智囊 / 靈變・張佳胤
公意頗疑,遂延入後堂。敬扣公左手,章擁背,同入室坐炕上。敬掀髯笑曰:「公不知我耶?我壩上來,聞公帑有萬金,願以相借。」遂與章共出匕首,置公頸。公不為動,從容語曰:「爾所圖非報仇也,我即愚,奈何以財故輕吾生?即不匕首,吾書生孱夫能奈爾何,且爾既稱朝使,奈何自露本相?使人窺之,非爾利也。」賊以為然,遂袖匕首。公曰:「滑小邑,安得多金?」敬出札記如數,公不復辯,但請勿多取以累吾官。後覆開諭。久之,曰:「吾黨五人,當予五千金。」公謝曰:「幸甚,但爾兩人橐中能裝此耶?抑何策出此官舍也?」賊曰:「公慮良是。當為我具大車一乘,載金其上,仍械公如詔逮故事,不許一人從,從即先刺公。俟吾黨躍馬去,乃釋公身。」公曰:「逮我晝行,邑人必困爾,即刺我何益?不若夜行便。」二賊相顧稱善。
新字:公意頗疑,遂延入後堂。敬扣公左手,章擁背,同入室坐炕上。敬掀髯笑曰:「公不知我耶?我壩上来,聞公帑有万金,願以相借。」遂与章共出匕首,置公頸。公不為動,従容語曰:「爾所図非報仇也,我即愚,奈何以財故軽吾生?即不匕首,吾書生孱夫能奈爾何,且爾既称朝使,奈何自露本相?使人窺之,非爾利也。」賊以為然,遂袖匕首。公曰:「滑小邑,安得多金?」敬出札記如数,公不復弁,但請勿多取以累吾官。後覆開諭。久之,曰:「吾党五人,当予五千金。」公謝曰:「幸甚,但爾両人橐中能装此耶?抑何策出此官舎也?」賊曰:「公慮良是。当為我具大車一乗,載金其上,仍械公如詔逮故事,不許一人従,従即先刺公。俟吾党躍馬去,乃釈公身。」公曰:「逮我昼行,邑人必困爾,即刺我何益?不若夜行便。」二賊相顧称善。
書き下し
公は意に頗る疑い、遂に延べて後堂に入らしむ。敬は公の左手を扣え、章は背を擁し、同じく室に入りて炕上に坐す。敬は髯を掀げて笑いて曰く、「公は我を知らざるか。我は壩上より来たり、公の帑に万金有りと聞き、願わくは以て相い借りん」と。遂に章と共に匕首を出して、公の頸に置く。公は為に動かず、従容として語りて曰く、「爾の図る所は仇に報ゆるに非ず。我は即い愚なりとも、奈何ぞ財の故を以て吾が生を軽んずるや。即い匕首せずとも、吾は書生の孱夫、爾を奈何ともせん。且つ爾は既に朝使と称す、奈何ぞ自ら本相を露わす。人をしてこれを窺わしめば、爾の利に非ず」と。賊は以て然りとし、遂に匕首を袖にす。公曰く、「滑は小邑なり、安んぞ多金を得ん」と。敬は札記を出だして数の如くす。公は復た辨ぜず、但だ請う、多く取りて吾が官を累わす勿れと。後に覆た開諭す。久しくして曰く、「吾が党は五人、当に五千金を予うべし」と。公は謝して曰く、「幸甚なり。但だ爾の両人の橐中にこれを装うを能うか。抑も何の策あって此の官舎を出でんとするか」と。賊曰く、「公の慮は良に是なり。当に我が為に大車一乗を具え、金を其の上に載せ、仍お公を械して詔もて逮する故事の如くすべし。一人の従うを許さず、従えば即ち先に公を刺さん。吾が党の馬を躍らせて去るを俟ちて、乃ち公の身を釈さん」と。公曰く、「我を逮するに昼行せば、邑の人は必ず爾を困しめん、即い我を刺すとも何の益あらん。夜行するに如かず、便なり」と。二賊は相い顧みて善しと称す。
現代語訳
公は内心かなり疑いを深めたが、そのまま奥の座敷へ案内した。敬は公の左手をつかみ、章は背後から抱え込み、一緒に部屋に入って暖房の台の上に座った。敬はひげをかき上げて笑い、「あなたは我々が誰だか分からないのか。我々は壩上から来た。あなたの金庫に一万金があると聞いた。それを借りたい」と言った。そして章とともに短刀を出して公の首にあてた。公は動じず、落ち着いて言った。「あなた方の狙いは仇討ちではない。私が愚かであっても、金のために自分の命を軽んじはしない。短刀を向けなくとも、私は書生の弱い男だ、あなた方をどうこうできない。しかもあなた方は勅使と名乗った。自分から正体をさらしては、誰かに見られれば損になる」。賊はもっともだと思い、短刀を袖にしまった。公は言った。「滑県は小さな県だ、そんなに金があるはずがない」。敬は帳簿のメモを出して数字を示した。公はもう弁解せず、ただ、多く取って私の官職に累を及ぼさないでほしいと頼んだ。そのあとも言葉を尽くして説いた。しばらくして賊は言った。「われわれの仲間は五人だ。五千金を渡せ」。公は礼を言い、「ありがたい。