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智囊 / 制勝・唐太宗

唐兵圍洛陽,夏主竇建德悉眾來援,諸將請避其鋒。郭孝恪曰:「世充窮蹙,垂將面縛,建德遠來助之,此天意欲兩亡之也。宜據武牢之險以據之,伺間而動,破之必矣。」記室薛收曰:「世充府庫充實,所將皆江淮精銳,但乏糧食,故為我持;建德自將遠來,亦當挫其精銳,若縱之至此,兩寇合從,轉河北之粟以餽洛陽,則戰爭方始,混一無期。今宜分兵守洛陽,深溝高壘,勿與戰;大王親帥驍銳,先據成臯,以逸待勞,決可克也。建德既破,世充自下,不過二旬,兩主就縛矣。」世民從之。由是夏主迫於武牢,不得行。〔按〕是時,凌敬言於建德曰:「大王宜悉兵濟河,攻取懷州、河陽,使重將守之,遂建旗鼓,逾太行,入上黨,徇汾晉,趣薄津,蹈無人之境,拓地收兵,則關中震懼,而鄭圍自解矣。」妻曹氏亦曰:「祭酒之言是也。」夫此特孫子舊策,婦人猶知之,而建德不能用,以至敗死。何哉?

新字:唐兵囲洛陽,夏主竇建徳悉衆来援,諸将請避其鋒。郭孝恪曰:「世充窮蹙,垂将面縛,建徳遠来助之,此天意欲両亡之也。宜拠武牢之険以拠之,伺間而動,破之必矣。」記室薛収曰:「世充府庫充実,所将皆江淮精鋭,但乏糧食,故為我持;建徳自将遠来,亦当挫其精鋭,若縦之至此,両寇合従,転河北之粟以餽洛陽,則戦争方始,混一無期。今宜分兵守洛陽,深溝高塁,勿与戦;大王親帥驍鋭,先拠成皋,以逸待労,決可克也。建徳既破,世充自下,不過二旬,両主就縛矣。」世民従之。由是夏主迫於武牢,不得行。〔按〕是時,凌敬言於建徳曰:「大王宜悉兵済河,攻取懐州、河陽,使重将守之,遂建旗鼓,逾太行,入上党,徇汾晋,趣薄津,蹈無人之境,拓地収兵,則関中震懼,而鄭囲自解矣。」妻曹氏亦曰:「祭酒之言是也。」夫此特孫子旧策,婦人猶知之,而建徳不能用,以至敗死。何哉?

書き下し

唐兵洛陽を囲む。夏主竇建徳、衆を悉くして来り援く。諸将其の鋒を避けんことを請う。郭孝恪曰く、「世充窮蹙し、将に面縛せんとするに垂んとす。建徳遠く来りて之を助く。此れ天意の両つながら亡ぼさんと欲するなり。宜しく武牢の険に拠りて以て之に拠り、間を伺いて動かば、之を破ること必せり」と。記室の薛収曰く、「世充の府庫は充実し、将いる所は皆江淮の精鋭なり。但だ糧食に乏し、故に我が為に持せらる。建徳自ら将いて遠く来り、亦当に其の精鋭を挫くべし。若し之を縦して此に至らしめば、両寇合従し、河北の粟を転じて以て洛陽に餽らば、則ち戦争方に始まり、混一期無けん。今宜しく兵を分かちて洛陽を守り、溝を深くし塁を高くして、与に戦う勿かれ。大王親ら驍鋭を帥い、先ず成臯に拠り、逸を以て労を待たば、決して克つべし。建徳既に破れなば、世充は自ら下らん。二旬に過ぎずして、両主は縛に就かん」と。世民之に従う。是に由りて夏主は武牢に迫られて、行くを得ず。〔按〕是の時、凌敬建徳に言う、「大王宜しく兵を悉くして河を済り、懐州・河陽を攻取し、重将をして之を守らしめ、遂に旗鼓を建て、太行を逾え、上党に入り、汾・晋を徇え、津に趣き薄り、無人の境を蹈まば、地を拓き兵を収め、則ち関中震懼して、鄭の囲は自ら解けん」と。妻の曹氏も亦曰く、「祭酒の言は是なり」と。夫れ此れ特だ孫子の旧策なり、婦人すら猶お之を知る。而るに建徳用うる能わず、以て敗死に至る。何ぞや。

現代語訳

唐軍が洛陽を包囲しました。夏の君主竇建徳は全軍を挙げて救援に来ました。唐の諸将は、その鋭鋒を避けることを願い出ました。郭孝恪は言いました。「王世充は追い詰められ、まもなく降伏するところです。竇建徳は遠くから来て助けようとしています。これは天が両方とも滅ぼそうとしているのです。武牢の険しい地に拠って敵を迎え、隙をうかがって動けば、必ず破れます」。書記の薛収は言いました。「王世充の倉庫は満ちており、率いる兵は皆長江・淮水の精鋭です。ただ食糧が乏しいので、我々に抑え込まれています。竇建徳が自ら遠征してきたのですから、その精鋭も挫くべきです。もしこちらへ来るのを放置し、二つの敵が連合して、河北の穀物を洛陽に運び込めば、戦いはこれから本格化し、天下統一の見通しが立ちません。今、兵を分けて洛陽を守り、堀を深く塁を高くして、戦わないでください。大王が自ら精鋭を率いて、まず成臯を押さえ、余力をもって疲れた相手を待てば、必ず勝てます。竇建徳が敗れれば、王世充は自然に降るでしょう。二十日もたたず、二人の君主は縛られるでしょう」。李世民は従いました。こうして夏の君主は武牢で行く手を阻まれ、進めませんでした。〔按〕このとき凌敬は竇建徳に言いました。「大王は全軍で黄河を渡り、懐州・河陽を攻め取り、重臣に守らせ、そのまま旗や太鼓を立てて太行山を越え、上党に入り、汾州・晋州を従え、蒲津に迫り、人のいない野を進めば、土地を広げ兵を集められ、関中は震え恐れ、鄭の包囲は自然に解けます」。妻の曹氏も言いました。「祭酒の言葉は正しい」。これは孫子の昔からの策で、女性でさえ知っているのに、竇建徳は採用できず、敗れて死にました。なぜでしょうか。

解説

唐側の郭孝恪と薛収は、敵が二つ合流する前に要地を押さえるという同じ結論に至りました。意見を出し合って最善の策を決め、李世民がそれを採る流れが、組織の強さを示しています。一方の竇建徳は、凌敬という正しい献策と妻の同意がありながら退けました。馮夢龍の問いは、正解が目の前にあっても、人は聞く耳を持たないという点を指しています。管理職は、複数の献策から選ぶ力以上に、正しい意見を受け入れる素直さを問われます。献策者の立場に関わらず中身を吟味する習慣が必要です。

この章句が説くこと

据武牢之険以逸待労薛収凌敬献策傾聴

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