智囊 / 權奇・王東亭
王緒素讒殷荊州於王國寶,殷甚患之,求術於王東亭。曰:「卿但數詣王緒,往輒屏人,因論他事,如此則二王之好離矣。」殷從之,國寶見王緒,問曰:「比與仲堪何所道?」緒云:「故是常談。」國寶謂緒於己有隱,情好日疏,讒言用息。〔評〕此曹瞞間韓馬之故智。張濬殺平陽牧守,亦用此術。平陽牧張姓,蒲帥王珂之大校。
新字:王緒素讒殷荊州於王国宝,殷甚患之,求術於王東亭。曰:「卿但数詣王緒,往輒屏人,因論他事,如此則二王之好離矣。」殷従之,国宝見王緒,問曰:「比与仲堪何所道?」緒云:「故是常談。」国宝謂緒於己有隠,情好日疏,讒言用息。〔評〕此曹瞞間韓馬之故智。張濬殺平陽牧守,亦用此術。平陽牧張姓,蒲帥王珂之大校。
書き下し
王緒、素より殷荊州を王国宝に讒す。殷これを甚だ患い、術を王東亭に求む。曰く、「卿、但だ数々王緒に詣り、往けば輒ち人を屏け、因りて他事を論ぜよ。此の如くんば則ち二王の好は離れん」と。殷これに従う。国宝、王緒に見えて問いて曰く、「比ごろ仲堪と何の道う所ぞ」と。緒云う、「故より是れ常談のみ」と。国宝、緒は己に於て隠す有りと謂い、情好日に疏く、讒言用て息む。〔評〕此れ曹瞞の韓馬を間てし故智なり。張濬が平陽の牧守を殺せしも、亦た此の術を用う。平陽の牧は張姓、蒲帥王珂の大校なり。
現代語訳
王緒はもともと殷荊州(殷仲堪)のことを王国宝に悪く言っていた。殷はこれをたいへん心配し、王東亭に策を求めた。王東亭は言った。「あなたはただ、何度も王緒のもとを訪れなさい。行ったらそのたびに人払いをして、関係のない話をするのです。そうすれば二人の仲は離れるでしょう」。殷はそのとおりにした。王国宝は王緒に会って尋ねた。「このごろ仲堪とは何を話しているのか」。王緒は「いつもの世間話です」と答えた。国宝は、王緒が自分に何か隠していると思い、親しさは日ごとに薄れ、讒言はやんだ。〔評〕これは曹操が韓遂と馬超の仲を裂いた昔の計略と同じである。張濬が平陽の牧守を殺したときも、この手を使った。平陽の牧は張という姓で、蒲州の帥である王珂の大校であった。
解説
この章句が説くこと
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『酔古堂剣掃』集醒・秋風の耳を過ぐると作す金を鑠かし玉を玷すは、從來讒人に乏しからず。 垢を洗ひて瘢を索むるは、尤も多きを佳士に求むるを好む。 止だ秋風の耳を過ぐると作さば、何ぞ尺霧の天を障ふるを妨げん。
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『春秋左氏伝』昭公二十一年 華多僚の讒言宋の華費遂、華貙・華多僚・華登を生む。貙は少司馬為り。多僚は御士為り。貙と相惡む。乃ち諸を公に譖して曰く、「貙將に亡人を納れんとす」と。亟(しばしば)之を言ふ。公曰く、「司馬吾が故を以って、其の良子を亡へり。死亡は命有り。吾以って再び之を亡ふ可からず」と。對へて曰く、「君若し司馬を愛せば、則ち如(しか)ず亡げんには。死如し逃る可くんば、何の遠きことか之れ有らん」と。公懼れ、侍人をして司馬の侍人宜僚を召さしめ、之に酒を飲ましめて、司馬に告げしむ。司馬歎じて曰く、「必ず多僚ならん。吾讒子有りて、殺すこと能はず。吾又死せず。抑君命有り、若何す可き」と。乃ち公と謀りて、華貙を逐はんとし、將に孟諸に田せしめて之を遣らんとす。公之に酒を飲ましめ、厚く之に酬い、賜從者に及ぶ。司馬も亦た之の如くす。張匄之を尤(あや)しみて曰く、「必ず故有らん」と。子皮をして宜僚に承(むか)ふるに劍を以ってして之を訊はしむ。宜僚盡く以って告ぐ。張匄多僚を殺さんと欲す。子皮曰く、「司馬老いたり。登の謂(ため)に甚だし。吾又之を重ねば、亡ぐるに如かざるなり」と。
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『家道訓』巻之二・総論中一家の主人たる人は、讒を信ずべからず。凡讒言は、小過を大過に言ひなし、小悪を大悪に言ひなし、似たるを実に言ひなし、無きを有るに言ひなし、或は其の人のきらふ所を知りていからしむる、皆讒言のたくみなる言なり。きく人明らかに察すべし、まよふべからず。才力ある人といへども、讒者には迷ひやすし。かなしむべし。只、智者は惑はず。
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