ただ、あなた方二人の袋にそれが入りますか。どんな方法でこの役所から出るつもりですか」と言った。賊は答えた。「あなたの心配はもっともだ。我々のために大きな車を一台用意し、金をその上に載せ、あなたを詔で逮捕する手続きのように縛って連れて行く。人の同行は許さず、付いてくれば先にあなたを刺す。仲間が馬で去ったあとに、あなたを放す」。公は言った。「私を逮捕して昼に行けば、町の者がきっとあなた方を取り囲む。私を刺しても何の得もない。夜に行くほうが好都合だ」。二人の賊は顔を見合わせ、よい考えだと言った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 項羽本紀今関に入りて、財物取る所無く、婦女幸する所無し、此れ其の志小に在らず。吾人をして其の気を望ましむるに、皆龍虎を為し、五采を成す、此れ天子の気なり。急ぎ撃ちて失ふ勿かれ。」と。楚の左尹項伯は、項羽の季父なり、素より留侯張良に善し。張良是の時沛公に従ふ、項伯乃ち夜馳せて沛公の軍に之き、私かに張良に見え、具に告ぐるに事を以てし、張良を呼びて与に倶に去らんと欲す。曰く、「倶に死する毋かれ。」と。張良曰く、「臣韓王の為に沛公を送る、沛公今事急有り、亡げ去るは不義なり、語らざるべからず。」と。良乃ち入りて、具に沛公に告ぐ。沛公大いに驚きて、曰く、「之を為すこと柰何(いかん)。」と。張良曰く、「誰か大王の為に此の計を為せし者ぞ。」と。曰く、「鯫生(そうせい)我に説きて曰く『関を距(ふせ)ぎ、諸侯を内(い)るる毋くんば、秦の地尽く王たるべし』と。故に之を聴く。」と。良曰く、「大王の士卒を料るに以て項王に当たるに足るか。」と。沛公默然として、曰く、「固より如かず、且つ之を為すこと柰何。」と。張良曰く、「請ふ往きて項伯に謂ひ、沛公敢へて項王に背かざるを言はん。」と。沛公曰く、「君安んぞ項伯と故有る。」と。張良曰く、「秦の時臣と游ぶ、項伯人を殺す、臣之を活かす。今事急有り、故に幸ひに来りて良に告ぐ。」と。沛公曰く、「君と孰れか少長なる。」と。良曰く、「臣より長なり。」と。沛公曰く、「君我が為に呼び入れよ、吾兄として之に事ふるを得ん。」と。張良出でて、項伯を要(むか)ふ。項伯即ち入りて沛公に見ゆ。沛公巵酒を奉じて寿を為し、約して婚姻を為し、曰く、「吾関に入りて、秋豪も敢へて近づく所有らず、吏民を籍し、府庫を封じて、将軍を待つ。将を遣はして関を守らしむる所以の者は、他盗の出入と非常とに備ふるなり。日夜将軍の至るを望む、豈に敢へて反かんや。願はくは伯具に臣の敢へて徳に倍(そむ)かざるを言へ。」と。項伯許諾す。沛公に謂ひて曰く、「旦日蚤く自ら来りて項王に謝せざるべからず。」と。沛公曰く、「諾。」と。是に於て項伯復た夜去り、軍中に至り、具に沛公の言を以て項王に報ず。
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『春秋左氏伝』襄公十八年 太子、剣を抜きて鞅を断つ十二月戊戌、秦周に及びて雍門の萩を伐つ。范鞅雍門に門す。其の御追喜、戈を以って犬を門中に殺す。孟莊子其の橁を斬りて、以って公の琴と為す。己亥、雍門及び西郭・南郭を焚く。劉難・士弱、諸侯の師を率ゐて、申池の竹木を焚く。壬寅、東郭・北郭を焚く。范鞅揚門に門す。州綽東閭に門す。左驂迫りて、東門の中に還り、枚を以って闔を數ふ。齊侯駕して、將に郵棠に走らんとす。大子と郭榮と馬を扣へて曰く、「師速やかにして疾し、略するなり。將に退かんとす。君何ぞ懼れん。且つ社稷の主は、以って輕んずべからず。輕んずれば則ち眾を失ふ。君必ず之を待て」と。將に之を犯さんとす。大子劍を抽きて鞅を斷つ。乃ち止む。甲辰、東のかた侵して濰に及び、南のかた沂に及ぶ。
