智囊 / 權奇・種世衡
種世衡知澠池縣,旁山有廟,世衡葺之,有梁重大,眾不能舉。世衡乃令縣乾剪髮如手搏者,驅數對於馬前,云:「欲詣廟中教手搏。」傾城人隨往觀,既至,謂觀者曰:「汝曹先為我致廟梁,然後觀手搏。」眾欣然趨下山,共舉之,須臾而上。〔評〕近於欺矣。褒姒雖啟齒,恐烽火從此不靈也,必也真教手搏,為兩得之。
新字:種世衡知澠池県,旁山有廟,世衡葺之,有梁重大,衆不能舉。世衡乃令県乾剪髪如手搏者,駆数対於馬前,云:「欲詣廟中教手搏。」傾城人随往観,既至,謂観者曰:「汝曹先為我致廟梁,然後観手搏。」衆欣然趨下山,共舉之,須臾而上。〔評〕近於欺矣。褒姒雖啓歯,恐烽火従此不霊也,必也真教手搏,為両得之。
書き下し
種世衡、澠池県に知たり。旁山に廟有り。世衡、之を葺く。梁の重大なる有り、衆、挙ぐる能わず。世衡、乃ち県の乾をして髪を剪りて手搏の者の如くならしめ、数対を馬前に駆り、云う、「廟中に詣りて手搏を教えんと欲す」と。傾城の人、随いて往きて観る。既に至り、観る者に謂いて曰く、「汝が曹、先ず我が為に廟の梁を致せ、然る後に手搏を観よ」と。衆、欣然として山を趨り下り、共に之を挙げ、須臾にして上す。〔評〕欺くに近し。褒姒、啓歯すと雖も、恐らくは烽火、此より霊ならざらん。必ず真に手搏を教えて、両つながら之を得るを為せ。
現代語訳
種世衡が澠池県の知事だったとき、近くの山に廟があった。世衡はこれを修理した。重くて大きな梁があり、人々は持ち上げられなかった。世衡はそこで、県の役所の者に髪を切らせて手搏(格闘技)の者に似せ、数組を馬の前に連れて行き、「廟に行って手搏を教えよう」と言った。町じゅうの人がついて行って見物した。着くと、世衡は見物人に言った、「お前たちは、まず私のために廟の梁を運び上げよ。その後で手搏を見せよう」と。人々は喜んで山を駆け下り、一緒に梁を持ち上げ、またたく間に上げた。〔評〕これは人をだますに近い。褒姒は笑ったけれども、おそらく烽火はこれより効かなくなっただろう。必ず本当に手搏を教えて、両方を得るようにすべきだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻七・种世衡澠池縣を知る。縣の旁の山上に廟有り。世衡、之を葺る。其の梁重大にして、衆舉ぐる能わず。世衡乃ち縣幹をして髪を剪りて手搏する者の如くならしめ、數對を馬前に驅りて云う、廟中に詣りて手搏を教えんと欲すと。城を傾けて人、隨いて往きて之を觀る。既に至りて教えず。觀る者に謂いて曰く、汝曹、先ず我が為に廟の梁を致せ。然る後に手搏を觀よと。衆欣然として趨りて山を下り、共に之を舉ぐ。須臾にして上る。其の權數、皆な此の類なり。
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『智囊』權奇・雄山智僧雄山は南安に在り、其の上に飛瓦岩有り。相い伝う、僧の初めて庵を結ぶ時、山に因りて木を伐る。但だ山高く瓦を運ぶの難きを恐れ、瓦を山下に積み、誑りて法を作し、瓦を飛ばして屋を砌み、工師を用いずと欲すと云う。日を卜して已に定まり、遠近の観る者数千人。僧、偽りて傭人と為りて瓦を挑ぎて山に上る。観る者、其の法を作すに速からんことを欲し、争いて搬運を為し、頃刻にして都て尽く。僧、笑いて曰く、「吾が飛瓦は只だ是くの如きのみ」と。
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『智囊』經務・種世衡・楊掞種世衡の置く所の青澗城は、虜境に逼近し、守備は単弱にして、芻糧は倶に乏し。世衡は官銭を以て商旅に貸し、之を致さしめ、其の出入を問わず。未だ幾ばくならずして、倉廩は皆実つ。又た吏民に射を習わしめ、僧道、婦人と雖も亦た之を習わしむ。銀を以て的と為し、的に中る者には輒ち之を与う。既にして中る者益ます多く、其の銀の重軽は故の如くして、的は漸く厚く且つ小さくなる。或いは徭役の軽重を争えば、亦た射せしめ、射中する者は優処を得。或いは過失有れば、亦た射せしめ、射中すれば則ち之を免ず。是れに由りて人人皆射し、富強は延州に甲たり。