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智囊 / 應卒・邵溥

靖康之變,金人盡欲得京城宗室。有獻計者,謂宗正寺玉牒有籍可據。虜酋立命取牒,須臾持至南薰門亭子。會虜使以事暫還,此夜唯監交官物數人在焉,戶部邵澤民其一也。遽索視之,每揭二三板,則掣取一板投火爐中,歎曰:「力不能遍及也。」通籍中被爇者十二三。俄頃虜使至,吏舉籍授之。遂按籍以取。凡京城宗室獲免者,皆澤民之力。〔述評〕昔裴諝為史思明所得,偽授御史中丞。時思明殘殺宗室,諝陰緩之,全活者數十百人。乃知隨地肯作方便者,皆有益於國家,視死抄忠孝舊本子者,不知孰愈?

新字:靖康之変,金人尽欲得京城宗室。有献計者,謂宗正寺玉牒有籍可拠。虜酋立命取牒,須臾持至南薫門亭子。会虜使以事暫還,此夜唯監交官物数人在焉,戸部邵沢民其一也。遽索視之,毎掲二三板,則掣取一板投火炉中,嘆曰:「力不能遍及也。」通籍中被爇者十二三。俄頃虜使至,吏舉籍授之。遂按籍以取。凡京城宗室獲免者,皆沢民之力。〔述評〕昔裴諝為史思明所得,偽授御史中丞。時思明残殺宗室,諝陰緩之,全活者数十百人。乃知随地肯作方便者,皆有益於国家,視死抄忠孝旧本子者,不知孰愈?

書き下し

靖康の変、金人ことごとく京城の宗室を得んと欲す。計を献ずる者有り、宗正寺の玉牒に籍有りて拠るべしと謂う。虜酋、立ちどころに牒を取らしむ。須臾にして南薫門の亭子に持ち至る。たまたま虜使、事を以て暫く還り、この夜はただ官物を監交する数人のみ在り、戸部邵澤民その一なり。遽かにこれを索め視るに、二三板を揭ぐるごとに、則ち一板を掣き取りて火炉の中に投じ、歎じて曰く、「力、遍く及ぶこと能わず」と。籍を通じて爇かれし者、十の二三。俄頃にして虜使至る。吏、籍を挙げてこれに授く。遂に籍に按じて以て取る。凡そ京城の宗室にして免るるを獲たる者は、皆澤民の力なり。〔述評〕昔、裴諝、史思明に得られ、偽りて御史中丞を授けらる。時に思明、宗室を残殺す。諝、陰にこれを緩め、全活する者数十百人。乃ち知る、地に随いて肯て方便を作す者は、皆国家に益あるを。死して忠孝の旧本子を抄する者に視べて、孰れか愈れるかを知らず。

現代語訳

靖康の変のとき、金の軍は都の皇族をすべて捕らえようとした。そこで進言する者があり、宗正寺にある皇室の名簿に記録があり、それに基づけばよいと言った。金の将はすぐにその名簿を持ってこさせ、まもなく南薫門の亭に運ばれた。ちょうど金の使者が用事で一時的に戻っていて、この夜は官物の受け渡しを見張る数人だけが残っており、戸部の邵澤民もその一人だった。邵はあわててその名簿を取って見、二、三枚めくるごとに一枚を抜き取って火鉢の中に投げ込み、嘆いて言った。「力が及ばず、全部には手が回らない。」名簿のうち焼かれたのは十のうち二、三であった。やがて金の使者が戻ってきた。役人は名簿を差し出した。金軍は名簿に従って皇族を捕らえた。都の皇族で難を免れた者は、みな邵澤民の働きのおかげである。〔述評〕昔、裴諝は史思明に捕らえられ、偽って御史中丞に任じられた。そのころ史思明は皇族を残酷に殺していた。裴諝はひそかに手を緩め、助かった者は数十から百人にのぼった。思うに、その場に応じて進んで方便を行う者は、みな国家に益がある。死んで忠孝の古い手本を書き写す者と比べて、どちらが勝るかは分からない。

解説

敵の目を盗み、名簿を数枚ずつ燃やして一部の人命を救った官吏の話です。全員は救えないと嘆きつつ、十のうち二、三を救うという現実的な線で行動しました。裴諝の例も、敵の下で職務を装いつつ手を緩め、結果として多くの命を守っています。評の主張は、清廉潔白に死ぬだけが忠義ではなく、その場の裁量で実際の益を生むことにも価値がある、という点です。管理職も、理想を貫いて何もできないより、制約下で救える範囲を確実に救う判断が必要な場面があります。もちろん、これを不正の言い訳にしてはなりません。

この章句が説くこと

宗正寺玉牒投火炉力不能遍及裴諝方便危機管理

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