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『春秋左氏伝』襄公九年 宋の大火と天道九年春、宋災あり。樂喜、司城と為り、以て政を為す。伯氏をして里を司らしむ。火の未だ至らざる所は、小屋を徹し、大屋を塗り、畚挶(ほんきょく)を陳ね、綆缶(かうふ)を具へ、水器を備へ、輕重を量り、水潦を蓄へ、土塗を積み、丈城を巡り、守備を繕ひ、火道を表す。華臣をして正徒を具へしめ、隧正に令して郊保を納れ、火所に奔らしむ。華閱をして右官を討めしめ、官ごとに其の司を庀(をさ)めしむ。向戌をして左を討めしむること、亦た之の如し。樂遄をして刑器を庀めしむること、亦た之の如し。皇鄖をして校正に命じて馬を出さしめ、工正に車を出さしめ、甲兵を備へ、武守を庀めしむ。西鉏吾をして府守を庀めしめ、司宮・巷伯に令して宮を儆めしむ。二師、四鄉の正に令して敬んで享せしむ。祝宗、馬を四墉に用ゐ、盤庚を西門の外に祀る。晉侯、士弱に問ひて曰く、「吾之を聞く、宋災あり、是に於てか天道有るを知ると。何の故ぞ」と。對へて曰く、「古の火正は、或いは心に食し、或いは咮(ちう)に食し、以て火を出內す。是の故に咮を鶉火と為し、心を大火と為す。陶唐氏の火正閼伯(あつはく)、商丘に居りて大火を祀り、而して火もて時を紀す。相土之に因る。故に商は大火を主とす。商人、其の禍敗の釁(きざし)を閱するに、必ず火に始まる。是を以て日に其の天道有るを知るなり」と。公曰く、「必すべきか」と。對へて曰く、「道に在り。國亂れて象無ければ、知るべからざるなり」と。
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「罪無くして士を殺さば、則ち大夫以て去る可し。罪無くして民を戮せば、則ち士以て徙る可し。」
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史記 刺客列伝千金の資幣物を持ちて、厚く秦王の寵臣中庶子蒙嘉に遺る。嘉為に先づ秦王に言ひて曰く、「燕王誠に大王の威を振怖し、敢て兵を挙げて以て軍吏に逆らはず、願はくは国を挙げて内臣と為り、諸侯の列に比し、貢職を給すること郡県の如くにして、先王の宗廟を奉守するを得んと。恐懼して敢て自ら陳べず、謹んで樊於期の頭を斬り、及び燕の督亢の地図を献じ、函封し、燕王庭に拝送し、使をして以て大王に聞せしむ。唯だ大王之に命ぜよ」と。秦王之を聞き、大いに喜び、乃ち朝服し、九賓を設け、燕の使者に咸陽宮に見ゆ。荊軻、樊於期の頭の函を奉じ、而して秦舞陽地図の柙を奉じ、次を以て進む。陛に至り、秦舞陽色変じ振恐す。群臣之を怪しむ。荊軻顧みて舞陽を笑ひ、前みて謝して曰く、「北蕃蛮夷の鄙人、未だ嘗て天子に見えず。故に振慴す。願はくは大王少しく之を仮借し、使を前に畢ふるを得しめよ」と。秦王軻に謂ひて曰く、「舞陽の持つ所の地図を取れ」と。軻既に図を取りて之を奏す。秦王図を発く。図窮まりて匕首見る。因りて左手に秦王の袖を把り、而して右手に匕首を持ちて之を揕す。未だ身に至らず。秦王驚き、自ら引きて起つ。袖絶ゆ。剣を抜かんとするも、剣長く、其の室を操る。時に惶急し、剣堅く、故に立ちどころに抜くべからず。荊軻秦王を逐ふ。秦王柱を環りて走る。群臣皆愕き、卒かに意はざるに起こり、尽く其の度を失ふ。而して秦の法、群臣の殿上に侍する者は尺寸の兵を持つを得ず。諸郎中の兵を執るもの皆殿下に陳なり、詔召有るに非ずんば上るを得ず。急なる時に方り、下の兵を召すに及ばず。故を以て荊軻乃ち秦王を逐ふ。而して卒かに惶急し、以て軻を撃つ無く、而して手を以て共に之を搏つ。是の時侍医夏無且、其の奉ずる所の薬嚢を以て荊軻に提つ。秦王方に柱を環りて走り、卒かに惶急して、為す所を知らず。左右乃ち曰く、「王剣を負へ」と。
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説苑・建本豊牆磽下は未だ必ずしも崩れざるも、流行潦至れば、壊るること必ず先んず。樹の本浅く、根垓深からざるは、未だ必ずしも橛れざるも、飄風起こり暴雨至れば、抜けること必ず先んず。君子是の国に居りて、仁義を崇めず賢臣を尊ばざるも、未だ必ずしも亡びざるも、然れども一旦非常の変有らば、車馳せ人走り、指して禍至れば、乃ち始めて喉を干し唇を燋がし、天を仰ぎて歎じ、庶幾わくは天其れ之を救わんと、亦難からずや。孔子曰わく、「其の前を慎まずして其の後を悔ゆれば、悔ゆると雖も及ぶ無し」と。詩に曰わく、「其れ啜りて泣く、何ぞ嗟くも及ばん」と。本を先に正さずして末に憂いを成すを言うなり。
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