智囊 / 制勝・陸遜・陸抗
按:淝水之役,苻融攻硤石,堅留大軍於項城,自引輕騎八千就之。朱序私於謝石曰:「若秦兵盡至,誠難與為敵,今乘諸軍未集,宜速擊之,若敗其前鋒,則彼已奪氣,可遂破也。」石從之。西陵督步闡以城降晉。抗聞,日夜督兵赴西陵,別築嚴圍,使內可圍闡,外可禦寇,而不攻城。諸將咸諫曰:「及兵之銳,宜急攻闡。比晉救至,闡必拔矣。何事於固,而以敝士民之力?」抗曰:「此城甚固,而糧又足,其繕修備禦具皆抗所親規,攻之急未能克,而救且至。救至而無備,表裡受敵,何以御之?」諸將猶不謂然。抗欲服眾,乃聽令一攻,果不利,於是圍備始力。未幾,晉楊肇帥兵來救,時我軍都督俞贊忽亡詣肇。抗曰:「贊,軍中舊吏也,知吾虛實,吾嘗慮夷兵素不簡練,若敵來攻,必先此處。」是夜易夷兵,而悉以舊將統之。明日,肇果攻故夷兵處,抗擊之,矢石雨下。肇夜遁,抗不追,而但令鳴鼓發喊,若將攻者。肇大潰,引去。遂復西陵,誅闡。〔評〕陸遜、陸抗,是父是子!
新字:按:淝水之役,苻融攻硤石,堅留大軍於項城,自引軽騎八千就之。朱序私於謝石曰:「若秦兵尽至,誠難与為敵,今乗諸軍未集,宜速撃之,若敗其前鋒,則彼已奪気,可遂破也。」石従之。西陵督歩闡以城降晋。抗聞,日夜督兵赴西陵,別築厳囲,使内可囲闡,外可禦寇,而不攻城。諸将咸諫曰:「及兵之鋭,宜急攻闡。比晋救至,闡必抜矣。何事於固,而以敝士民之力?」抗曰:「此城甚固,而糧又足,其繕修備禦具皆抗所親規,攻之急未能克,而救且至。救至而無備,表裡受敵,何以御之?」諸将猶不謂然。抗欲服衆,乃聴令一攻,果不利,於是囲備始力。未幾,晋楊肇帥兵来救,時我軍都督兪賛忽亡詣肇。抗曰:「賛,軍中旧吏也,知吾虚実,吾嘗慮夷兵素不簡練,若敵来攻,必先此処。」是夜易夷兵,而悉以旧将統之。明日,肇果攻故夷兵処,抗撃之,矢石雨下。肇夜遁,抗不追,而但令鳴鼓発喊,若将攻者。肇大潰,引去。遂復西陵,誅闡。〔評〕陸遜、陸抗,是父是子!
書き下し
按ずるに、淝水の役、苻融硤石を攻め、堅は大軍を項城に留めて、自ら軽騎八千を引いて之に就く。朱序私かに謝石に謂いて曰く、「若し秦兵尽く至らば、誠に与に敵と為り難し。今諸軍の未だ集まらざるに乗じて、宜しく速やかに之を撃つべし。若し其の前鋒を敗らば、則ち彼已に気を奪われ、遂に破るべし」と。石之に従う。西陵督の歩闡、城を以て晋に降る。抗聞きて、日夜兵を督して西陵に赴き、別に厳囲を築き、内は闡を囲むべく、外は寇を禦ぐべからしめ、而して城を攻めず。諸将咸諫めて曰く、「兵の鋭に及んで、宜しく急に闡を攻むべし。晋の救いの至るに比び、闡は必ず抜けん。何ぞ固めに事として、民力を敝らすや」と。抗曰く、「此の城は甚だ固く、糧も又足れり。其の繕修備禦の具は皆抗が親ら規る所なり。之を攻めて急にして未だ克つ能わず、而して救い且に至らんとす。救い至りて備え無くば、表裏に敵を受く、何を以て之を御がん」と。諸将猶お然りとせず。抗衆を服せしめんと欲し、乃ち一たび攻むるを聴す。果たして利あらず、是に於いて囲備始めて力む。未だ幾ばくならず、晋の楊肇兵を帥いて来り救う。時に我が軍の都督俞賛、忽ち亡げて肇に詣る。抗曰く、「賛は軍中の旧吏なり、吾が虚実を知る。吾嘗て慮る、夷兵は素より簡練せず、若し敵来り攻めば、必ず先ず此の処ならんと」。是の夜夷兵を易え、悉く旧将を以て之を統べしむ。明日、肇果たして故の夷兵の処を攻む。抗之を撃ち、矢石雨のごとく下る。肇夜に遁る。抗追わずして、但だ鳴鼓発喊せしめ、将に攻めんとする者の若くす。肇大いに潰え、引き去る。遂に西陵を復し、闡を誅す。〔評〕陸遜・陸抗、是れ父にして是れ子なり。
現代語訳
考えるに、淝水の戦いで、苻融が硤石を攻め、苻堅は大軍を項城に留めて、自ら軽騎八千を率いて融のもとへ行きました。朱序はひそかに謝石に言いました。「もし秦軍が全員到着したら、本当に太刀打ちできません。今、諸軍がまだ集まっていないうちに、速やかに撃つべきです。その先鋒を破れば、向こうはすでに気勢を奪われ、そのまま破れます」。謝石はこれに従いました。西陵督の歩闡が城ごと晋に降りました。陸抗はそれを聞いて、昼夜兵を急がせて西陵に向かい、別に二重の包囲陣を築きました。内側は歩闡を囲み、外側は救援の敵を防げる構えで、城そのものは攻めませんでした。諸将は皆諫めました。「兵の鋭気があるうちに、急いで歩闡を攻めるべきです。晋の救援が来る頃には、歩闡は必ず落ちています。なぜ守りばかり固めて、民力を疲れさせるのですか」。陸抗は言いました。「この城は非常に堅固で、食糧も足りている。補修や防備の設備は、すべて私が自ら設計したものだ。急に攻めても勝てないうちに、救援が来る。救援が来て備えがなければ、前後から敵を受ける。どう防ぐのか」。諸将はまだ納得しません。陸抗は皆を納得させようと、一度だけ攻撃を許しました。