、「吾関に入りて、秋豪も敢へて近づく所有らず、吏民を籍し、府庫を封じて、将軍を待つ。将を遣はして関を守らしむる所以の者は、他盗の出入と非常とに備ふるなり。日夜将軍の至るを望む、豈に敢へて反かんや。願はくは伯具に臣の敢へて徳に倍(そむ)かざるを言へ。」と。項伯許諾す。沛公に謂ひて曰く、「旦日蚤く自ら来りて項王に謝せざるべからず。」と。沛公曰く、「諾。」と。是に於て項伯復た夜去り、軍中に至り、具に沛公の言を以て項王に報ず。
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