貞観政要 / 慎言語
貞觀八年,太宗謂侍臣曰:「言語者,君子之樞機,談何容易?凡在眾庶,一言不善,則人記之,成其恥累,況是萬乘之主?不可出言有所乖失。其所虧損至大,豈同匹夫?我常以此為戒。隋煬帝初幸甘泉宮,泉石稱意,而怪無螢火,敕云:『捉取多少於宮中照夜。』所司遽遣數千人采拾,送五百輿於宮側,小事尚爾,況其大乎?」魏徵對曰:「人君居四海之尊,若有虧失,古人以為如日月之蝕,人皆見之,實如陛下所戒慎。」
新字:貞観八年,太宗謂侍臣曰:「言語者,君子之枢機,談何容易?凡在衆庶,一言不善,則人記之,成其恥累,況是万乗之主?不可出言有所乖失。其所虧損至大,豈同匹夫?我常以此為戒。隋煬帝初幸甘泉宮,泉石称意,而怪無蛍火,勅云:『捉取多少於宮中照夜。』所司遽遣数千人采拾,送五百輿於宮側,小事尚爾,況其大乎?」魏徴対曰:「人君居四海之尊,若有虧失,古人以為如日月之蝕,人皆見之,実如陛下所戒慎。」
書き下し
貞観八年、太宗侍臣に謂いて曰く、「言語なる者は、君子の枢機なり。談ずること何ぞ容易ならんや。凡そ衆庶に在りて、一言不善なれば、則ち人之を記し、其の恥累を成す。況んや是れ万乗の主をや。言を出して乖失する所有るべからず。其の虧損する所は至大なり。豈に匹夫に同じからんや。我は常に此を以て戒と為す。隋の煬帝、初め甘泉宮に幸す。泉石は意に称う。而して螢火の無きを怪しむ。敕して云う、『多少を捉取して宮中に於て夜を照らせ』と。所司は遽かに数千人を遣わして采拾せしめ、五百輿を宮側に送る。小事すら尚お爾(しか)り。況んや其の大なるをや」と。魏徴対えて曰く、「人君は四海の尊に居る。若し虧失有らば、古人は以て日月の蝕の如く、人皆な之を見ると為す。実に陛下の戒慎する所の如し」と。
現代語訳
貞観八年、太宗が側近の臣に言った。「言葉というものは、君子の要である。語ることが、どうして容易であろうか。庶民であっても、一言が良くなければ、人はそれを記憶し、恥となる。まして天子である。言葉を発して誤りがあってはならない。損なうところは極めて大きい。庶民と同じであろうか。私は常にこれを戒めとしている。隋の煬帝が初めて甘泉宮に行幸した時、泉や石は意にかなった。しかし蛍がいないのを不思議に思い、勅を下して『いくらか捕らえて宮中で夜を照らせ』と言った。役所はただちに数千人を遣わして拾い集め、五百台の車で宮のそばに送った。小さな事ですらこうだ。まして大きな事ならどうか」。魏徴が答えて言った。「君主は四海の尊位にあります。もし過ちがあれば、古人はそれを日蝕や月蝕のように、人がみな見ると言いました。まことに陛下の戒め慎まれるとおりです」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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貞観政要・慎言語貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「朕は毎日、朝に坐す。一言を出さんと欲すれば、即ち此の一言、百姓に利益有るや否やを思う。多く言うを敢えてせざる所以なり」と。給事中兼知起居事杜正倫進みて曰く、「君の挙は必ず書せられ、言は左史に存す。臣の職は当に兼ねて起居注を修むべし。敢えて愚直を尽くさずんばあらず。陛下若し一言、道理に乖(そむ)かば、則ち千載、聖徳を累(わずら)わす。止(た)だ当今、百姓に損するのみに非ず。願わくは陛下、之を慎め」と。太宗大いに悦び、彩百段を賜う。
