智囊 / 不戰・高仁厚
明日仁厚兵發,至雙流,把截使白文現出迎。仁厚周視塹柵,怒曰:「阡能役夫,其眾皆耕民耳,竭一府之兵,歲餘不能擒,今觀塹柵,重複牢密如此,宜其可以安眠飽食,養寇邀功也!」命引出斬之,監軍力救,乃免。命悉平塹柵,留五百兵守之,餘兵悉以自隨。又召諸寨兵,相繼皆集。阡能聞仁厚將至,遣渾擎立五寨於雙流之西,伏兵千人於野橋箐,以邀官軍,仁厚詗知,遣人釋戎服,入賊中告諭如昨所以語諜者。賊大喜呼噪,爭棄甲來降,仁厚因撫諭,書其背,使歸語寨中未降者。寨中餘眾爭出,渾擎狼狽逾塹走,其眾執以詣仁厚,仁厚械送府,悉命焚五寨及其甲兵,唯留旗幟。
新字:明日仁厚兵発,至双流,把截使白文現出迎。仁厚周視塹柵,怒曰:「阡能役夫,其衆皆耕民耳,竭一府之兵,歳余不能擒,今観塹柵,重複牢密如此,宜其可以安眠飽食,養寇邀功也!」命引出斬之,監軍力救,乃免。命悉平塹柵,留五百兵守之,余兵悉以自随。又召諸寨兵,相継皆集。阡能聞仁厚将至,遣渾擎立五寨於双流之西,伏兵千人於野橋箐,以邀官軍,仁厚詗知,遣人釈戎服,入賊中告諭如昨所以語諜者。賊大喜呼噪,争棄甲来降,仁厚因撫諭,書其背,使帰語寨中未降者。寨中余衆争出,渾擎狼狽逾塹走,其衆執以詣仁厚,仁厚械送府,悉命焚五寨及其甲兵,唯留旗幟。
書き下し
明日、仁厚兵発し、雙流に至る。把截使白文出でて迎う。仁厚周く塹柵を視て、怒りて曰く、「阡能は役夫にして、その衆は皆耕民のみ。一府の兵を竭くして、歳余擒うること能わず。今塹柵を観るに、重複牢密なることかくの如し。宜なり、安眠飽食して寇を養い功を邀むるに。」と。命じて引き出だして斬らしむ。監軍力めて救い、乃ち免る。命じて悉く塹柵を平らげ、五百兵を留めてこれを守らせ、余兵は悉く自ら随えしむ。また諸寨の兵を召せば、相継いで皆集まる。阡能、仁厚の将に至らんとするを聞き、渾擎を遣わして五寨を雙流の西に立て、兵千人を野橋箐に伏せ、以て官軍を邀えんとす。仁厚詗い知り、人を遣わして戎服を釈き、賊中に入り、昨日諜に語りし所以のごとく告諭せしむ。賊大いに喜び呼噪し、争いて甲を棄てて降る。仁厚因りて撫諭し、その背に書き、帰りて寨中の未だ降らざる者に語らしむ。寨中の余衆争い出で、渾擎は狼狽して塹を逾えて走る。その衆執えて以て仁厚に詣る。仁厚械して府に送り、悉く命じて五寨及びその甲兵を焚き、ただ旗幟のみを留む。
現代語訳
翌日、高仁厚は兵を出して雙流に着いた。把截使の白文が出迎えた。仁厚はあちこちの堀と柵を見てまわり、怒って言った。「阡能は賦役の人夫にすぎず、その手下も皆ただの農民だ。それなのに一府の兵を尽くしても一年あまり捕らえられなかった。いま堀と柵を見ると、これほど幾重にも堅固に作ってある。なるほど、安眠して飽食し、賊を飼い慣らして手柄をねだっているわけだ。」そして引き出して斬るよう命じた。監軍が懸命に救ったので、ようやく免れた。仁厚は堀と柵をすべて取り壊させ、五百の兵だけを残して守らせ、残りの兵はすべて自分に従わせた。さらに諸々の砦の兵を召すと、次々に皆集まった。阡能は仁厚が来ると聞き、渾擎を遣わして雙流の西に五つの砦を築かせ、千人の兵を野橋箐に伏せて官軍を迎え撃とうとした。仁厚はこれを探り知り、人を遣わして軍服を脱がせ、賊の中に入って、昨日間者に語ったとおりの趣旨を告げ諭させた。賊は大いに喜んで叫び、争って鎧を捨てて降った。仁厚はそこでなだめ諭し、降った者の背に字を書いて、帰って砦に残る未降の者に伝えさせた。砦の残りの者たちも争って出てきて、渾擎はあわてふためいて堀を越えて逃げた。その配下は渾擎を捕らえて仁厚のもとに連れて行き、仁厚は枷をかけて府に送り、五つの砦と武具をすべて焼かせ、旗だけを残した。
解説
この章句が説くこと
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