智囊 / 應卒・趙從善・辛棄疾
趙從善尹京日,宦寺欲窘之,敕辦設醮紅桌子三百隻,內批限一日辦集。從善命於酒坊茶肆取桌相類者三百,淨洗,糊以白紙,用紅漆塗之。又兩宮幸聚景園,夜過萬鬆嶺,立索火炬三千,從善命取諸瓦舍妓館,不拘竹簾蘆簾,實以脂,卷而繩之,係於夾道松樹,左右照耀,比於白日。高宗南渡,駐蹕臨安,草創行在。方造一殿,無瓦,而天雨,郡與漕司憂之。忽一吏白曰:「多差兵士,以錢鏹分俵關廂鋪店,賃借樓屋腰簷瓦若干,旬月新瓦到,如數賠還。」郡司從之,殿瓦咄嗟而辦。辛幼安在長沙,欲於後甫建樓賞中秋,時已八月初旬矣,吏曰:「他皆可辦,唯瓦不及。」幼安命先於市上每家以錢一百,賃簷瓦二十片,限兩日以瓦收錢,於是瓦不可勝用。〔評〕二事皆一時權宜,可為吏役之法。
新字:趙従善尹京日,宦寺欲窘之,勅辦設醮紅桌子三百隻,内批限一日辦集。従善命於酒坊茶肆取桌相類者三百,浄洗,糊以白紙,用紅漆塗之。又両宮幸聚景園,夜過万鬆嶺,立索火炬三千,従善命取諸瓦舎妓館,不拘竹簾蘆簾,実以脂,巻而縄之,係於夾道松樹,左右照耀,比於白日。高宗南渡,駐蹕臨安,草創行在。方造一殿,無瓦,而天雨,郡与漕司憂之。忽一吏白曰:「多差兵士,以銭鏹分俵関廂鋪店,賃借楼屋腰簷瓦若干,旬月新瓦到,如数賠還。」郡司従之,殿瓦咄嗟而辦。辛幼安在長沙,欲於後甫建楼賞中秋,時已八月初旬矣,吏曰:「他皆可辦,唯瓦不及。」幼安命先於市上毎家以銭一百,賃簷瓦二十片,限両日以瓦収銭,於是瓦不可勝用。〔評〕二事皆一時権宜,可為吏役之法。
書き下し
趙従善、京に尹たりし日、宦寺これを窘めんと欲し、勅して設醮の紅桌子三百隻を弁ぜしめ、内批もて一日に弁集するを限る。従善、酒坊・茶肆より桌の相類する者三百を取らしめ、浄洗して、糊するに白紙を以てし、用て紅漆を塗る。また両宮、聚景園に幸し、夜万松嶺を過ぐるに、立ちどころに火炬三千を索む。従善、瓦舎・妓館より取らしめ、竹簾・蘆簾を拘らず、実つるに脂を以てし、巻きて縄してこれを夾道の松樹に繋ぎ、左右照耀して、白日に比す。高宗南渡し、臨安に駐蹕して、行在を草創す。まさに一殿を造らんとするに、瓦無く、而して天雨ふり、郡と漕司これを憂う。忽ち一吏白して曰く、「多く兵士を差し、銭鏹を以て関廂の鋪店に分俵し、楼屋の腰簷瓦若干を賃借せよ。旬月にして新瓦到らば、数の如く賠還せん」と。郡司これに従い、殿瓦咄嗟にして弁ず。辛幼安、長沙に在り、後圃に楼を建てて中秋を賞せんと欲す。時すでに八月初旬なり。吏曰く、「他はみな弁ずべきも、ただ瓦のみ及ばず」と。幼安、まず市上において家ごとに銭百を以て簷瓦二十片を賃し、二日を限りて瓦を以て銭を収めしむ。ここにおいて瓦は勝げて用うべからず。〔評〕二事は皆一時の権宜、吏役の法と為すべし。
現代語訳
趙従善が都の長官だったとき、宦官たちが彼を困らせようとして、法要用の赤い机三百脚を用意せよと命じ、宮中の文書で一日以内に揃えるよう期限を切った。従善は酒屋や茶屋から似た机三百脚を集めさせ、きれいに洗い、白い紙を貼って赤い漆を塗らせた。また皇帝と皇后が聚景園へ出かけ、夜に万松嶺を通るとき、すぐに松明三千本を求められた。従善は演芸場や妓楼から竹や葦のすだれを集めさせ、中に脂を詰めて巻き、縄で縛って道の両側の松の木に結びつけたところ、左右が照らされて昼のように明るくなった。