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貞観政要・慎言語貞観十六年、太宗は公卿と古道に言い及ぶ毎に、必ず詰難して往復す。散騎常侍劉洎、書を上りて諫めて曰く、「帝王の凡庶と、聖哲の庸愚と、上下相い懸(へだ)たり、擬倫は斯に絶ゆ。是れ知る、至愚を以て至聖に対し、極卑を以て極尊に対せば、徒らに自ら強めんと思うも、得べからざるを。陛下は恩旨を降し、慈顔を仮し、旒(りゅう)を凝らして以て其の言を聴き、襟を虚しくして以て其の説を納る。猶お恐る、群下の未だ敢えて対揚せざるを。況んや神機を動かし、天辯を縦(ほしいまま)にし、辞を飾りて以て其の理を折り、古を援(ひ)きて以て其の議を排せば、凡庶をして何ぞ階(よ)りて応答せしめんと欲するや。臣聞く、皇天は無言を以て貴と為し、聖人は不言を以て徳と為す、と。老子は『大辯は訥なるが若し』と称し、荘生は『至道は文無し』と称す。此れ皆な煩わしきを欲せざるなり。是を以て斉侯の書を読むに、輪扁窃かに議す。漢皇の古を慕うに、長孺譏りを陳ぶ。此れ亦た労するを欲せざるなり。且つ多く記さば則ち心を損じ、多く語らば則ち気を損ず。心気は内に損じ、形神は外に労す。初めは覚えずと雖も、後には必ず累と為らん。須らく社稷の為に自ら愛すべし。豈に性の好むが為に自ら傷らんや。窃かに以えらく、今日の升平は、皆な陛下の力行の至す所なり。其の長久ならんことを欲せば、辯博に由るに匪ず。但だ当に彼の愛憎を忘れ、茲の取捨を慎み、事毎に敦朴、至公に非ざる無く、貞観の初めの若くんば、則ち可なり。秦政の強辯の如きは、人心を自矜に失う。魏文の宏材は、衆望を虚説に虧く。此れ才辯の累なり。皎然として知るべし。伏して願わくは茲の雄辯を略し、浩然として気を養い、彼の緗図を簡にし、淡焉として怡悦せば、万寿を南岳に固くし、百姓を東戸に斉しくせん。則ち天下幸甚、皇恩斯に畢(お)わらん」と。太宗手詔して答えて曰く、「慮るに非ずんば以て下に臨む無く、言うに非ずんば以て慮を述ぶる無し。比(このごろ)談論有り、遂に煩多に至る。物を軽んじ人に驕るは、恐らくは茲の道に由らん。形神心気、此に非ざれば労を為さず。今、讜言を聞く。懐を虚しくして以て改めん」と。
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貞観政要・君臣鑑戒貞観三年、太宗侍臣に謂いて曰く、「君臣は本と治乱を同じくし、安危を共にす。若し主は忠諫を納れ、臣は直言を進めば、斯れ故に君臣は契を合わす。古来重んずる所なり。若し君自ら賢とし、臣匡正せずんば、危亡せざらんと欲するも、得べからざるなり。君其の国を失えば、臣も亦た独り其の家を全うする能わず。隋の煬帝の暴虐に至るが如きは、臣下は口を鉗ざす。卒に其の過ちを聞かざらしめ、遂に滅亡に至る。虞世基等も尋いで亦た誅死せり。前事遠からず。朕と卿等と、慎まざるを得べけんや。後の嗤う所と為る無かれ」と。
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貞観政要・倹約貞観四年、太宗侍臣に謂いて曰く、「宮宇を崇飾し、池台に遊賞するは、帝王の欲する所、百姓の欲せざる所なり。帝王の欲する所の者は放逸、百姓の欲せざる所の者は労弊なり。孔子云う、『一言にして以て終身之を行うべき者有るか。其れ恕か。己の欲せざる所、人に施す勿かれ』と。労弊の事は、誠に百姓に施すべからず。朕は尊きこと帝王と為り、富は四海を有す。事毎に己に由る。誠に能く自ら節せん。若し百姓の欲せずんば、必ず能く其の情に順わん」と。魏徴曰く、「陛下は本と百姓を憐れみ、毎に己を節して以て人に順う。臣聞く、『欲を以て人に従う者は昌え、人を以て己を楽しましむる者は亡ぶ』と。隋の煬帝は志は無厭に在り、惟だ奢侈を好む。所司、供奉営造有る毎に、小しく意に称(かな)わずんば、則ち峻罰厳刑有り。上の好む所は、下必ず甚だしき有り。競いて無限を為し、遂に滅亡に至る。此れ書籍の伝うる所に非ず。亦た陛下の目に親しく見る所なり。其の無道なるが為に、故に天は陛下に命じて之に代わらしむ。陛下若し以て足れりと為さば、今日啻(ただ)に足るのみならず。若し以て足らずと為さば、更に万倍此に過ぐるも、亦た足らず」と。太宗曰く、「公の奏対する所は甚だ善し。公に非ずんば、朕安くんぞ此の言を聞くを得んや」と。
