智囊 / 不戰・趙充國
兵至罕地,令軍毋燔聚落芻牧田中。罕羌聞之,喜曰:「漢果不擊我矣。」豪靡忘來自歸,充國賜飲食,遣還諭種人,時羌降者萬餘人。充國度羌必壞,請罷騎兵,留萬人屯田,以待其敝。
新字:兵至罕地,令軍毋燔聚落芻牧田中。罕羌聞之,喜曰:「漢果不撃我矣。」豪靡忘来自帰,充国賜飲食,遣還諭種人,時羌降者万余人。充国度羌必壊,請罷騎兵,留万人屯田,以待其敝。
書き下し
兵は罕の地に至り、軍に令して聚落、芻牧の田中を燔くなからしむ。罕羌はこれを聞き、喜びて曰く、「漢は果たして我を撃たず。」と。豪靡忘は来たりて自ら帰す。充国は飲食を賜い、遣わし還して種人に諭さしむ。時に羌の降る者万余人なり。充国は羌の必ず壊るるを度り、騎兵を罷めて、万人を留めて屯田し、以てその敝を待たんことを請う。
現代語訳
軍が罕の地に着くと、趙充国は軍に令して、集落や牧草地の田を焼いてはならないとした。罕羌はこれを聞いて喜んで言った。「漢は本当に我々を撃たないのだ。」首領の靡忘は自ら来て帰順した。趙充国は飲食を与え、帰して種族の者たちに諭させた。そのとき降った羌は一万人あまりにのぼった。趙充国は、羌が必ず崩れると見積もり、騎兵を解散して、一万人を残して屯田させ、敵の疲弊を待つことを願い出た。
解説
趙充国は、罕羌の集落や牧地を焼かないよう軍に命じ、敵に「漢は我々を撃たない」と知らせることで、戦わずに一万人あまりを降しました。破壊しないという行動そのものが、最も強い説得になった例です。さらに、騎兵を解散して屯田に切り替える提案は、長期戦で相手の自壊を待つ戦略であり、費用を抑えながら支配を固める選択です。現代の管理職にとっても、短期の成果を求めず、相手が自分から変わるまで待つ余裕と、資源の使い方の選択を考えさせられます。ここには馮夢龍の評はありません。
この章句が説くこと
毋燔聚落屯田待敝罕羌自帰降者万余説得判断
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