智囊 / 應卒・守邊老卒・韋丹
丁大用征嶺南,京軍乏食,掠得寇稻,以刀盔為杵舂。邊鄙老卒笑其拙,教於高阜擇淨地,坎之如臼然,燃茅鍛之,令堅實,乃置稻其中,伐木為杵以舂,甚便。韋丹任洪州,值毛鶴叛。倉卒無禦敵之器,丹乃造蒺藜一千具,並於棒頭以鐵釘釘之如蝟毛,車夫及防援官健各持一具,其棒疾成易辦,用亦與刀劍不殊。
新字:丁大用征嶺南,京軍乏食,掠得寇稲,以刀盔為杵舂。辺鄙老卒笑其拙,教於高阜択浄地,坎之如臼然,燃茅鍛之,令堅実,乃置稲其中,伐木為杵以舂,甚便。韋丹任洪州,値毛鶴叛。倉卒無禦敵之器,丹乃造蒺藜一千具,並於棒頭以鉄釘釘之如蝟毛,車夫及防援官健各持一具,其棒疾成易辦,用亦与刀剣不殊。
書き下し
丁大用、嶺南を征するに、京軍食に乏しく、寇の稲を掠め得て、刀・盔を以て杵と為して舂く。辺鄙の老卒、その拙を笑い、教うるに高阜に浄地を択び、これを坎りて臼の如くし、茅を燃やして鍛え、堅実ならしめ、乃ち稲をその中に置き、木を伐りて杵と為して舂かしむ。甚だ便なり。韋丹、洪州に任ずるに、毛鶴の叛に値う。倉卒にして禦敵の器無く、丹、乃ち蒺藜一千具を造り、並びに棒頭に鉄釘を以てこれを釘うつこと蝟毛の如くし、車夫及び防援官健、各々一具を持たしむ。その棒は疾く成り弁じ易く、用いることもまた刀剣と殊ならず。
現代語訳
丁大用が嶺南を討伐したとき、都から来た軍は食糧が乏しく、賊の稲を奪ったが、刀や兜を杵代わりにして搗いていた。国境の村の老兵がその不器用さを笑い、高い丘の上のきれいな地面を選んで、臼のようにくぼみを掘り、茅を燃やして焼き固め、そこへ稲を入れて、木を切って杵にして搗くよう教えた。それはとても便利だった。韋丹が洪州に赴任したとき、毛鶴の反乱に遭った。急なことで敵を防ぐ武器がなく、韋丹は蒺藜(まきびし棒)を千本作らせ、棒の先に鉄の釘をハリネズミの毛のように打ちつけ、車夫や護衛の兵たちにそれぞれ一本ずつ持たせた。この棒は素早く作れて用意しやすく、使い勝手も刀剣と変わらなかった。
解説
この章句が説くこと
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