智囊 / 應卒・孔子
魯人燒積澤,天北風,火南倚,恐燒國。哀公自將眾趨救火者,左右無人,盡逐獸,而火不救。召問仲尼,仲尼曰:「逐獸者樂而無罰,救火者苦而無賞,此火之所以不救也。」哀公曰:「善。」仲尼曰:「事急,不及以賞救火者;盡賞之,則國不足以賞於人。請徒行罰。」乃下令曰:「不救火者,比降北之罪;逐獸者,比入禁之罪。」令下未遍,而火已救矣。〔述評〕賈似道為相,臨安失火,賈時方在葛嶺,相距二十里,報者絡繹,賈殊不顧,曰:「至太廟則報。」俄而報者曰:「火且至太廟。」賈從小肩輿,四力士以椎劍護,里許即易人,倏忽即至,下令肅然,不過曰:「焚太廟者斬殿帥。」於是帥率勇士一時救熄。賈雖權奸,而威令必行,其才亦自有快人處。
新字:魯人焼積沢,天北風,火南倚,恐焼国。哀公自将衆趨救火者,左右無人,尽逐獣,而火不救。召問仲尼,仲尼曰:「逐獣者楽而無罰,救火者苦而無賞,此火之所以不救也。」哀公曰:「善。」仲尼曰:「事急,不及以賞救火者;尽賞之,則国不足以賞於人。請徒行罰。」乃下令曰:「不救火者,比降北之罪;逐獣者,比入禁之罪。」令下未遍,而火已救矣。〔述評〕賈似道為相,臨安失火,賈時方在葛嶺,相距二十里,報者絡繹,賈殊不顧,曰:「至太廟則報。」俄而報者曰:「火且至太廟。」賈従小肩輿,四力士以椎剣護,里許即易人,倏忽即至,下令粛然,不過曰:「焚太廟者斬殿帥。」於是帥率勇士一時救熄。賈雖権奸,而威令必行,其才亦自有快人処。
書き下し
魯人、積沢を焼く。天、北風にして火南に倚り、国を焼かんことを恐る。哀公みずから衆を将いて火を救う者を趨らしむるに、左右に人無く、ことごとく獣を逐いて火救われず。仲尼を召して問う。仲尼曰く、「獣を逐う者は楽しみて罰無く、火を救う者は苦しみて賞無し。これ火の救われざる所以なり」と。哀公曰く、「善し」と。仲尼曰く、「事急にして、賞を以て火を救う者に及ぼすに及ばず。ことごとくこれを賞せば、則ち国は以て人に賞するに足らず。請う、ただ罰を行え」と。すなわち令を下して曰く、「火を救わざる者は降北の罪に比し、獣を逐う者は禁に入るの罪に比す」と。令下ること未だ遍からずして、火すでに救われたり。〔述評〕賈似道、相たりし時、臨安に火事あり。賈、時に葛嶺に在り、相距つること二十里、報ずる者絡繹たれども、賈殊に顧みず、曰く、「太廟に至らば則ち報ぜよ」と。にわかにして報ずる者曰く、「火まさに太廟に至らんとす」と。賈、小肩輿に従い、四力士、椎剣を以て護り、里許にして即ち人を易え、倏忽にして即ち至り、令を下して粛然たり。曰く、「太廟を焼かば殿帥を斬る」と言うに過ぎず。ここにおいて帥、勇士を率いて一時に救い熄む。賈は権奸なりといえども、威令必ず行われ、その才もまた自ずから人を快くする処有り。
現代語訳
魯の人が沼沢地の枯れ草を焼いた。折から北風が吹き、火が南へ広がって、都まで焼けかねなかった。哀公は自ら人々を率いて消火に向かわせたが、そばには誰もおらず、みな獣を追いかけていて、火は消えなかった。そこで孔子を呼んで尋ねた。孔子は言った。「獣を追う者は楽しくて罰もなく、火を消す者は苦しいのに褒美がありません。これが火が消えない理由です。」哀公は「なるほど」と言った。孔子は言った。「事は急で、火を消す者に褒美を与える暇がありません。全員に褒美を与えれば、国中の財を使っても足りません。どうか罰だけを行ってください。」そこで命令を出した。「火を消さない者は、敵に降伏し逃げた罪と同じにする。獣を追う者は、禁苑に侵入した罪と同じにする。」命令が行き渡る前に、火はもう消えていた。〔述評〕賈似道が宰相だったとき、臨安で火事があった。賈は葛嶺におり、現場から二十里離れていて、報告が次々来たが全く気にせず、「太廟に届いたら知らせよ」と言った。しばらくして「火が太廟に迫っています」と報告があった。賈は小さな輿に乗り、四人の力士が鉄槌と剣で護り、一里ほどで担ぎ手を替え、たちまち現場に着いて、粛然と命令を下した。ただ「太廟を焼いたら殿帥を斬る」と言っただけだった。そこで殿帥は勇士を率いて一気に消し止めた。賈は権力を握った悪臣だが、命令を必ず実行させ、その才にはおのずと痛快なところがある。
解説
この章句が説くこと
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