智囊 / 靈變・張佳胤
公呼天平來,又嫌幾小,索庫中長幾,橫之後堂,二僚亦至,公與敬隔幾為賓主,而章不離公左右,公乃持砝碼語章曰:「汝不肯代官長校視輕重耶?」章稍稍就幾,而九人者捧其所裹鐵器競前,公乘間脫走,大呼擒賊。敬起撲公不及,自剄樹下;生縛章,考訊又得王保等三賊主名,亟捕之,已亡命入京矣。為上狀,緹帥陸炳盡捕誅之。〔祁爾光曰〕「當命懸呼吸間,而神閒氣定,款語揖讓,從眉指目語外,另構空中籌畫,殲厥劇盜,如制小兒。經濟權略,真獨步一時矣。」
新字:公呼天平来,又嫌幾小,索庫中長幾,横之後堂,二僚亦至,公与敬隔幾為賓主,而章不離公左右,公乃持砝碼語章曰:「汝不肯代官長校視軽重耶?」章稍稍就幾,而九人者捧其所裹鉄器競前,公乗間脱走,大呼擒賊。敬起撲公不及,自剄樹下;生縛章,考訊又得王保等三賊主名,亟捕之,已亡命入京矣。為上状,緹帥陸炳尽捕誅之。〔祁爾光曰〕「当命懸呼吸間,而神閒気定,款語揖譲,従眉指目語外,另構空中籌画,殲厥劇盗,如制小児。経済権略,真独歩一時矣。」
書き下し
公は天平を呼び来らしめ、又た几の小さきを嫌い、庫中の長几を索め、これを後堂に横たえ、二僚も亦た至る。公は敬と几を隔てて賓主と為り、而して章は公の左右を離れず。公は乃ち砝碼を持ちて章に語りて曰く、「汝は官長の為に軽重を校視するを肯んぜざるや」と。章は稍稍に几に就く。而して九人の者は捧ぐる所の裹みたる鉄器を持ちて競い前む。公は間に乗じて脱走し、大いに呼びて賊を擒えんとす。敬は起ちて撲つも公に及ばず、自ら樹下に剄ねて死す。章を生け縛り、考訊して又た王保らの三賊の主名を得、亟かに捕らうるも、已に亡命して京に入れり。上状を為せば、緹帥の陸炳は尽く捕えて之を誅す。〔祁爾光曰く〕「命の呼吸の間に懸かる当たりして、神は閒に気は定まり、款語揖讓し、眉指目語の外に、別に空中の籌畫を構え、厥の劇盗を殲すこと、小児を制するが如し。経済権略、真に一時に独歩せり。」
現代語訳
公は天秤を持ってこさせ、さらに机が小さいのを嫌って、庫の中の長い机を求め、奥の座敷に横に置かせた。二人の同僚の役人も来た。公は敬と机を隔てて客と主人のように座り、章は公の左右を離れなかった。公は分銅を持って章に言った。「あなたは長官のために、重さを確かめる手伝いをしてくれないのか」。章は少しずつ机に近づいた。そのとき、九人の者が包んだ鉄の道具を捧げて競って前に進んだ。公はそのすきに逃げ出し、大声で賊を捕らえよと叫んだ。敬は立ち上がって追ったが公に及ばず、自分で首をはねて木の下で死んだ。章は生け捕りにされ、取り調べを受けて、さらに王保ら三人の賊の名前も分かり、急いで捕らえようとしたが、すでに京へ逃亡していた。上に報告すると、緹騎の長官である陸炳が、すべて捕らえて処刑した。〔祁爾光は言う〕「命が呼吸のあいだにかかっているときに、心は静かで気は落ち着き、丁寧な言葉で礼を尽くし、目配せや身ぶりの外に、別に空中に策を巡らせて、あの大盗を滅ぼしたことは、まるで子どもを制するかのようだ。経済と権略は、まことに当時並ぶ者がなかった」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 項羽本紀今関に入りて、財物取る所無く、婦女幸する所無し、此れ其の志小に在らず。吾人をして其の気を望ましむるに、皆龍虎を為し、五采を成す、此れ天子の気なり。急ぎ撃ちて失ふ勿かれ。」と。楚の左尹項伯は、項羽の季父なり、素より留侯張良に善し。