智囊 / 敏悟・占兄弟占子
成化甲午,江西鄉試,揭曉之期,泰和尹公值在京,命卜者占弟嘉言中否,得「明夷」卦,內離外坤,三爻五爻發,三爻皆兄弟。占者以書云「兄弟雷同,難上榜」,囁嚅不敢對。公曰:「三為白虎,五為青龍,龍虎榜動,有中之兆。兄弟發者,以兄問弟,弟當動而來矣。」不數日,喜報果至。有父占子病者,卦得,父母當頭克子孫,凶象,而子孫爻又不上卦,占者斷其必死,父泣而歸。途遇一友,問得其故,友曰:「父母當頭克子孫,使子孫上卦,則受克矣。今之生機,全在不上卦。譬如父持大杖欲擊子,不相值則已耳,郎君必無恙。」未幾果愈。
新字:成化甲午,江西郷試,掲暁之期,泰和尹公値在京,命卜者占弟嘉言中否,得「明夷」卦,内離外坤,三爻五爻発,三爻皆兄弟。占者以書云「兄弟雷同,難上榜」,囁嚅不敢対。公曰:「三為白虎,五為青竜,竜虎榜動,有中之兆。兄弟発者,以兄問弟,弟当動而来矣。」不数日,喜報果至。有父占子病者,卦得,父母当頭克子孫,凶象,而子孫爻又不上卦,占者断其必死,父泣而帰。途遇一友,問得其故,友曰:「父母当頭克子孫,使子孫上卦,則受克矣。今之生機,全在不上卦。譬如父持大杖欲撃子,不相値則已耳,郎君必無恙。」未幾果愈。
書き下し
成化甲午、江西の郷試、揭暁の期に、泰和の尹公、値々京に在り。卜者に命じて弟の嘉言の中たるや否やを占わしむ。「明夷」の卦を得たり。内は離、外は坤。三爻・五爻発し、三爻は皆兄弟なり。占者、書に「兄弟雷同すれば、榜に上り難し」と云うを以て、囁嚅して敢えて対えず。公曰く、「三は白虎、五は青龍。龍虎榜動き、中たるの兆し有り。兄弟発するは、兄を以て弟を問う。弟当に動きて来たるべし」と。数日ならずして、喜報果たして至る。父の子の病を占う者有り。卦得るに、父母、子孫に当頭克す。凶象にして、子孫の爻も又た卦に上らず。占者、其の必ず死せんと断ず。父、泣きて帰る。途に一友に遇い、問いて其の故を得たり。友曰く、「父母、子孫に当頭克すとは、子孫をして卦に上らしむれば、則ち克せらるるなり。今、生機は全て卦に上らざるに在り。譬えば父、大杖を持ちて子を撃たんと欲するも、相い値わざれば則ち已むのみ。郎君、必ず恙無けん」と。未だ幾ばくならずして果たして愈ゆ。
現代語訳
成化十年(甲午)、江西の郷試で、合格発表の日、泰和の尹公はたまたま北京にいた。占い師に命じて、弟の嘉言が合格したかどうかを占わせた。「明夷」の卦を得た。内卦は離、外卦は坤で、三爻と五爻が動き、三爻はどちらも兄弟の爻であった。占い師は、書物に「兄弟が重なれば合格者名簿に載りにくい」と書いてあるため、口ごもって答えなかった。尹公は言った。「三爻は白虎、五爻は青龍。龍虎の名簿が動き、合格の兆しだ。兄弟の爻が動くのは、兄の私が弟を尋ねているからで、弟は動いて(名簿に載って)くるはずだ」。数日もたたないうちに、吉報が本当に届いた。ある父親が子の病気を占った。卦では、父母の爻が真っ向から子孫の爻を剋し、凶の象であり、しかも子孫の爻は卦に現れていなかった。占い師は必ず死ぬと断言した。父は泣きながら帰った。途中で一人の友人に会い、わけを聞かれて話すと、友人は言った。「父母が子孫を真っ向から剋すというのは、子孫が卦に現れていればこそ剋されるのです。今は生きる望みの全てが、卦に現れていないことにあります。たとえば父が大きな杖で子を打とうとしても、出会わなければ当たらないようなもの。ご子息はきっと無事です」。まもなく本当に治った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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