智囊 / 靈變・張濬
建炎初,駕幸錢塘,而留張忠獻於平江為後鎮。時湯東野適為守將,一日聞有赦令當至,心疑之,走白張公。公曰:「亟遣吏屬解事者往視,緩驛騎而先取以歸。」湯遣官發視,乃偽詔也,度不可宣,而事已彰灼。卒徒急於望賜,懼有變,復謀之張公,公曰:「今便發庫錢,示行賞之意。」乃屏偽詔,而陰取故府所藏登極赦書置輿中,迎登譙門,讀而張之,即去其階,禁,無敢輒登者。而散給金帛如郊賚時,於是人情略定,乃決大計。
新字:建炎初,駕幸銭塘,而留張忠献於平江為後鎮。時湯東野適為守将,一日聞有赦令当至,心疑之,走白張公。公曰:「亟遣吏属解事者往視,緩駅騎而先取以帰。」湯遣官発視,乃偽詔也,度不可宣,而事已彰灼。卒徒急於望賜,懼有変,復謀之張公,公曰:「今便発庫銭,示行賞之意。」乃屏偽詔,而陰取故府所蔵登極赦書置輿中,迎登譙門,読而張之,即去其階,禁,無敢輒登者。而散給金帛如郊賚時,於是人情略定,乃決大計。
書き下し
建炎の初め、駕は銭塘に幸し、張忠献を平江に留めて後鎮と為す。時に湯東野は適々守将と為る。一日、赦令の当に至るべきを聞き、心に之を疑い、走りて張公に白す。公曰く、「亟かに吏属の事を解する者を遣わして往きて視せしめ、駅騎を緩めて先ず取りて以て帰らしめよ」と。湯は官を遣わして発視するに、乃ち偽詔なり。宣ぶべからずと度るも、事は已に彰灼たり。卒徒は賜を望むに急にして、変有るを懼る。復た張公に謀る。公曰く、「今は便ち庫銭を発して、賞を行うの意を示せ」と。乃ち偽詔を屏け、陰かに故府に蔵する所の登極の赦書を取りて輿中に置き、迎えて譙門に登り、読みて之を張り、即ち其の階を去り、禁じて敢えて輒ち登る者無からしむ。而して金帛を散給すること郊賚の時の如くす。是に於いて人情は略定まり、乃ち大計を決せり。
現代語訳
建炎の初め、皇帝は銭塘に行幸し、張忠献を平江に留めて後方の守りとした。そのとき湯東野がちょうど守将になっていた。ある日、赦令が届くと聞き、心に疑いを抱き、走って張公に報告した。公は言った。「すぐに事情をよく分かった役人を遣わして見に行かせ、宿駅の伝令の馬を緩めて、先に取って持って帰らせよ」。湯は役人を遣わして開封して見ると、偽の詔書であった。公に宣布できないと分かったが、事はすでに広く知れ渡っていた。兵たちは褒賞を望むことに急で、変事が起きるのを恐れた。再び張公に相談した。公は言った。「今すぐ倉庫の銭を出して、褒賞を行う意向を示せ」。そこで偽の詔書をしりぞけ、ひそかに旧い役所に蔵してあった即位の際の赦書を取り出して輿の中に置き、迎えて城門の楼に登り、読み上げて掲示し、すぐに階段を取り払って、登ろうとする者がいないよう禁じた。そして金銭と絹を、郊祀のときの褒賞のように配った。こうして人心はおおよそ落ち着き、そのあとで大きな計画を決めた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』僖公三十三年 弦高、秦師を犒う三十三年春、秦の師周の北門を過ぐ。左右冑を免ぎて下り、超乘する者三百乘。王孫滿尚ほ幼し。之を觀て、王に言ひて曰く、「秦の師輕くして禮無し。必ず敗れん。輕ければ則ち謀寡く、禮無ければ則ち脫(だつ)す。險に入りて脫し、又謀る能はず、能く敗るること無からんや」と。滑に及び、鄭の商人弦高將に周に市せんとして、之に遇ふ。乘韋を以って先にし、牛十二もて師を犒ひて曰く、「寡君吾子の將に師を步ませて敝邑より出でんとするを聞き、敢へて從者を犒はしむ。不腆(ふてん)の敝邑、從者の淹(ひさ)しきが為に、居れば則ち一日の積を具へ、行けば則ち一夕の衛を備へん」と。且つ遽(きょ)をして鄭に告げしむ。鄭の穆公客館を視しむれば、則ち束載し、兵を厲(と)ぎ、馬に秣(まぐさか)へり。皇武子をして辭せしめて曰く、「吾子敝邑に淹久し、唯だ是れ脯資・餼牽竭きたり。吾子の將に行かんとするが為なり。鄭の原圃有るは、猶ほ秦の具囿有るがごときなり。吾子其の麋鹿を取りて、以って敝邑を閒(やす)んぜしめば、若何」と。杞子齊に奔り、逢孫・楊孫宋に奔る。孟明曰く、「鄭備へ有り、冀(こひねが)ふ可からず。之を攻むれども克たず、之を圍めども繼がず。吾其れ還らん」と。滑を滅ぼして還る。齊の國莊子來聘す。郊勞より贈賄に至るまで、禮成りて之に加ふるに敏を以ってす。臧文仲公に言ひて曰く、「國子政を為し、齊猶ほ禮有り。君其れ朝せよ。臣之を聞く、禮有るに服するは、社稷の衛なり」と。
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言志四録・言志晩録 第百十八条 崎人の話余往年崎に遊び、崎人の話を聞く。曰く、「漢土に不逞の徒有り、多く満州に出奔し、満より再び蕃舶に投ず。故に蕃舶の中往往漢人有りて、之が耳目と為る。憎むべきの甚しきなり。今漢満一家にして、関門厳ならず。奈何ともすべからず」と。此の話徒に聞くべきに非ず。
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『墨子』號令守樓は質宫に臨みて善く周し、必ず宻に樓を塗り、下をして上を見る無く、上は下を見、下は上に人有ると人無きとを知る無からしむ。守の親しく舉ぐる所の吏の貞亷忠信にして害無く事に任ず可き者は、其の飲食酒肉、禁ずる勿かれ。錢金・布帛・財物は各おの自ら之を守り、慎んで相い盜む勿かれ。葆宫の牆は必ず三重、牆の垣、守る者、皆な瓦釜を牆上に累ぬ。門に吏有り、門里を主る者、筦閉には必ず太守の節を須つ。葆衛には必ず戍卒の重厚なる者を取り、吏の忠信なる者、害無く事に任ず可き者を擇ぶを請う。将衛をして自ら十尺の垣を築き、周く牆を還らしむ。門・閨なる者は、令衛の司馬門に非ず。氣を望む者の舍は必ず太守に近くし、巫の舍は必ず公社に近くし、必ず之を敬神す。巫・祝・史と氣を望む者とは、必ず善言を以て民に告げ、請を以て守上に報じ、守、獨り其の請を知るのみ。氣を望むに與らずして妄りに不善の言を為して民を驚恐せしむれば、斷じて赦す勿かれ。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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『墨子』迎敵祠凡そ氣を望むに、大将の氣有り、小将の氣有り、往く氣有り、來たる氣有り、敗るる氣有り。能く此を得眀らかにする者は、成敗・吉凶を知る可し。巫・醫・卜を舉げて所有らしめ、長く藥を具え、之を宫にし、善く舍を為る。巫は必ず公社に近くし、必ず之を敬神す。巫卜、以て守に請い、守、獨り巫卜の望むの氣の請を智るのみ。
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