楊掞は本と書生なり、初め戎に従いて騎射を習い、夜ごとに青布を用いて地に藉き、生馬に乗りて躍り、初めは三尺に過ぎず、次は五尺、次は一丈に至り、数しば閃跌するも顧みず。孟珙は嘗て其の法を用い、称して「小子房」と為す。〔馮述評〕按ずるに『宋史』に、掞は嘗て人に万緡を貸り、襄、漢の間に游び、娼楼に入り、篋は垂んど尽く。夜に忽ち自ら呼びて曰く、「来たりて此に何を為さんや」と。輒ち棄てて去る。已に軍中に在りて、官銭数万を費し、賈似道は其の数を核し、孟珙は白金六百を以て償うも、掞は又た之を費し、終日にして飲む。似道は殺さんと欲するに、掞曰く、「漢祖は黄金四万斤を陳平に付して、其の出入を問わず。公の如く瑣瑣たらば、何を以て豪傑を用いん」と。似道は姑く之を置く。蓋し奇士なり。其の杜杲の軍幕に参じ、能く奇計を出し、安豊の囲みを解く。惜しいかな其の用を尽くさざるのみ。
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『智囊』小慧・種氏忻、代の種氏の子弟は、会集して武を講ずる毎に、奇を以て勝つを能と為すもの多し。一夕、月に歩して荘居すれば、荘戸の迎えて曰く、「数夕来、毎に一虎の麦場の軟藁の間に至る有り、転展して快を取り、時を移して去る、宜しく徐に往くべし」と。或いは一矢を以て之を斃さんと請う。一子弟は後に在りて笑いて曰く、「我は此を煩わさず、当に胶黐を以て之を黏すべし、飛雀を黏すの易きが如し」と。衆は其の誇るを責む、曰く、「請う銭五千を醵して飲を具えん、若し言う所の如くならずんば、我は当に独り此の銭を出すべし」と。衆は許す。翌晨、荘戸を集めて胶黐の鬥余を置き、尽く場間の麦桿に涂り、羊を係ぎて餌と為し、共に其の旁に伺う。月色の林を穿つに至りて、虎は果たして至り、係がれし羊に遇うや、攫みて之を食らい、意は飽適するが若し、即ち顧みて麦場に転びて其の体を舒ぶ、数転の後、胶桿は身に叢がり、牢くして脱すべからず。畜性は剛烈にして、大いに堪うる能わず、是に於いて地に伏して大いに吼え、騰躍して起つ。幾んど丈許に至り、已にして屹立して動かず、久しくして、衆は噪を合わせて前み視るに、已に死せり。
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『智囊』詭道・張巡・種世衡張巡、睢陽を守る。安慶緒、尹子奇を遣わして勁兵十余万を将いて来り攻めしむ。巡、士を厲まして固く守り、日中に二十戦す。巡、子奇を射んと欲して識らず。因りて蒿を刻んで矢と為す。中る者、巡の矢尽くと謂い、走りて子奇に白す。巡乃ち南霽雲をして之を射しむ。一発して其の左目に中たり、子奇乃ち退く。宝元中、党項、辺を犯す。明珠族の首領あり、驍悍にして、最も辺患たり。種世衡、将と為り、計を以て之を擒にせんと欲す。其の好んで鼓を撃つを聞く。乃ち一馬を造り、戦鼓を持たしめ、銀を以て之を裹み、極めて華煥にし、密かに諜者をして陽りて之を売らしむ。後に乃ち驍卒数百人を択び、戎めて曰く、「凡そ銀鼓を負いて自ら随う者を見ば、並びに力を合わせて擒にして来れ」と。一日、羌酋、鼓を負いて出で、遂に世衡の擒にする所と為る。
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『智囊』小慧・韓昭侯・子之・綦毋恢韓の昭侯は瓜を握りて佯りて一瓜を亡うとし、之を求むること甚だ急なり。左右は因りて其の瓜を割きて之を効す、昭侯は此を以て左右の誠を察す。子之は燕に相たり、坐して佯り言いて曰く、「門を走り出ずる者は何ぞ白馬なるや」と。左右は皆な見ずと言う、一人の走りて之を追う有り、報じて曰く、「有り」と。子之は此を以て左右の誠信ならざるを知る。韓咎は立ちて君と為るも、未だ定まらざるなり、弟は周に在り、周は之を重んぜんと欲するも、韓の立たざらんことを恐る。綦母恢曰く、「車百乗を以て之を送るに若かず。立つを得れば、因りて戒めと為すと曰い、立たざれば、則ち来たりて賊に効うと曰わん」と。
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