高宗が南へ移って臨安に滞在し、仮の宮殿を造ることになったとき、ちょうど一つの殿を建てるのに瓦がなく、雨まで降り出して、郡と運輸担当の役所が困っていた。そこへ一人の役人が言った。「兵士を大勢出し、金を城外の店々に分けて渡し、楼屋の軒瓦をいくらか借り受けなさい。一か月ほどで新しい瓦が届いたら、数のとおり返せばよいのです。」郡の役所がこれに従い、殿の瓦はたちまち揃った。辛幼安は長沙にいたとき、裏庭に楼を建てて中秋の月を楽しもうとした。すでに八月初めだった。役人は「他の材料は用意できますが、瓦だけは間に合いません」と言った。幼安は市中の家ごとに銭百文で軒瓦二十枚を借りさせ、二日以内に瓦を返せば銭を返すと定めた。こうして瓦は使いきれないほど集まった。〔評〕二つの話はどちらも一時しのぎの方便だが、役所の仕事の手本になる。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』應卒・周忱正統中、宮殿を彩繪するに、牛膠万余斤を用いんと計り、官を遣わして江南に勅し、上供せしむること甚だ急なり。時に巡撫周忱、議事を以て京に赴き、途に諸に遇う。敕使、公の還りて治めんことを請う。公曰く、「ただ行け、自ずから処置有らん」と。京に至り、言う、「京庫に貯うる所の牛皮、歳久しくして朽腐す。請う、出して膠を煎じて用に応ぜしめん。帰るを俟ちて、皮を市いて庫に還し、新を以て旧に易えば、両つながら便利を得ん」と。王振欣然としてこれに従う。時に辺事緊急にして、工部、文を移し、盔甲・腰刀数百万を造るを索め、その盔は俱に水磨を要す。公、積む所の余米を取り、数に依りて成造し、かつ水磨の明盔は歳月に非ざれば不可なるを計り、暫く擺錫せしめ、旬日にして弁ず。
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『智囊』經務・賀盛瑞金剛牆は実土にして、在工の夫は止だ二十余名。二人一筐にして、三五日に非ざれば不可なり。公、令を下して曰く、「多く土を抬ぐること一筐ごとに、銭二文を加う。朱木屑を以て記と為す」と。各夫は飛走し、日を終えずして畢る。錦衣衛、鹵簿を修せんことを題し、費を計ること万金。公は其の濫なるを嫌い、監工の内臣が毁壊せる者を持ち、俱に司に送る。公は之を閲し、謂いて曰く、「此れ諸弁が公の精明を畏れ、此の伎倆を作して以て題中の疏語を実にするのみ。然らずんば、駕閣庫に未だ火を聞かず、而して銅帯は胡ぞ由りて焦げん。旧は宜しく腐るべきに、胡ぞ直ちに断ずること切るが如きや」と。内臣は言の如く以て諸弁を詰め、且つ参せんと言う。諸弁は跪き泣きて免を求め、工完りて敢えて嘩する無し。用いること千に及ばずして、鹵簿は已に煥然たり。永寧長公主の挙殯あり。例として席殿・群房等、約三百余間を搭ぐ。内使は臨行の時に俱に拆去す。公は令して隙地を擇びて搭蓋せしめ、揪棍を以て杉木の纜眼の下に横穿して之を埋め、席は麻繩を用いて連合せしむ。在工の人は、公の作の無益なるを笑わざる無し。殯を訖わるや、内官は果たして来たりて木を取らんとす。木根は牢固にして、席は復た連合し、即ち力を以て繩を断ちて之を取るも易からず、遂に舍てて去る。公は夫匠を呼びて謂いて曰く、「山中に風雨暴至すれど、屋の避くべき無し。大殿の拆つ外、余の小房は汝の輩に留めて宿食を作さしめん。何如」と。眾は僉な曰く、「便なり」と。公曰く、「毎一席の官価は一分五釐なるも、今は只だ七釐を作り、工価に抵てん。拆棚の日には、悉く爾らの将ち去るに聴す。麻を断ちて麻筋に作り、木は回料に作せ。何如」と。眾は又た曰く、「便なり」と。