張良是の時沛公に従ふ、項伯乃ち夜馳せて沛公の軍に之き、私かに張良に見え、具に告ぐるに事を以てし、張良を呼びて与に倶に去らんと欲す。曰く、「倶に死する毋かれ。」と。張良曰く、「臣韓王の為に沛公を送る、沛公今事急有り、亡げ去るは不義なり、語らざるべからず。」と。良乃ち入りて、具に沛公に告ぐ。沛公大いに驚きて、曰く、「之を為すこと柰何(いかん)。」と。張良曰く、「誰か大王の為に此の計を為せし者ぞ。」と。曰く、「鯫生(そうせい)我に説きて曰く『関を距(ふせ)ぎ、諸侯を内(い)るる毋くんば、秦の地尽く王たるべし』と。故に之を聴く。」と。良曰く、「大王の士卒を料るに以て項王に当たるに足るか。」と。沛公默然として、曰く、「固より如かず、且つ之を為すこと柰何。」と。張良曰く、「請ふ往きて項伯に謂ひ、沛公敢へて項王に背かざるを言はん。」と。沛公曰く、「君安んぞ項伯と故有る。」と。張良曰く、「秦の時臣と游ぶ、項伯人を殺す、臣之を活かす。今事急有り、故に幸ひに来りて良に告ぐ。」と。沛公曰く、「君と孰れか少長なる。」と。良曰く、「臣より長なり。」と。沛公曰く、「君我が為に呼び入れよ、吾兄として之に事ふるを得ん。」と。張良出でて、項伯を要(むか)ふ。項伯即ち入りて沛公に見ゆ。沛公巵酒を奉じて寿を為し、約して婚姻を為し、曰く、「吾関に入りて、秋豪も敢へて近づく所有らず、吏民を籍し、府庫を封じて、将軍を待つ。将を遣はして関を守らしむる所以の者は、他盗の出入と非常とに備ふるなり。日夜将軍の至るを望む、豈に敢へて反かんや。願はくは伯具に臣の敢へて徳に倍(そむ)かざるを言へ。」と。項伯許諾す。沛公に謂ひて曰く、「旦日蚤く自ら来りて項王に謝せざるべからず。」と。沛公曰く、「諾。」と。是に於て項伯復た夜去り、軍中に至り、具に沛公の言を以て項王に報ず。
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『春秋左氏伝』襄公十八年 太子、剣を抜きて鞅を断つ十二月戊戌、秦周に及びて雍門の萩を伐つ。范鞅雍門に門す。其の御追喜、戈を以って犬を門中に殺す。孟莊子其の橁を斬りて、以って公の琴と為す。己亥、雍門及び西郭・南郭を焚く。劉難・士弱、諸侯の師を率ゐて、申池の竹木を焚く。壬寅、東郭・北郭を焚く。范鞅揚門に門す。州綽東閭に門す。左驂迫りて、東門の中に還り、枚を以って闔を數ふ。齊侯駕して、將に郵棠に走らんとす。大子と郭榮と馬を扣へて曰く、「師速やかにして疾し、略するなり。將に退かんとす。君何ぞ懼れん。且つ社稷の主は、以って輕んずべからず。輕んずれば則ち眾を失ふ。君必ず之を待て」と。將に之を犯さんとす。大子劍を抽きて鞅を斷つ。乃ち止む。甲辰、東のかた侵して濰に及び、南のかた沂に及ぶ。
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『春秋左氏伝』襄公九年 宋の大火と天道九年春、宋災あり。樂喜、司城と為り、以て政を為す。伯氏をして里を司らしむ。火の未だ至らざる所は、小屋を徹し、大屋を塗り、畚挶(ほんきょく)を陳ね、綆缶(かうふ)を具へ、水器を備へ、輕重を量り、水潦を蓄へ、土塗を積み、丈城を巡り、守備を繕ひ、火道を表す。華臣をして正徒を具へしめ、隧正に令して郊保を納れ、火所に奔らしむ。華閱をして右官を討めしめ、官ごとに其の司を庀(をさ)めしむ。向戌をして左を討めしむること、亦た之の如し。樂遄をして刑器を庀めしむること、亦た之の如し。