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貞観政要・慎終伏して惟うに陛下、年は甫(はじ)めて弱冠にして、大いに横流を拯(すく)い、区宇を削平し、肇(はじ)めて帝業を開く。貞観の初め、時に方(まさ)に克壮なり。嗜欲を抑損し、躬ら節倹を行う。内外は康寧にして、遂に至治に臻(いた)る。功を論ずれば則ち湯・武も方(くら)ぶるに足らず。徳を語れば則ち堯・舜も未だ遠しと為さず。臣は左右に擢居せられてより、十有余年。帷幄に侍する毎に、屢々明旨を奉ず。常に仁義の道を許し、之を守りて失わず。倹約の志、終始して渝(かわ)らず。一言、邦を興すとは、斯れ之を謂うなり。徳音は耳に在り。敢えて之を忘れんや。而るに頃年より以来、稍(やや)曩志(のうし)に乖(そむ)き、敦朴の理、漸く克く終えず。謹んで聞く所を以て、之を左に列す。
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貞観政要・求諫貞観二年、太宗侍臣に謂いて曰く、「明主は短を思いて益ます善く、暗主は短を護りて永く愚なり。隋の煬帝は好んで自ら矜誇(きょうこ)し、短を護りて諫を拒む。誠に亦た実に犯忤(はんご)し難し。虞世基は敢えて直言せず。或いは恐らくは未だ深き罪と為さず。昔、箕子は狂を佯(いつわ)りて自ら全うす。孔子も亦た其の仁を称す。煬帝の殺さるるに及び、世基は同に死すに合するや否や」と。杜如晦対えて曰く、「天子に諍臣有らば、無道なりと雖も其の天下を失わず。仲尼は称す、『直なるかな史魚。邦に道有れば矢の如く、邦に道無きも矢の如し』と。世基、豈に煬帝の無道にして、諫諍を納れざるを以て、遂に口を杜(と)ざして言う無かるべけんや。位を偸安(とうあん)して重んじ、又た職を辞し退くを請う能わず。則ち箕子の狂を佯りて去るとは、事理同じからず。昔、晋の恵帝の賈后は将に湣懐太子を廃せんとす。司空張華は竟に苦争する能わず、意に阿(おもね)りて苟(いやしく)も免る。趙王倫の兵を挙げて后を廃するに及び、使いを遣わして華を収む。華曰く、『将に太子を廃せんとするの日、是れ言無きに非ず。当に納用せられざりしなり』と。其の使曰く、『公は三公と為る。太子罪無くして廃せらる。言既に従われずんば、何ぞ身を引きて退かざる』と。華は辞として以て答うる無し。遂に之を斬り、其の三族を夷(たい)らぐ。古人に云える有り、『危うくして持せず、顛れて扶けずんば、則ち将た焉くんぞ彼の相を用いん』と。故に『君子は大節に臨みて奪うべからざるなり』。張華は既に抗直にして節を成す能わず。遜言も身を全うするに足らず。王臣の節は固より已に墜ちたり。虞世基は位は宰輔に居り、言うを得るの地に在り。竟に一言の諫諍無し。誠に亦た死に合す」と。太宗曰く、「公の言は是なり。人君は必ず須らく忠良の輔弼を得べし。乃ち身安く国寧きを得ん。煬帝は豈に下に忠臣無く、身は過ちを聞かず、悪積み禍盈ち、滅亡斯に及ぶに非ずや。若し人主の行う所当たらずして、臣下又た匡諫する無く、苟も阿順に在り、事皆な美を称せば、則ち君は暗主と為り、臣は諛臣と為る。君暗く臣諛(へつら)わば、危亡遠からず。朕は今、志は君臣上下、各々至公を尽くし、共に相切磋して、以て治道を成すに在り。公等は各々宜しく忠讜を尽くし、朕の悪を匡救するに務むべし。終に直言の意に忤(さか)らうを以て、輒(すなわ)ち相責怒せず」と。
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