智囊 / 武案・李綱
李綱請造戰車,曰:「虜以鐵騎勝中國,其說有三:而非車不足以制之,步兵不足以當其馳突,一也;用車則馳突可御,騎兵、馬弗如之,二也;用車則騎兵在後,度便乃出,戰卒多怯,見敵輒潰,雖有長技,不得而施,三也。用車則人有所依,可施其力,部伍有束,不得而逃,則車可以制勝明矣。
新字:李綱請造戦車,曰:「虜以鉄騎勝中国,其説有三:而非車不足以制之,歩兵不足以当其馳突,一也;用車則馳突可御,騎兵、馬弗如之,二也;用車則騎兵在後,度便乃出,戦卒多怯,見敵輒潰,雖有長技,不得而施,三也。用車則人有所依,可施其力,部伍有束,不得而逃,則車可以制勝明矣。
書き下し
李綱、戦車を造らんことを請いて曰く、「虜は鉄騎を以て中国に勝つ。其の説に三有り。而して車に非ざれば以て之を制するに足らず。歩兵は其の馳突に当たるに足らざること、一なり。車を用うれば則ち馳突は御ぐべく、騎兵・馬も之に如かざること、二なり。車を用うれば則ち騎兵は後に在り、便を度りて乃ち出ず。戦卒は怯多く、敵を見て輒ち潰ゆれば、長技有りと雖も、施すを得ざること、三なり。車を用うれば則ち人に依る所有り、其の力を施すべし。部伍に束ぬる有り、逃るるを得ず。則ち車の以て勝を制すること明らかなり。
現代語訳
李綱は戦車を造ることを願い出て言った。「敵は鉄騎で中国に勝っている。その理由は三つある。そして車でなければこれを制するに足りない。第一に、歩兵では敵の突進に当たるに足りない。第二に、車を用いれば突進を防げ、騎兵や馬もそれに及ばない。第三に、車を用いれば騎兵は後ろに控え、都合を見て出ればよい。戦う兵は臆病な者が多く、敵を見るとすぐに崩れるので、得意の技があっても発揮できない。車を用いれば人は頼れる物があって力を発揮でき、部隊に縛られて逃げることもできない。ゆえに車が勝利を制することは明らかである。
解説
この章句が説くこと
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