皇鄖をして校正に命じて馬を出さしめ、工正に車を出さしめ、甲兵を備へ、武守を庀めしむ。西鉏吾をして府守を庀めしめ、司宮・巷伯に令して宮を儆めしむ。二師、四鄉の正に令して敬んで享せしむ。祝宗、馬を四墉に用ゐ、盤庚を西門の外に祀る。晉侯、士弱に問ひて曰く、「吾之を聞く、宋災あり、是に於てか天道有るを知ると。何の故ぞ」と。對へて曰く、「古の火正は、或いは心に食し、或いは咮(ちう)に食し、以て火を出內す。是の故に咮を鶉火と為し、心を大火と為す。陶唐氏の火正閼伯(あつはく)、商丘に居りて大火を祀り、而して火もて時を紀す。相土之に因る。故に商は大火を主とす。商人、其の禍敗の釁(きざし)を閱するに、必ず火に始まる。是を以て日に其の天道有るを知るなり」と。公曰く、「必すべきか」と。對へて曰く、「道に在り。國亂れて象無ければ、知るべからざるなり」と。
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「罪無くして士を殺さば、則ち大夫以て去る可し。罪無くして民を戮せば、則ち士以て徙る可し。」
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史記 刺客列伝千金の資幣物を持ちて、厚く秦王の寵臣中庶子蒙嘉に遺る。嘉為に先づ秦王に言ひて曰く、「燕王誠に大王の威を振怖し、敢て兵を挙げて以て軍吏に逆らはず、願はくは国を挙げて内臣と為り、諸侯の列に比し、貢職を給すること郡県の如くにして、先王の宗廟を奉守するを得んと。恐懼して敢て自ら陳べず、謹んで樊於期の頭を斬り、及び燕の督亢の地図を献じ、函封し、燕王庭に拝送し、使をして以て大王に聞せしむ。唯だ大王之に命ぜよ」と。秦王之を聞き、大いに喜び、乃ち朝服し、九賓を設け、燕の使者に咸陽宮に見ゆ。荊軻、樊於期の頭の函を奉じ、而して秦舞陽地図の柙を奉じ、次を以て進む。陛に至り、秦舞陽色変じ振恐す。群臣之を怪しむ。荊軻顧みて舞陽を笑ひ、前みて謝して曰く、「北蕃蛮夷の鄙人、未だ嘗て天子に見えず。故に振慴す。願はくは大王少しく之を仮借し、使を前に畢ふるを得しめよ」と。秦王軻に謂ひて曰く、「舞陽の持つ所の地図を取れ」と。軻既に図を取りて之を奏す。秦王図を発く。図窮まりて匕首見る。因りて左手に秦王の袖を把り、而して右手に匕首を持ちて之を揕す。未だ身に至らず。秦王驚き、自ら引きて起つ。袖絶ゆ。剣を抜かんとするも、剣長く、其の室を操る。時に惶急し、剣堅く、故に立ちどころに抜くべからず。荊軻秦王を逐ふ。秦王柱を環りて走る。群臣皆愕き、卒かに意はざるに起こり、尽く其の度を失ふ。而して秦の法、群臣の殿上に侍する者は尺寸の兵を持つを得ず。諸郎中の兵を執るもの皆殿下に陳なり、詔召有るに非ずんば上るを得ず。急なる時に方り、下の兵を召すに及ばず。故を以て荊軻乃ち秦王を逐ふ。而して卒かに惶急し、以て軻を撃つ無く、而して手を以て共に之を搏つ。是の時侍医夏無且、其の奉ずる所の薬嚢を以て荊軻に提つ。秦王方に柱を環りて走り、卒かに惶急して、為す所を知らず。左右乃ち曰く、「王剣を負へ」と。
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説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
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