結果は不利で、そこで包囲の備えを本格的に強めました。まもなく、晋の楊肇が兵を率いて救援に来ました。そのとき我が軍の都督の俞賛が突然逃げて楊肇のもとへ行きました。陸抗は言いました。「俞賛は軍の古参の役人で、我が軍の実情を知っている。私はかねて、異民族の兵は日頃から訓練が足りず、敵が攻めれば必ずまずそこだろうと案じていた」。その夜、異民族の兵を入れ替え、すべて古参の将に率いさせました。翌日、楊肇は果たして元の異民族兵の持ち場を攻めました。陸抗が迎撃し、矢や石が雨のように降りました。楊肇は夜に逃げました。陸抗は追わず、ただ太鼓を鳴らして鬨の声を上げさせ、攻めるふりをしました。楊肇は大崩れして引き上げました。こうして西陵を取り戻し、歩闡を処刑しました。〔評〕陸遜と陸抗は、まさに父にしてこの子ありです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
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言志四録・言志後録 第百八十一条 凶歉に予め備ふ五穀の豊歉も、亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒有り、六十年前後に必ず大凶歉有り。較遅速有りと雖も、竟に免るる能はず。之が為に予め備へざるべけんや。(癸巳春季筆す)
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説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
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『春秋左氏伝』成公九年 備へ無きかな冬十一月、楚の子重陳より莒を伐ち、渠丘を圍む。渠丘城惡し。眾潰えて、莒に奔る。戊申、楚渠丘に入る。莒人楚の公子平を囚ふ。楚人曰く、「殺す勿かれ。吾而の俘を歸さん」と。莒人之を殺す。楚の師莒を圍む。莒の城も亦た惡し。庚申、莒潰ゆ。楚遂に鄆に入る。莒備へ無きが故なり。君子曰く、「陋を恃みて備へざるは、罪の大なる者なり。不虞に備豫するは、善の大なる者なり。莒其の陋を恃みて、城郭を脩めず。浹辰の間にして、楚其の三都に克つ。備へ無きかな。詩に曰く、『絲麻有りと雖も、菅蒯を棄つる無かれ。姬姜有りと雖も、蕉萃を棄つる無かれ。凡百の君子、匱しきに代はらざる莫し』と。備への以て已むべからざるを言ふなり」と。秦人・白狄晉を伐つ。諸侯貳するが故なり。鄭人許を圍む。晉に君を急がざるを示すなり。是れ則ち公孫申之を謀りて曰く、「我師を出だして以て許を圍み、將に君を改め立てんとする者の為にして、而して晉の使を紓べば、晉必ず君を歸さん」と。中城に城く。時を書するなり。十二月、楚子公子辰をして晉に如かしむ。鍾儀の使に報い、好を修め成を結ばんことを請ふ。
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『春秋左氏伝』昭公十八年 小国、守りを忘るれば危うし七月、鄭の子產火の故の為に、大いに社を為(つく)り、四方に祓禳して、火災を振除す。禮なり。乃ち兵を簡(えら)びて大いに蒐す。將に蒐の為に除(はら)はんとす。子大叔の廟は道の南に在り、其の寢は道の北に在り。其の庭小なり。期を過ぐること三日なり。除徒をして道の南、廟の北に陳せしめて曰く、「子產女(なんぢ)を過ぎて、速やかに除けと命ぜば、乃ち而(なんぢ)が鄉(む)かふ所に毀て」と。子產朝す。過ぎて之を怒る。除く者南に毀つ。子產衝に及び、從者をして之を止めしめて曰く、「北方を毀て」と。火の作るや、子產兵を授けて陴に登らしむ。子大叔曰く、「晉乃ち討ずること無からんや」と。子產曰く、「吾之を聞く、小國守を忘るれば則ち危うし、と。況んや災有るをや。國の小とす可からざるは、備へ有るが故なり」と。既にして晉の邊吏鄭を讓(せ)めて曰く、「鄭國災有り。晉君・大夫敢へて寧居せず、卜筮走望して、牲玉を愛しまず。鄭の災有るは、寡君の憂ひなり。今執事撊然として兵を授けて陴に登らしむ。將に誰を以て罪せんとする」と。
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『文武訓』武訓下一天下太平なれども、武をわするればあやふし。故に治世にも乱を忘れず、武事をまなぶべし。無事なる時武をならはば、後悔なかるべし。遠き慮なければ、必ず近きうれへあり。乱にのぞみて兵をならふは、渇にのぞんで井を掘るがごとし。
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