智囊 / 謬數・王忠嗣・謝安・李郃
王忠嗣,唐名將也。安祿山城雄武,扼飛狐塞,謀為亂,請忠嗣助役,欲留其兵。忠嗣先期至,不見祿山而還。桓溫病篤,諷朝廷加己九錫。謝安使袁宏具草,安見之,輒使宏改,由是歷旬不就,溫薨,錫命遂寢。〔按〕袁宏草成,以示王彪之。彪之曰:「卿文甚美,然此文何可示人?安之頻改,有以也。」大將軍竇憲內妻,郡國俱往賀。漢中太守亦欲遣使,戶曹李郃諫曰:「竇氏恣橫,危亡可立俟矣。願明府勿與通。」太守固遣,郃乃請自行,故所在遲留,以觀其變。行至扶風,而憲已誅,諸交通者皆連坐,唯太守以不預得免。〔注〕李郃,字孟節,即知二使星來益部者。其決竇氏之敗,或亦天文有徵,然至理亦不過是。
新字:王忠嗣,唐名将也。安禄山城雄武,扼飛狐塞,謀為乱,請忠嗣助役,欲留其兵。忠嗣先期至,不見禄山而還。桓温病篤,諷朝廷加己九錫。謝安使袁宏具草,安見之,輒使宏改,由是歴旬不就,温薨,錫命遂寝。〔按〕袁宏草成,以示王彪之。彪之曰:「卿文甚美,然此文何可示人?安之頻改,有以也。」大将軍竇憲内妻,郡国倶往賀。漢中太守亦欲遣使,戸曹李郃諫曰:「竇氏恣横,危亡可立俟矣。願明府勿与通。」太守固遣,郃乃請自行,故所在遅留,以観其変。行至扶風,而憲已誅,諸交通者皆連坐,唯太守以不預得免。〔注〕李郃,字孟節,即知二使星来益部者。其決竇氏之敗,或亦天文有徴,然至理亦不過是。
書き下し
王忠嗣は唐の名将なり。安禄山、雄武に城き、飛狐塞を扼し、乱を為さんことを謀り、忠嗣に役を助けんことを請い、其の兵を留めんと欲す。忠嗣、期に先んじて至り、禄山に見えずして還る。桓温、病篤く、朝廷を諷して己に九錫を加えしめんとす。謝安、袁宏をして草を具えしむ。安、之を見て、輒ち宏をして改めしむ。是に由りて旬を歴るも就らず。温薨じ、錫命遂に寝む。〔按ずるに〕袁宏、草成り、以て王彪之に示す。彪之曰く、「卿の文は甚だ美なり。然れども此の文、何ぞ人に示すべけんや。安の頻りに改むるは、以有るなり」と。大将軍竇憲、妻を内る。郡国、俱に往きて賀す。漢中太守も亦た使を遣わさんと欲す。戸曹李郃、諫めて曰く、「竇氏は恣横にして、危亡は立ちどころに俟つべし。願わくは明府、与に通ずる勿かれ」と。太守、固く遣わさんとす。郃、乃ち自ら行かんことを請い、故に所在に遅留して以て其の変を観る。行きて扶風に至るに、憲已に誅せられ、諸もろの交通せる者、皆な連坐す。唯だ太守のみ預からざるを以て免るるを得たり。〔注〕李郃は、字は孟節、即ち二使星の益部に来たるを知る者なり。其の竇氏の敗を決するは、或いは亦た天文に徴有らん。然れども至理も亦た是に過ぎず。
現代語訳
王忠嗣は唐の名将である。安禄山が雄武に城を築き、飛狐塞を押さえて謀反をたくらみ、忠嗣に工事の手伝いを求め、その兵を引き留めようとした。忠嗣は期日より早く到着し、安禄山に会わずに帰った。桓温が重い病にかかったとき、朝廷にほのめかして自分に九錫を与えさせようとした。謝安は袁宏に文案を書かせたが、見るたびに書き直させた。こうして十日経っても仕上がらず、桓温が亡くなって、九錫の命令は沙汰やみになった。〔考えるに〕袁宏が文案を作り終え、王彪之に見せた。彪之は「あなたの文章はとても美しい。しかしこの文は人に見せるべきものではない。謝安がたびたび直させたのには理由がある」と言った。大将軍の竇憲が妻を迎えた。郡や国はみな祝いに行った。漢中太守も使者を送ろうとした。戸曹の李郃が諫めた、「竇氏は勝手気ままで、滅亡はすぐそこです。どうか明府はかかわらないでください」と。太守はなおも送ろうとした。そこで李郃は自分が行くと申し出て、道中あちこちでわざと足を止め、事態の変化を見守った。扶風まで来たとき、竇憲はすでに誅され、交際のあった者はみな連座した。ただ太守だけは関与していなかったので免れた。〔注〕李郃は字を孟節といい、二人の使者の星が益州に来たことを知った人である。竇氏の敗北を見通したのも、天文の兆しによるかもしれないが、道理の上でもこの程度のことは分かる。
解説
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