智囊 / 制勝・沈希儀
沈都督希儀,初為右江參將。右江城外五里即賊巢,賊詗者耳目遍官府,即閨闥中稍動色,賊在溪沿數百里外輒知。希儀至,顧令熟瑤恣出入,嬉游城中,而求得與瑤通商販者數十人,厚撫之,使為詗。於是賊動靜聲息,顧往往為我所先得。每出剿,即肘腋親近不得聞。至期鳴號,則諸兵立集聽令,令曰:「出某門。」旗頭即引諸軍貿貿行。問旗頭,旗頭自不知,頃之紮營,賊眾至,戰方合而伏又左右起,賊大敗去。已賊寇他所,官軍又已先在,雖絕遠村聚,賊度官軍所不至者,寇之,軍又未嘗不在,賊驚以為神。即官軍亦不知希儀何自得之也。所剿必其劇巢,縛管繩為記,無妄殺。得婦女牛畜,果鄰巢者,悉還之。唯陰助賊者,還軍立剿,曰:「若奈何陰助賊戰?」或刀弩而門瞷者,曰:「罰若牛五,若奈何刀弩瞷我師?」於是賊驚服。無敢陰助賊及門瞷者。
新字:沈都督希儀,初為右江参将。右江城外五里即賊巣,賊詗者耳目遍官府,即閨闥中稍動色,賊在渓沿数百里外輒知。希儀至,顧令熟瑤恣出入,嬉游城中,而求得与瑤通商販者数十人,厚撫之,使為詗。於是賊動静声息,顧往往為我所先得。毎出剿,即肘腋親近不得聞。至期鳴号,則諸兵立集聴令,令曰:「出某門。」旗頭即引諸軍貿貿行。問旗頭,旗頭自不知,頃之紮営,賊衆至,戦方合而伏又左右起,賊大敗去。已賊寇他所,官軍又已先在,雖絶遠村聚,賊度官軍所不至者,寇之,軍又未嘗不在,賊驚以為神。即官軍亦不知希儀何自得之也。所剿必其劇巣,縛管縄為記,無妄殺。得婦女牛畜,果鄰巣者,悉還之。唯陰助賊者,還軍立剿,曰:「若奈何陰助賊戦?」或刀弩而門瞷者,曰:「罰若牛五,若奈何刀弩瞷我師?」於是賊驚服。無敢陰助賊及門瞷者。
書き下し
沈都督希儀、初め右江參將と為る。右江の城外五里は即ち賊巢にして、賊の詗者は耳目を官府に遍くし、閨闥の中にて稍や色を動かせば、賊は溪沿の數百里の外に在りて輒ち知る。希儀至り、顧って熟瑤をして恣に出入りし、城中に嬉游せしめ、而して瑤と通商販する者數十人を求め得て、厚く之を撫し、詗を為さしむ。是に於いて賊の動靜聲息、顧って往々にして我が先ず得る所と為る。出でて剿する每に、即ち肘腋の親近も聞くを得ず。期に至りて號を鳴らせば、則ち諸兵立ちどころに集まりて令を聽く。令して曰く、「某門を出でよ」と。旗頭、即ち諸軍を引いて貿貿として行く。旗頭に問うも、旗頭自ら知らず。頃之して營を紮え、賊眾至り、戰い方に合して伏、左右より起こり、賊大いに敗れ去る。已にして賊、他所を寇するに、官軍は又已に先に在り。絕遠の村聚、賊の官軍の至らざる所と度りて之を寇するも、軍は又未だ嘗て在らずんばあらず。賊は驚きて以て神と為す。即ち官軍も亦た希儀の何れより之を得るかを知らざるなり。剿する所は必ず其の劇巢にして、管繩を縛りて記と為し、妄りに殺す無し。婦女牛畜を得るに、果たして鄰巢の者ならば、悉く之を還す。唯だ陰かに賊を助くる者は、軍を還して立ちどころに剿し、曰く、「若、奈何ぞ陰かに賊の戰いを助くるや」と。或いは刀弩して門瞷する者には、曰く、「若に牛五を罰す。若、奈何ぞ刀弩して我が師を瞷うや」と。是に於いて賊驚服し、敢えて陰かに賊を助け及び門瞷する者無し。
現代語訳
沈希儀都督は、はじめ右江参将になりました。右江の城外五里はすぐ賊の巣で、賊の偵察者は役所のあちこちに耳目を張りめぐらし、奥の部屋の中でわずかに顔色を変えただけでも、賊は谷川沿いの数百里先にいてすぐに知るほどでした。沈希儀は着任すると、むしろ帰順した瑤族に自由に出入りさせ、城中で遊ばせ、瑤族と商売をしている者数十人を探し出して手厚く待遇し、偵察をさせました。こうして賊の動静や気配は、かえってしばしば我が方が先に得るようになりました。出撃して討伐するたびに、側近のごく親しい者さえ事前に知りませんでした。時が来て号令を鳴らすと、諸兵はたちまち集まって命令を聞きます。命令は「某門から出よ」というものでした。旗頭は諸軍を率いて何も知らずに進みました。旗頭に尋ねても、旗頭自身も知りませんでした。しばらくして陣営を設営すると、賊が押し寄せ、戦いが始まったところで伏兵が左右から起こり、賊は大敗しました。その後、賊が別の所を襲おうとすると、官軍はすでに先にそこにいます。ごく遠い村でも、賊は官軍が来ない所だと見積もって襲いましたが、軍はいなかったことがありません。賊は驚いて神だと思いました。官軍さえも、沈希儀がどこからそれを得るのか知りませんでした。討伐するのは必ず主要な巣窟で、管の縄を縛って印とし、むやみに殺しませんでした。女性や牛や家畜を得て、それが隣の巣の者であれば、すべて返しました。ただ、ひそかに賊を助けた者に対しては、軍を戻してたちまち討伐し、言いました。「おまえはなぜひそかに賊の戦いを助けるのか」。また、刀や弩を持って城門をうかがう者には、言いました。「おまえに牛五頭の罰を科す。おまえはなぜ刀や弩を持って我が軍をうかがうのか」。こうして賊は驚き服し、ひそかに賊を助ける者や門をうかがう者は誰もいなくなりました。
解説
この章句が説くこと
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