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『智囊』應卒・李允則・太宗卒宋の真宗の時、李允則、滄州に知たり。虜、城を囲むに、城中に炮石無く、乃ち氷を鑿ちて炮と為し、虜解き去る。近時、陳規、安州を守るに、泥を以て炮と為し、城もまた終に下すべからず。太宗、北兵を以て淮を渡らんとするに、時に一葦の楫無し。人有り、嚢中より乾ける豬脬十余を取り、気をその中に内れ、腰間に環著し、水を泅ぎて南し、径ちに舟を奪いて以て済る。
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『智囊』經務・鄭曉時公曰く、「午門以裏の台基の壊石は、長安の両門に移し出すこと甚だ遠し。今、厚載門の修砌・剝岸は、若し軍に命じて右順門に搬出し、啓明門の前より下りて北するは甚だ近し。就ち此の石を以て剝岸を作り填堵すれば、工部の估料を減ずるを須いず、但だ軍士の労力を省くのみにても亦た可なり」と。黄又た曰く、「善し」と。公曰く、「旧例では、火焦の木は、軍が琉璃・黒窯の二廠に搬送す。往回四十里なり。今、焦木は皆な長大にして、唯だに皇城の諸門のみ出で難きにあらず、外面の房は稠く路は狭く、行き難く転じ難し。況んや今は災変にして、各門の内臣の小房は、毁れざれば即ち折壊す。必ず修蓋して方に身を容るべし。焦木を左右順門の外、東西の宝善・思善の二門の前後、並びに啓明・長庚の両長街に移し出し、各内臣に聴して焦皮を擘き炭と作さしめ、木心の用うべき者は任便取り去りて、各おの私房を修めしむに若くは莫し。皇城内の物を以て皇城内の房を修め、皇城の四門を出でざれば、亦た財力を省かん」と。黄又た曰く、「善し」と。錦衣の趙千戸、陸錦衣の帖を持ち来たりて言う、「軍士の搬出せる火焦は、俱に長安の両門外、大街の両旁に置く。四夷の朝貢の人の往来するに、見て不雅なり。慶寿寺の西の夾道に深坑あり。火焦を以て填満すべし」と。
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『智囊』權奇・楊雲才楊雲才は心計多し。每に繕修有れば、略ぼ意を以て之に指授し、人は為す所を知らず。成るに及び、始めて其の精妙に服す。荊州同知為りし日、郡城の改拓に当たり、銭穀の額は已に成命有り、而るに台使者、檄下して、二尺許りを増さんと欲す。監司、守令に謀り、稍や故額を益さんと欲す。雲才、進みて曰く、「某に別画有り、一銭を費やすを煩わさず」と。次日、馳せて陶所に至り、其の模を取りて献ぜしむ。怒りて曰く、「佳からず」と。尽く之を砕き、己の制する所の模を出して之に付して曰く、「第だ式の如く之を為せ」と。諸人、其の式を視るに、以て異なる無し。然れども雲才、実に中に於いて陰かに溢すこと二分許り、之を積みて増す所の数の如きを得たり。城成り、其の故を白す。監司、乃ち大いに服す。〔評〕磚は厚きも陶者は知らず、城は増すも主者は費やさず。心計の妙、思神に侔し。
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